第4話『いざ、採集へ』
ルナと一緒にセレーネ村を出発して、しばらく歩く。
太陽が高くなるにつれて、柔らかい日差しが降り注ぐ。一方で風は心地いい。
足元の草にも新芽が多く、いかにも春、といった空気に満ち溢れていた。
「ところで、目的の薬草はどの辺に生えてるんだ?」
足元を気にしながら、隣を歩くルナにそう聞いてみる。何が楽しいのか、鼻歌まで歌っていた。
「え? もう生えてるよ?」
「どこ?」
「えっとね。これがメルケ草。茎の一部が赤いのが特徴なの」
ルナはおもむろにその場にしゃがみ込むと、慣れた手つきで一本の草を引っこ抜いた。確かに茎が少し赤い。それ以外の部分はルナの髪と同じ若草色をしていた。これがそうなのか。
「じゃあ、この辺で集めるか?」
「そうしたいところだけど……春なのにパルサの実があまりできてないね。白い実だから目立つはずなんだけど、成長が遅れてるのかな」
すっと周囲を見渡してそう言う。白い実。どれだろう。俺も一緒になって目配りするけど、それっぽいものは見つけられない。
「とりあえず、メルケ草だけでも採っておこっか」
ルナはしゃがんだ体勢まま器用に麻袋を引っ張り出すと、赤い茎の草をちぎっては袋の中へと放り込み始めた。
「えーっと、これでいいんだよな?」
俺も同じようにメルケ草を摘むけど、毎回ルナに確認する分、なかなか数が集まらない。むしろ、ルナの手を煩わせている気がする。
「……なぁ。この作業、ルナが一人でやった方が捗るんじゃないか?」
「え?」
「だってルナ、すごく手慣れてるしさ。ソーンさんも、なんで俺に頼んだんだろう」
「うーん、たぶん、護衛の意味もあったんじゃないかな。ほら、もし大きな魔物に出会ったら、わたし食べられちゃうし」
「いや、それはないだろ。魔物にだって好みがあるだろうしさ」
「むぅ……それ、どういう意味?」
冗談半分にそう切り返したら、ジト目で見られた。もっとも、村の近くで大型の魔物が出たって話は聞いたことないけど。
「……たぶん、ソーンさんなりにウォルスくんのことを考えてくれてるんだと思う。あの人、ああ見えてわたし達のこと気にかけてくれてるから」
「……そっか?」
傍から見ていると、全くそんな感じはしないんだけど。いつも不機嫌そうだし、どこか壁のようなものがある気がする。もう10年は一緒に住んでるルナでさえ、未だに敬語だし。
「そうだよ。なんとなくだけど、わかるの」
ルナは話しながらも、ぶちぶちと薬草を抜いては麻袋に入れる。一方で、俺は思わず手が止まってしまっていた。
「依頼をウォルスくんに出したのは、きっと応援してるって意味なんだよ」
「そうなら、ありがたい反面、悔しいなぁ」
「……悔しい?」
「皆から仕事を請け負って、自立した気になってたけど、実際のところは皆に助けられてるだけでさ。俺、これまで世話になった恩返しがしたいのに」
「今はそれでいいんじゃないかな。皆で少しずつ、助け合っていくのがセレーネ村だもの。そのうち、でっかいことできるようになるよ。大丈夫」
その言葉にまったく具体性はないのだけど、ルナから『大丈夫』と言われると不思議と不安が消えていく気がする。俺に背中を向けているから表情こそ読み取れないけど、その声は笑っている気がした。
「よーし。それならしっかりと依頼をこなさなきゃな。この袋、満杯にして帰ってやろうぜ」
「うん。そうこなくちゃ。じゃあ、わたしの秘密の場所を教えてあげる。ついてきて」
そして案内されるがまま、俺は北に向かって歩みを進める。ルナの秘密の場所。どこだろうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……ついた。ここだよ」
「ここって、旧山道じゃん」
やがて到着したのは、北の山の麓。旧山道と呼ばれる場所だった。
目の前に荒々しい山がそびえていて、その中へ分け入るように半分草で隠れた道が伸びている。村長が若い頃には王都に行くためにこの道を通って山越えしていたらしいけど、立派な街道が整備された今となっては、ほとんど使う人間はいないらしい。
「見るからに荒れ果ててるけど、こんな所に薬草が生えているのか?」
「ここはあまり人が来ないからか、たくさんあるんだよ。こっちに来て」
不思議に思っていると、ルナは笑顔で手招きをする。先程と同じようについていくと、山の中……には入らず、その鋭い岩肌を迂回するように、脇にそれていく。
……やがて、そんな岩肌からチョロチョロと水が染み出ている場所に辿り着いた。見ると、その水が落ちた先の地面にはたくさんの草花が生えていた。
「うんうん。ここならパルサの実もちゃんとできてるね。それじゃ、気合い入れて集めよっか」
ルナは満足そうに頷いて、麻袋を片手に腰を下ろす。俺も同じように地面に座り込み、そこら中に生えている白い実を手当たり次第に集めはじめた。
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