第10話 迷宮と陰謀論



 とりあえず、コウモリとウサギ一匹くらいはナツメに任せても問題ないと判って、後はサクサクと探索を進めていった。


「……ところで、どうしてお前の武器はその形になったんだ? 女が魔物相手に棒切れをぶん回しているのって、後ろから見ているとけっこうシュールな光景なんだが……?」

「本物の剣のようにすると重心の位置だとか、細かい調整が面倒だからいっその事、適当にしてしまえと思って」


 足を前に進めながら話すのは、互いの戦闘スタイルや、武器についてだった。

戦いに油断は禁物とはいえ、大抵の敵が一撃か二撃くらいで沈むので、ひたすら攻略だけに集中すると、だんだんと単調になってくるのだ。


 私は別にそれでも良かったけれど、ナツメの方がせっかく二人なのだから、会話くらいしようと提案してきた結果、こうして軽い談笑を交えている。


「安直だな。だけど、殺傷力でいえばただの棒よりも、きちんと刃物にした方が上なんじゃないのか? 全部撲殺するって、面倒じゃないか?」

「それはそうだけど、刃物でズタズタに引き裂いたら、素材が取れないでしょう?」

「でも、今まではどうせ全部持って帰れなかったんだから、さっさと倒しちまった方が良かったんじゃないのか?」

「あ……」

「あー……、まあ、気にすんな?」


 その何気ない会話の中で、これまでの自分が延々とやらかしていた非効率を指摘され、あまりのショックに数秒間固まってしまったのは不覚だった。

常に逼迫した我が家の財政状況・食卓事情により、如何に自分の視野が狭まっていたのかがよく判る。


 面倒だと思ってきちんとした形の刃物の形成は後回しにしていたけれど、考え直す必要がある。

そう心に刻み込んで、足を進めた。


****


 最下級のダンジョンだけあって、第三階層までしかなく、ボス部屋までのルートを覚えていた事もあってボスエリア前まで到達するのにそんなに時間はかからなかった。


「いるわね……」

「みたいだな」


 ボスモンスターに感知される範囲のギリギリ外側に立ち、岩陰に身を落とし込んで二人して頷き合う。


 大昔からこの国・この都市に存在する迷宮が迷宮と呼ばれるようになった由来については諸説あるけれど、迷宮はその名前が与える印象の通り、幾つか不思議な特徴を持っている。

その一つが、攻略済みの迷宮のボスモンスターの復活だった。


 通常、最下層までたどり着き、ボスモンスターを倒して初めて攻略済みとされるのだが、一定時間の経過の後、ボスモンスターは復活するのだ。


「どうせなら、宝箱の中身も復活してくれればいいのに」

「でも、そうなるとどんどんお宝の市場価値が低くなってくるぞ?」

「市場価値?」

「あー……、言い換えるのなら、お宝がお宝で無くなるって言う感じだな。たくさん取れるようになったら、その分買い取りの値段も下がる。今まで希少価値の高かったアーティファクトなんかは値崩れしてくるだろうな」

「それは……困るわね」

「それに、宝箱の中身が時間経過で復活するようになったら、攻略済みの迷宮を占拠して、宝を独り占めする輩も出てくるだろうな。それで供給を断って、価格を高騰させて不当な商売をしたりとか」

「何て輩なの!」


 軽い気持ちで言った事にナツメは小難しい理論を交えて反論してくる。

人が違えば考え方も違ってくるという事だろうか?

迷宮の私物化だとか、市場操作だとか、そんな事は私には言われるまで思いつきもしなかった。


「そう考えると、これはこれでなかなかどうして世界は上手く出来ていると思わないか?」


 ボスモンスターだって、湧き潰しが出来ないように、一度迷宮から出て一定時間が経過しなければ復活しないようになっている。

また、宝を取り尽くしてしまわないように、攻略済みの迷宮は数ヵ月から数十年、場合によっては数百年のサイクルで崩壊と再生を繰り返している。

人がサボれないように、しかし時々お宝をちらつかせて夢を抱かせ、生きる希望を失ってしまわないようにしているのだ。


 無闇やたらと陰謀論を信じる方ではないけれど、思わず頷きたくなってしまうような意見だった。



「オールドバラって、古い城塞って意味だろ? 例えば迷宮で人々を鍛え上げて、いわゆる災厄に備えさせている、とか」

「……そうね。とりあえず私はお腹いっぱいに食べられるなら幸せだと思うわ」


 ナツメは考古学者だから、国の起源だとか迷宮の成り立ちだとかについて何か思う事があるのかもしれない。

私にはスケールが大き過ぎてよく解らない話だけれど。



「食い意地張ってるな、お前……。いっそ清々しいぞ」

「お腹が減ってたら、動けないでしょう?」

「腹が減っては戦は出来ぬってか……」


 食事の重要性について共感を得られた私は、機嫌良くボス戦に臨んだ。


 今回のボスモンスターは、何度も戦闘経験のあるサベージウルフだ。

学園時代、魔法で倒して来いと言われて魔法剣で倒し、テオドール師匠に散々に怒鳴られる原因となったあの魔物だ。



「グルアアアァァァァッ!!」



 正面をきって対峙すると、狼はあの日と同じように咆哮を響かせる。

その振動で天井から落ちてきた水滴を幾つも撥ね飛ばしながら、私とナツメはそれぞれの武器を両手に携えてひた走った。


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