第7話『帰村。そして』



 ルナの部屋は、祭壇を挟んでソーンさんの部屋と反対側にある。


 元々は教会関係者の寝室らしく、ベッドと古めかしい机、小さな窓が一つある以外は内装も簡素だった。


「相変わらず、物のない部屋だよなぁ」


 もちろん、これまで何度も入ったことがあるけど、机の上に置かれた本以外、代わり映えのするものはない。


 俺はそんな机の上に整然と並べられた本の表題を見る。植物辞典、裁縫の本、そして料理の本。どれも生活に必要な本ばかりで、全然女の子の部屋という気がしない。


「ルナも女の子なんだから、カーテン位すればいいのに」


「……窓の向こうは森だし、誰も覗いたりしないよ。着替える時は、ちゃんと壁の方で着替えてるし」


 その机に手をつきながら、ぽそりと呟いたその時、扉を開けてルナが入ってきた。


「お待たせー」


「……あれ、ここで食べるのか?」


「うん。ソーンさんは後で良いって言うから、ここで済まそうと思って」


 ルナは大きなトレイにバスケットに入ったパンと二つの野菜スープを乗せてきた。いつもならきちんと食堂で食べるらしいんだけど、今日は特別らしい。


「それじゃ、いただきまーす」


「いただきます」


 野菜スープとパンを受け取った後、机の椅子に俺が座って、ベッドの上にルナが座る。


 教会ということで、食事の前にはお祈りを……するわけでもなく、普通に簡単な挨拶をして食事を始めた。


 スープの野菜もパンも、全部もらいものらしいんだけど、味付けが良いのか美味しかった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……それじゃウォルスくん、またね」


「ああ、お昼ごちそうさま」


 食事を終え、ルナに見送られて教会を後にする。思わぬところでお昼が食べられたし、このまま昼の仕事に取りかかってもいいかもしれない。


「よう、ルナちゃんとのデートは終わったのか?」


 ……そんなことを考えながら井戸の近くを通りかかると、ダンから声をかけられた。


「だから、デートじゃねぇって。仕事だよ、仕事」


「なんでもいいじゃん。一緒に出かけられるんならさー」


 ダンは大袈裟にため息をつきながら、がっくりと肩を落としていた。その時偶然見えた頭には大きなたんこぶができていた。


「……お前、なんかあったの?」


「……商人からリンゴ買ったの、オヤジにバレた」


「あー……」


 どうやらバレて、思いっきり殴られたみたいだ。あれだけ上等なリンゴだったんだし、それこそ銅貨5枚は下らないだろう。


「それでそのリンゴなんだけど、ルナちゃん食べてくれてたか?」


「え? ああ、美味しいって食べてたぞ」


「そっかー、なら良かった良かった。オヤジに殴られた意味もあったってことだな」


 嬉しそうにしているダンを見ていたら、俺と半分こして食べたけどな……とは口が裂けても言えなかった。


 俺は心の中で謝りながら、去っていくダンの背中を見送った。




「おーおー、そういうことだったのかい」


 ダンの姿が見えなくなった直後、家の陰から自警団のオッサンが姿を現した。


「なんでわざわざ高いリンゴを買ったのか、ダンの奴にいくら問い詰めても答えなかったんだが……なるほどねぇ」


 どうやら、この人は俺とダンの会話を聞いていたらしい。何か納得したように、うんうんと頷いていた。


「まったく、他人の女を口説く暇あったら剣の修行しろってな! 男の魅力はやっぱり腕っぷしだぜ! な!?」


 そして豪快に笑いながら、俺の背中を何度も叩く。他人の女ってどういう……って、この人、本当に力が強い。痛い。痛すぎる。


「……それじゃあな! 昼から時間あるんなら、自警団の詰め所にも顔を出せよ! がっはっは!」


 そして気の済むまで俺の背中を叩いた後、オッサンは立ち去っていた。


「……ダンの誤解は解けたみたいだけど、なんだかなぁ……」


 俺はヒリヒリと痛む背中をさすりながら、その背を見送った。確か、午後からの仕事は引っ越しの手伝いだった気がする。影響ないといいんだけど。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……その日の夕方。昼間にウォルスたちが見つけた木箱の周りには、漆黒の鎧を身に纏う兵士たちが集っていました。


「まさか、こんなところに落ちていたなんて……」


「だから、しっかりロープで止めておけと言ったんだ。この箱が飛行艇の甲板から滑り落ちた時、俺は肝を冷やしたぞ!」


 二人の兵士はそう言いながら地面に這いつくばり、草をかき分けるようにして何かを探している様子。どちらも必死の形相です。


「……お前ら、ペンダントはあったか!?」


 その時、雷のような怒号が響き渡り、二人の兵士は直立します。やがてその声の主が肩で歩くようにしてやってきました。理由はわかりませんが、ご立腹の様子。


「い、いえ! まだです!」


「現在、全身全霊捜索中であります!」


「入れ物があるってことは、この辺にペンダントが落ちてるはずだろうが! 探せ探せ!」


 そう声を荒らげる男性。兵士たちと同じような色調の鎧に身を包んではいますが、それは彼らのものより明らかに立派。そして

褐色の肌にざんばらな黒髪。どうやら、オルフル族のようです。


「お、お言葉ですがガルドス隊長、その箱には特殊な封印が施してあったはずでは?」


「そのはずなんだが、なぜか解けてるんだよ。不思議でならねぇ」


 隊長と呼ばれた彼は親指と人差し指で摘むように小箱を持っています。彼が持つとあの箱が本当に小さく見えますね。


「……もしや、月の巫女の素質を持つ者が現れたのでしょうか」


「こんなクソ田舎にか?」


「万一ということもあります。一度、あの村の方で聞き込みを行ってみては?」


「聞き込みねぇ……」


 ガルドスは口元に手を当てながら、夕日に染まるエラール村を睨みつけます。その瞳の奥で、何を考えているのでしょう。


「……まあいい。一度、報告のために飛行艇に戻るぞ。引き上げの準備急げ」


「はっ!」


 そして彼はそう指示を出し、準備に勤しむ部下を置いて北の山の方へと歩いていきます。


 ……何かが始まりそうな予感がします。


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