第3話『村の仲間たち』



「おまたせー」


 表でしばらく待っていると、ルナが大きな麻袋を持って出てきた。


「その袋、何だ?」


「採った薬草を入れる袋だよ。まさか、素手で持って帰るつもりだったの? パルサの実は潰しちゃうと、その汁で肌がかぶれちゃうんだよ」


「げ、そうなのか」


「そうだよ。だから、はい」


 同じように麻で作られた手袋を渡された。簡単な仕事だと思っていたけど、実は結構大変なのか?


「それじゃ、誰かに見つかる前に出発しよっか」


「え、それってどういう……」


「よー! お二人さん!」


 ルナが俺を急かすように歩き始めた矢先、向こうから野太い声が聞こえた。


「あー……ブラトンさん、おはようございます」


「おーう! お前ら、朝からデートか? がっはっは!」


 豪快に笑いながらやってきたのは、村の自警団長をやってるブラトンさん。俺はいつも『自警団のオッサン』って呼んでる。


 この人、今でこそ村の自警団なんてやってるけど、かつては大陸中に名を馳せた凄腕の傭兵だった……という噂だ。


 好き放題に伸びた赤茶色の髪と髭を見ていると、とてもそんなすごい人だとは思えない。所詮、噂は噂なのかな。


「ありゃ、てっきりダンのやつも一緒かと思ったんだが……違ったみたいだな」


 そんな折、オッサンは俺達二人の顔を見ながら言う。そう。この人はダンの親父さんなんだ。


「馬鹿息子め、朝の訓練にも来ねーで、なーにやってんだか……」


「あはは、どこにいるんだろーなー」


 ……あなたの息子、朝からルナにリンゴ渡すために教会で待ち伏せしてましたよ……なんて、とてもじゃないけど言える雰囲気じゃない。俺は作り笑いを愛想笑いを返すだけで精いっぱいだった。


「ウォルスもデートするのは良いが、たまには自警団の朝練に顔を出せよ! がっはっは!」


「いや、別にデートじゃな……いててて」


 オッサンは笑いながら、バシバシと俺の背中を叩く。痛い。本気で痛い。


「火の魔法が使えるからって、剣術訓練を疎かにしちゃいけねぇぞ! 分かってるか!?」


「わ、わかってるわかってる!」


「最後に頼りになるのは、魔法みてぇなよくわからん力じゃなく、剣と己の肉体なんだからな! そこんところ、肝に銘じろよ!」


 言いたいことを一方的に言い、最後にもう一度強めに俺の背中を叩いてから、オッサンは村外れの畑へ向かっていった。


 ……最近、畑にイノシシだかイタチだかの野生動物が出てるって話だし、畑の被害確認にでも行ったのかな。


「……ウォルスくん、大丈夫?」


「いててて……オッサン、相変わらず力が強いな……」


 思わず背中に手をやる。見えないけど、たぶん真っ赤になってるんだろうな……。


「ほほー。若人たちは今日もデートか。相変わらず仲がいいのぉ」


 ……そんなブラトンさんと別れた直後、今度はゲレスじーさんに声をかけられた。立派な顎ひげを弄りながら、俺たちに温かい視線を送ってくる。


「ゲレスじーさん、これは違うんだって。仕事で村の外に行かなきゃいけないんだよ」


「ほう。村の外でデートか。やるのぉ」


 ……だめだこりゃ。


「あらー、また二人でお出かけ?」


「そりゃ二人とも17歳だし、お年頃よねー」


 じーさんにそんな言い訳をしていると、今度は噂好きなおばさんたちが集まってきた。皆、茶化してるだけだと思うけど、いつの間にか村公認のカップルみたいにされてる気がする。


 俺とルナはただの幼馴染で、そんな関係じゃない。微妙な空気になるからやめてほしい。


「……はぁ。だから人に見つかる前に出発したかったのに……」


 その時、ルナが頭を抱えながら呟いていた。なるほど。そういう事だったのか……。


「ルナ、こっちだ」


 俺はそんなルナの手を取ると、集まった人々の間を抜けて、村の北側に向けて歩き出した。


「え、どうしたの? 外に出るなら、村の南側だよね?」


 その様子を見て、ルナは戸惑いの声をあげていた。村の周囲には動物避けの塀が張り巡らされているし、不思議に思うのもわかる。


「こっちに抜け道があるんだ。ダンと一緒に村から抜け出す時に、良く使ってた」


「そうなの? ウォルスくん、ふりょーだね」


「今からお前も使うんだし、ルナも不良の仲間入りだぞ」


 そんな話をしながら、先程会ったゲレスじーさんの家の裏に回る。この家は村の北端にあって、裏庭の一部が村を囲む塀に面している。


 堅い木を材料に作られたその塀には、雨風による腐食で所々に人が通れそうな大きさの穴が開いていた。それこそ、本来なら自警団が定期的に修理するんだけど、個人宅の裏庭ってこともあって見落とされているんだろう。


「え、この穴を通るの? 服、汚れそうだけど」


「どうせこれから採集で汚れるんだから、少しくらい良いじゃん。行こうぜ」


 身をかがめながら一足先に塀の向こうへと移動した俺は、そう躊躇するルナの手を取って外へと誘ったのだった。


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