第13話『ゼロとソーン』



 ……やがて、セレーネ村に帰ってきた。


 先の雨は本当に通り雨で、街道を抜けると同時に止んだ。今は雨雲も通り過ぎ、綺麗な夕日が見えていた。


 傾いた太陽によって黄金色に染まった村は、それぞれの家から夕餉の香りがして、村全体が今日一日の労をねぎらってくれているような気がした。


「ただ今戻りましたー」


 俺たちはそんな香りの中を通り抜けて、教会の扉を開ける。今の時間帯になると太陽の光が届かないのか、教会の中は薄暗かった。


「お前たち、ご苦労だったな」


 そんな中、階段横の仕事場の方からソーンさんの声が聞こえた。見えにくいけど、どうやら机に向かって書き物をしているらしい。


「また明かりをつけないで書き物をしてるんですか? 目、悪くなりますよ?」


 ルナは荷物を置くと、手慣れた様子で蝋燭に火を灯す。


「相変わらず、ズボラな生活していやがるなー」


 燭台の仄かな光に映し出された室内を見渡しながら、ゼロさんはひょうひょうと言う。


「……おい。何故貴様がここにいる?」


 その声で俺とルナ以外にも人がいることに気づいたのか、ソーンさんはあからさまに面倒くさそうな口調になる。


「荷物が思ったより多くてな。馬車を頼んだんだが、手違いで来なくてよ」


 ゼロさんはそんな態度を気にすることなく、事の顛末を説明し始めた。


「……というわけで、三人で力を合わせて荷物を持ってきたわけだよ。誰かさんが泊まりはダメだと言ったらしくてな」


「……ふん。無駄な出費を抑えたかっただけだ。他意はない」


「そーかそーか」


 ゼロさんはソーンさんの横に移動して、わざとらしい笑顔を浮かべながらバシバシと肩を叩いている。


「……ところで、納品書と見比べると炭酸水3瓶と砂糖が減っているんだが、仕入れのミスか? 商人さんよ」


 今度はソーンさんがわざとらしく言う。


「手間賃としていただいた」


「なんのだ。まったく、この悪徳商人め」


 バシバシと書類を机に叩きつけながら悪態をついていた。こんなソーンさんは珍しい。


「……ねぇ。もしかして、ソーンさんがわたし達をお使いに出したのって、ゼロさんと顔を合わせたくなかったからかな?」


 そんなやりとりを見ていたら、ルナが小声でそう言った。


「かもしれないな。明らかに普段と態度が違うし」


「……お前達、聞こえているぞ。ルナはそろそろ夕飯の支度を頼む。荷物の中の砂糖と塩の半分は厨房に持って行ってくれて構わん」


「わかりました」


 そう指示されて、ルナは木箱の中から砂糖と塩の袋を掴むと、器用に抱えながら階段下の扉を開けた。


「それじゃウォルスくん、またね」


「おう」


 ルナは俺の方に笑顔を向けてくれた後、その扉の先へと消えていった。


 ……そろそろ報酬をもらって、俺も帰ろうかな。良い感じに腹も減ったし、晩飯の準備もしないと。


「……というわけで、一晩泊めてくれ。な?」


「うつけが。教会は成金商人を泊める所ではない」


 そんなことを考えながら声をかけるタイミングを見計らうけど、ソーンさんはゼロさんとまた別の言い争いを始めていた。今度は何だろう。


「金を払って村の宿屋に泊まれ。その方が村の経済への協力になる」


「何言ってんだ。この村の宿屋は店主のじーさんが亡くなってから、もう何年もやってねーぞ?」


「……そうだったか?」


「そーだよ。教会に引きこもってるから村の中の情勢も伝わってきてないんじゃないのか?」


「五月蠅い。なんにしても、教会に泊めるわけにはいかん」


「……わかったよ。しょーがねぇ、村長にでも相談するか」


 そこまで話して、ゼロさんはドカドカと足音を立てながら教会を出ていった。


「全く……教会を何だと思っているんだ」


 その背中を見送った後、ソーンさんはやれやれ、といった感じで木箱から道具を取り出していく。少なくとも、教会は錬金術の実験場ではないと思うけど……と、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、報酬の話をさせてもらう。


「ところでさ。今日の報酬なんだけど……」


「報酬か……こんなものでどうだ?」


 そして投げて寄こされた革袋の中には、銅貨20枚。


「こ、こんなに良いのか?」


「あの男が勝手に使った炭酸水と砂糖の代金は引かせてもらってるし、ルナの護衛代込みだ。気にせず取っておけ」


 そこまで言うと、ソーンさんは木箱漁りに戻ってしまった。


 今日の仕事は終わりだ、という意思表示だと受け取り、俺はお礼を言って教会を後にした。



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