第12話 逆襲の兎



「なんつー、古典的な……」

「その古典的な装置を考え無しに作動させたのは貴方でしょう? 何かのトラップという可能性だってあったのよ?」

「まあ、いいじゃないか。こうして無事だった訳だし」


 もう少し、慎重に行動すべきではないのか?

突如現れた隠し階段を前に、軽率な行動に出たナツメを窘めるが、彼は笑って真面目に取り合わず、結果論を述べるのみだった。


「……はあ。もういいわ」

「ギルドの情報では、この迷宮は第三階層までだったよな?」

「未踏派エリア、そう言いたいのね?」


 探索されつくしたと思っていた迷宮に未攻略エリアがあった。

お宝が眠っているかもしれない。

そんな期待感を抱きながら、足元を見下ろす。


「どうする? このまま下を探索せずに帰還して、ギルドに報告のみするか? 先へ進むか?」

「そんなの決まっているわ。先へ進むわよ」


 体力、気力ともに消耗は少ない。

だったら、答えは一つだ。


「奇遇だな。俺の答えも同じだ」


 まだ見ぬ階層へのわくわくが止まらない。

階段の先を見つめるナツメは子供のような顔をしていた。



「私が前を行くわ」

「おいおい、見つけたのは俺だぞ……と言いたいところだが、お前の方が戦闘・探索共に慣れていそうだからな。頼んだ」



 そろり、そろりと階段を下る。

逸る気持ちとは裏腹に、足取りはゆっくりで、これまでよりも些か警戒を強めて階段を下り終え、通路に出ると第四階層の全貌が明らかになった。


 ゆらりゆらりと篝火が燃え、影を揺らしている。

火の粉が舞う先には、巨大な兎がいた。


「連戦、か……。まあ、そりゃあそうだよな。お宝だけゲットなんて都合の良い話はそうそう転がってるわけがない」

「さながら、道中に殺された兎たちの亡霊ってところかしらね」


 遠目に見ても巨大兎の瞳が赤く、獰猛な光を帯びているのが判る。

兎は草食動物だけれど、あの巨大兎は纏う雰囲気が全く異なる。

草食動物のそれではない。


「どうする? 引き返すなら今だぜ? 知っているモンスターなら、さくっと倒せるかとも思ったが、あんな山みたいな巨躯をした兎は図鑑でも見た事がない」

「引き返す? 冗談。怖いなら、貴方だけでも帰ってもいいのよ?」

「それこそ、何の冗談だよ? 俺がいなくなったら、誰があのデカブツを解体するんだよ?」

「……じゃあ行くわよ」


 ナツメの返事を待たずに、私は特攻を始めた。



「ギャシャアアアァァアアッ!!」


 とても草食動物のものとは思えない、身の毛もよだつようなおぞましい咆哮が耳を貫く。

大きな口を開けた巨大兎の上と下の牙を唾液が糸を引いて繋いでいる。


 ビリビリする鼓膜に顔をしかめながら、私は両手に武器を喚び出した。



 大きさは違うが、体構造はラピッドラビットに近い筈。

だったら、その戦闘行動にも似通った部分がある筈だ。



 まずは一撃。

そう思って一際強く地面を蹴り、突っ込んだ次の瞬間に私は目を見張った。


「なっ……」


 右の武器を振り抜こうとした先に敵の姿がない。

あれだけの巨体が一瞬で消えるだなんて、有り得ない。

だというのに姿が全く見えないのはどういう事だろう。


 壁際の篝火を見ると、大きな影が動いていた。



「後ろだ!!」


 反対側から攻めていたナツメが叫ぶと同時に振り向くと、既に敵は私に向かって突進を始めていた。


 間に合わない。

そう、直感する。

一瞬で私の後ろを取るような素早さを持っているのなら、おそらくこの距離で避ける事は敵かなわないだろう。


 防ぎ切れるか?

これも答えはノーだ。

あの巨体でスピードの乗った攻撃をされれば、きっと身体ごと吹っ飛ばされるだろう。


 これは自分の素早さを過信して、安易に突っ込んだ事への報いだ。

一発食らう覚悟を決めて歯を食い縛った時だった。



「何をやってるんだ!? ……ライブラリ!!」


 鋭く叫ぶナツメの声に呼応して、私と巨大兎の間に壁が出現する。

否、それは壁では無かった。


「これは……本棚?」


 低く呟く私の声を掻き消すかのように、巨大兎が書架にぶつかる音が派手に響き渡った。

迷宮の壁全体が揺れているような錯覚を起こす程の振動にも関わらず、その書架は倒れない。

続いて敵の四面を塞ぐように三つの書架が出現した。


「無事か!?」

「え? ええ……」


 駆け寄ってきたナツメに私は頷く。

私の返事を確認すると、ナツメは続いて怒鳴った。


「危ないだろうが!」


 今日一日で驚くほどたくさんの口論をしたけれど、きっとナツメが本気で怒って本気で怒鳴ったのは、きっとこれが始めてなのだろうと思った。


「だって、避けられそうになかったんだもの」

「だってもヘチマもない! 防御くらいしろ! 何を正面きって受けようとしてるんだよ!? ……ったく、ヒヤヒヤさせやがって」


 苛立ちを隠しきれない様子で、しかし最後はボヤくようにナツメは舌打ちをする。

そんな傍ら、「だってもヘチマもない」というくだりで私は急激な懐かしさに襲われた。

師匠のお説教の最中によく言われた言葉だ。


「……ナツメが助けてくれたの?」

「ああ。これが俺の唯一にして、最大の防御だ」


 自然に視線は本棚を見上げる。

天井まで届くようなその書架には、ぎっしりと本が詰め込まれている。

背表紙に書かれている文字の幾つかは異国の言葉のようで、私には読む事が出来なかった。



「俺がこの世界に来て授かった能力の一つ。それは世界中の本を喚び出し、操る事だ」



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