第8話『夢』




 ……目の前で火球が炸裂した。


 すぐ傍の草が焼き払われて、焦げたにおいが鼻をつく。


「ひっ……!?」


 思わず尻もちをついた後、俺は笑う膝を必死に黙らせて立ち上がる。


 続いて眼前に広がったのは、至る所が炎で真っ赤に染まる草原。そこに俺が知る場所の面影はなかった。


「ひっく……ぐすっ……」


 その時、隣からすすり泣く声が聞こえて、我に返る。そうだ。逃げないと。


「ほら、泣くなって!」


「で、でも……」


「もうちょっとだ! あの教会まで歩くぞ!」


 同じように赤く染まったその子の手を引いて、俺は再び草原を歩き始めた……。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……」


 目が覚めると、薄暗い中に見慣れた天井があった。


「……くそ。あの夢、久しぶりに見たな」


 ……俺が見たのは、10年前の戦争の夢。


 その日、住んでいた村が突然襲われた。


 当時子供だった俺は、どこの誰が攻めてきたのかもわからないまま、命からがら逃げ延びた。


 途中で親とははぐれてしまい、代わりにルナと出会った。


「あの時は、俺が守らなきゃ……って、必死に手を引いたんだよな……」


 ずいぶん昔のことだけど……未だに夢に見るくらいだし。心のどこかで覚えているもんなんだな。


「……顔、洗ってくるか」


 悪夢を見ると、二度寝してもその続きを見てしまいそうで嫌だし。俺は身体を起こすと、部屋を出た。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 いつもなら井戸水を汲んでおくのだけど、今日はそれを忘れてしまったので、寝ぼけ眼のまま井戸へと向かう。


 まだ鳥も起き始めたばかりの時間帯。井戸端には誰の姿もなかった。


 ……いや、むしろ誰もいなくてよかったと思う。それくらい、今の俺はひどい顔をしていただろうから。


「ふー……」


 慣れた手つきで井戸水をくみ上げて、桶に入ったままの水でバシャバシャと顔を洗う。服が濡れるけど、おかまいなしだ。


 いつものように服の袖で顔をぬぐい、まだ濃い藍色の空を見上げて、俺は大きく息を吐いた。


「よー。おはよーさん」


 ……その時、背後から声をかけられた。まさかこの時間帯に人がいるとは思わなかったので、思わずびくっとなった。


「誰かと思ったらダンかよ。驚かせんな」


「驚いたのはこっちだよ。こんな朝早くから人がいるなんて思わなかったからさ。幽霊かと思った」


「そんなわけねーだろ。お前も早くに目が覚めたのか?」


「いやー、オヤジが自警団の朝練に来いってうるさくてさー。最近さぼってたから、今日はたたき起こされちゃったよ」


 寝癖のついた頭を掻く。団長の息子のくせにサボるなよな……。


「それで、ウォルスはなんで朝早いのさ? 見た感じ、今から仕事って格好でもないよねぇ?」


 寝間着姿の俺を見てか、ダンは訝し気な視線を送ってきた。


「……ははぁ。もしかして、なんか嫌な夢でも見たとか?」


「う……」


 大きな顎に手を当てながら言う。まさかの図星だった。


 ちなみに俺やルナと違い、ダンは先の戦争とはほぼ無縁だった。ルナと三人、村唯一の同い年だったからいつの間にか仲良くなっていたけど。


「所詮、夢は夢だぜー。幸せな夢ならともかく、悪夢ならさっさと忘れるに越したことないしさ」


「あ、ああ。ありがとな」


 俺が見た夢の内容をダンが知るはずもないのだけど、俺の肩を叩きながらそんな励ましの言葉をくれた。


 あの夢のせいで少し気分が沈んでいたから、このタイミングでダンと話せて良かったかもしれない。


「そんじゃ、俺はオヤジにしごかれてくるからさ。またなー」


「あ、待ってくれ」


 これから先の出来事を思い浮かべてか、気だるげにひらひらと手を振るダンを俺は呼び止める。


「その朝練、俺も行っていいか?」


「そりゃ、オヤジは喜ぶだろうけど……どういう風の吹き回し? 朝練とか、ほとんど来たことないじゃん」


「いや、今日は朝から体を動かしたい気分なんだ。行こうぜ」


 俺は困惑するダンにそう言って、一緒に朝練へと向かったのだった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「つ、疲れた……」


 ……ずいぶん久しぶりだった朝練は予想以上にきつかった。


 火の魔法だけに頼り過ぎないようにと、俺もそれなりに剣の鍛錬はしているんだけど、オッサンのそれは常軌を逸していた。


 自警団の朝練のはずなのに、俺とダン、そしてオッサンしか参加していないのも納得だ。こんなの、毎朝やってたら体力がいくらあっても保たない。



「……ウォルス! 約束をすっぽかすとは何事か!」


 ……そしてクタクタになって帰宅すると、村長から開口一番に怒られた。どうやら俺がいない間にソーンさんが仕事を持って来てくれたらしい。というか、特に約束とかしてないんだけどさ。


 俺はぶつくさ言いながら自ら用意した朝食をかきこむと、昨日に引き続き教会へと向かった。

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