第9話『エラール街道へ』
「……来たか。待っていたぞ」
そんな教会の前には、ソーンさんが腕組みをして立っていた。
「今日も依頼があるのか? 俺、特に聞いてないんだけどさ」
「ああ、今日はルナと一緒に、隣のエラール村へ錬金術の材料の買い出しを依頼したい」
「買い出し?」
「そうだ。詳しいことはルナと一緒に聞いてほしいんだが……」
ソーンさんはそう言うと、俺から視線を外して井戸の方を見る。
俺もその視線を追うと、そこには井戸端会議に花を咲かせているおばさんたちと話をするルナの姿が見えた。
「少し待ってやってくれ。よくわからんが、昨日拾いものをしたらしくてな。持ち主を探すと、朝から息巻いているんだ」
ああ……昨日のペンダントの持ち主、さっそく探し始めてるわけか。さすがに、村の中にはいないと思うけど。
「ところで、ルナは何を拾ったのか教えてくれないんだが、ウォルスは知っているか?」
「ああ、それがさ……」
「あ、ウォルスくん!」
……拾いもののペンダントについてソーンさんに話そうとした時、ルナが井戸端を離れてこっちにやってきた。
今思えば、ルナは普段とは違う格好をしていた。白を基調とした真新しい服で、袖口や襟元に青色の布が使われている。明らかに余所行きの服装だった。
「……それで、落とし主は見つかったか?」
「いえ、誰も知らないみたいです」
「そうか。なら、依頼の話を始めさせてもらうぞ?」
戻ってきたルナにソーンさんはそっけなくそう返すと、本題に入った。
「お前達には、隣のエラール村へ買い出しを依頼したい。あの村では今日から青空市場が始まっているはずだが、そこにゼロという商人がいる。そいつに代金を渡し、荷物を受け取ってきてくれ」
そう言いながら、俺に代金の入った袋を渡してきた。ずっしりと重い。何を買うのかわからないけど、結構な金額らしい。
「俺、そのゼロって商人の顔を知らないんだけど」
「時々村に来る男だが、知らないのか。まぁ、奴の顔はルナが知っているし、青空市場に行けばすぐにわかる。あいつはとにかく目立つからな」
目立つ商人ってどんな人だろう。派手派手な格好をしているとか、常に大きな声で客寄せしていたりするんだろうか。
「ウォルスには昨日と同じように、ルナの護衛と荷物持ちを兼ねてもらう。自警団によると、最近は街道でも魔物の目撃例があると言うからな」
「……俺、火の魔法と半分自己流の剣術くらいしか使えないんだけど」
魔物というワードを聞いて少し不安になった。昨日は相手がイノシシだったから何とかなったけど、魔物相手となると話が別だ。
「下手な自警団員より強い癖に、妙な心配をするな。俺がお前をルナの護衛につけたのは、その腕を見込んでいるからだ。少しは自信を持て」
「うんうん。ウォルスくんは自信を持っていいと思うよ」
ソーンさんに合わせるように、ルナが笑顔で言う。そんな顔で言われると、何も言い返せないじゃないか。
「わかったよ。それじゃ、行ってくる」
「任せたぞ。多少は遅くなっても構わんが、日が暮れるまでは戻れ。泊まりは許さんからな」
最後にそう言うと、ソーンさんは扉を開けて教会の中に戻っていった。わざわざ言われなくても隣村だし、金が勿体無いから泊まらないけどさ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それじゃ、出発!」
久しぶりの遠出が嬉しいのか、足取りの軽いルナと一緒にエラール村を後にする。
「隣村に行くのが久しぶりだからって、浮かれてこけるなよー?」
「こけないよっ!」
俺の方に向き直りながら言う。その拍子に、背後に広がる草原と同じ若草色の髪がふわりと舞う。
「でも、隣村に行くのは去年の秋以来だよ? そりゃ、浮かれもするよ」
「まぁ、気持ちはわかるけどな」
俺たちの村は周囲を山に囲まれていて、冬の間は街道も雪と氷に閉ざされる。春になって、ようやく我慢の時期が終わった気がする。
「ところで……この服、どう?」
そんなことを考えていると、ルナはスカートの端を摘んで、今一度くるりと回ってみせた。
「似合ってるじゃん」
「えへへ……ありがと」
「いつもおばさんたちが若い頃着てたような、お下がりみたいなのばっかり着てるもんな。ちょっと色あせたやつ」
「そ、そこまで言う……?」
冗談半分にそう言うと、ルナは鮮やかな青色で染められた袖をまじまじと見ながら、複雑な顔をしていた。
確か、青色の織物って王都の方じゃないと手に入らないんじゃなかったっけ。ルナは倹約家だし、やっぱりあの服、ソーンさんが用意したのかな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……西に向かってひたすら歩いていると、やがて山に向かって伸びる石畳の道が見えてきた。
これがエラール街道。隣村の名前を冠したこの道は、俺たちの村と外界を繋ぐ数少ない道で、王国の援助を受けて数年前に完成した。
この道ができるまでは、北の旧山道を通って半日以上かけて隣村へ行っていたらしい。今の街道なら馬車も走るし、その気になれば一時間程で隣村に行ける。
「エラール街道も久しぶりだねぇ」
舗装されているとはいえ、山の中をくねるように通された道を前に、ルナは腰に手を当てて気合いを入れていた。
「その服、歩きづらいんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫。それじゃ、行こ!」
元気に先を歩き出したルナに続いて、俺も街道を進み始めた。
……一時間ほど歩くと、前を行くルナは汗をぬぐっていた。春で気候はいいのだけど、俺も少し暑くなってきた。
……その時、道の左側に大きく開けた場所が現れた。
そこは一面が背の低い芝生に覆われていて、休憩するにはちょうど良さそうだ。
「ちょうど半分くらい来たし、ここらで少し休むか?」
「そ、そうだね。そうしよっか」
やっぱり疲れていたのか、ルナは俺の提案に頷く。ぱたぱたと自分に風を送っていて、普段着慣れない服ってのもあるのか、暑そうだ。
「こっちのほうは風があって涼しいぞ」
俺はそんなルナを連れて街道を逸れ、広場の端の方に腰を下ろす。そこからはいくつもの山の尾根が見えた。気づかないうちに、結構な高さまで登ってきたみたいだ。
「ふー……」
隣に座ったルナはそんな景色を見ながら、家から持ってきたのか、水筒の水をごくごくと美味しそうに飲んでいた。
「あ、ウォルスくんも飲む?」
俺がその様子を見ていると、そう言って俺にも水筒を手渡してくれた。喉は乾いていたので、受け取ってそのまま口をつける。朝のうちに井戸水を汲んでたんだろうか。冷たくておいしい。
「さんきゅ」
喉を潤して、水筒を返す。その時、ルナが例のペンダントを首から下げているのに気がついた。さっきまでつけている様子がなかったのは、きっと服の下にしまっていたんだろう。
「……それの持ち主、見つかりそうか?」
「ううん。村の皆や、村長さんにも聞いてみたんだけど、誰も知らないって」
そして小さくため息をつく。村長にまで話しに行くとか、本気で探してるんだなぁ。
「もしかしたら、隣村の人間が落としたのかもしれないしな」
「そ、そうだね。時間があったら、向こうでも聞いてみるよ」
少し落ち込んでる風だったので、そうフォローしてやる。確率は低いと思うけど、なんとか報われて欲しい。
「……でもこれ、やっぱり綺麗だよね」
そしてそう言いながら、自分の目の高さまでペンダントを持ち上げる。昨日は気づかなかったけど、太陽の光に照らされたそれには、細かく月の模様が刻み込まれているように見えた。
「綺麗だけど、見れば見るほど変わってるよな」
「うん。もしかすると、特注品だったりするのかも。エラール村でゼロさんに会ったら、聞いてみようかな」
そのゼロさんって人、確か商人だっけ。商人なら、珍しい品物を扱う人とか知り合いにいるのかもしれないな。
「……ん?」
そんなことを考えながらルナを見ていると、背後に何かの気配を感じた。
……昨日のイノシシとは感じが違うし、これは魔物かな。
「え、どうしたの?」
「……後ろに何かいる。気をつけろよ」
俺は小さな声でそう伝えると、右手に魔力を溜めながら立ち上がった。
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