第11話 伽藍堂の宝箱と古典的展開


「はっ!!」



 洞窟の天井を見上げた狼の咆哮が終わらぬ間に、私は気合いの入った一撃をお見舞いした。

そんな私の右手にはアイスセイバー、左手にはライトニングセイバーが握られている。


 この狼に炎が通じない事は、幾度も戦闘した上で理解していた。

教本や図鑑に書かれているのを読んでもなかなか覚えられない私には、そんなふうに身体で覚える方法が合っていると思う。



 冷気を纏ったそれに頭を叩かれた狼が小揺るぎをしたところをすかさず左手の剣で叩く。

狼の顔が完全に此方を向いたところで、さっと後方に跳び退すさった。



 殴って避けて、殴って避けてをひたすら繰り返す。

それが私の確立した戦法だ。


 低い攻撃力を補うべく、出来るだけ素早い動きで手数を増やす為に魔法使いの標準装備と同じ軽装しか身に付けていない私には、耐久力など無いに等しい。


 躱して、躱して、躱しまくる。

そして隙を見てぶん殴る。

それが、生きて還る為の絶対条件だった。


 それゆえ、私の日々の運動量は凄まじい。

お腹も空くというものだ。


 大将の店ではナツメに奇異な目で見られたけれど、私は私の活動量に見合った量の食物を摂取しようとしただけに過ぎない。

あれではやっぱり足りなかったようで、既に小腹が空いた感覚を認識している。



 さて、さっさと狼を倒して美味しいウサギ料理にありつくためにも、気合いをいれなくては。

そして、ナツメの戦闘力を正しく見定めなくては。



 一人と二人。

実際、正直ここまで大きな変化があるとは思っていなかった。


 敵の注意が分散される。

特にこの違いは大きい。


 私に気を取られ、猛々しい雄叫びを上げて身体ごと私の方へと振り向いたサベージウルフの意識からは、ナツメの存在が完全に抜け落ちている。


 何をするつもりなのかと、狼の肩越しに視線をやればバッチリと目が遭った。

その瞬間に、ナツメはニヤッと口の端を吊り上げて、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

彼の手には、見たこともないほど分厚い本があった。



「伏せ!!」


 ナツメは鋭い声でそう叫ぶと、両手で思いきり振りかぶった分厚い本を狼の頭頂部にめり込ませた。

ゴンッという重い音がして、打たれた勢いに任せるかのようにサベージウルフは前足を滑らせ、腹と下顎を地面につける。



「え……?」

「ふぅ~。何とかなったなー」



 呆気に取られる私の前で、ナツメはやりきったといい表情で額の汗を拭った。

サベージウルフは沈んだまま、白目を剥いて動かない。

奇くしくも、ちょうどナツメが命じた通りの伏せのポーズで絶命している。



「やっぱり、一人でやるより楽だなー」

「やっぱり、じゃないわよ! 今のは何!?」

「あ、これ? あー、こっちにきてわりとすぐの頃に、防御用に使ってたんだけどさ。これ、すげー重いの何の。無駄にデカくて分厚いせいで両手が塞がるわ、肩凝りが酷いわで、結局使うのやめちまったんだよ。いや、でもこんなのでも案外何かの役に立つもんだなー、はっはっはっ」

「そうじゃなくて!! 何なのよ、低級とはいえ仮にもボスモンスターを一撃で仕留めるその破壊力は!?」


 のんびりと武器の解説なんぞを始めて、頭を掻きながら笑うナツメに私は詰め寄った。

本でサベージウルフを殴り殺す考古学者なんて、見た事が無いどころか、聞いた事すら無かった。

考古学者で無くとも、未だかつてそんな人間にお目に掛かった事は無い。


 普通はもっときちんとした装甲に、剣だとか槍だとか然るべき武器を手に携えてボスに挑むべきなのだ。

紙装甲なのは私自身も同じだから、人の事は言えまい。


 だけど武器ばかりは、ただの本で脳天に一撃を食らって死んでしまったサベージウルフが可哀想に思えた。

これじゃあ、狼の方が間抜けみたいだ。

わざわざ狭いボスゾーンで待機していたというのに。


「何って言われてもなぁ。会心の一撃って言うのか? 脊椎動物はだいたい頭部に強い衝撃を与えれば、動きを止めるくらいはするだろう。まさか、一発で沈んでくれるとは思ってなかったけど」


 さも常識のように小難しい言葉を口にして丸め込もうとしたって、そうはいかない。


「細かい理屈はどうだっていいのよ。そんな事より、私の見せ場が無くなっちゃったじゃないの! どうしてくれるのよ!?」

「そっちかよ!」

「だいたい、何で最初から伏せなのよ!? 普通、そこはまず、お座りでしょう?」

「お前の方がよっぽど細かいだろ!」


 ちゃんとした武器より、手近なものの方が攻撃力に勝る。

学者がボスモンスターをあっさり倒す。

これは武器の、そして探索者の沽券にかかわるだろう。


 また驚かされてしまった事と美味しいところを持っていかれてしまった苛立ちからつい本音を溢せば、ナツメは何が悪いのかと心底疑問に思ったようで、首を傾げてられてしまった。


「倒せばいいんじゃないのか?」

「あー、もうっ。いいけど、良くないの!」


 トドメをさす快感。

それが不意に無くなってしまったモヤモヤ感をどう表現すれば伝わるのか判らず、結論を急くナツメに対して矛盾する言葉を投げつける。


「女ってややこしいのな」


 それがナツメの下した結論だった。




*****



「……さて、こんなものかしらね」

「だな。今回は外傷が少ない状態で倒せたから、毛皮が高値で売れる可能性が高いぞ」

「今日の探索はここまでにした方が良さそうね。外に出ないと正確なところは分からないけれど、他の迷宮には時間が中途半端な気がするわ」


 サベージウルフの解体を終え、頷き合いながら帰る話をする。

これが未攻略の迷宮だったならば、お楽しみのお宝タイムがあるけれど、今回は攻略も攻略済み。

数多の駆け出しの探索者たちによって幾度も攻略されている為、宝箱はぽっかりと口を開け、伽藍堂な身の内を露呈させている。


 嘆いたって空っぽは空っぽだ。

さっさと帰ろうと転送魔石をローブから取り出し、ふとナツメの方を見ると、しげしげと空の宝箱を検分しているところだった。



「そんなに見たって、何も出やしないわよ」

「いや、ちょっとここのところが気になってな……」


 そう言ってナツメが宝箱を指差すものだから、何事だろうかと近寄り、覗き込む。

すると彼の視線の先、宝箱の底板に小さな突起があるのが目に入った。



「これ、何だろうな?」

「私に聞かれたって知らないわよ」

「よし、押してみるか」

「え、あっ、ちょっと!」


 止める暇など無かった。

ナツメは何の躊躇いもなく、無駄に洗練された自然な動きで突起を押し込む。



 ――ゴオォォォッ。



 足の裏にグラグラと地面の振動を感じる。

地響きとよく似た、重いものが動くような音がして、宝箱の置かれていた台座の後ろに、下り階段が出現した。




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