第6話 貧乏貴族と追い剥ぎ


 右手を大きく振り抜くと、踏み込んだ足を軸にくるりと旋回し、今まさにこちらに襲いかかろうとしてあえなく私の姿を見失ったばかりのラピッドラビットの臀部を左手の青い棒でひっぱたいた。

突進の勢いも手伝って、その魔物はナツメの方に吹っ飛んでいく。


 ぼてり、とそんな表現がぴったりの様子で兎型モンスターは洞窟仕様の迷宮の湿った地面へと頭から激突した。



「のわっ……ちょっ! あぶねーな、オイ!」

「とどめを宜しく!」


 ピクピクと痙攣する兎を足元に及び腰になっているナツメを余所に私は次の獲物にかかる。

浮いた左足で頭部に蹴りを入れ、怯んだ隙に体勢を整えて再度攻勢に移る。


 呆気なかった。

初撃で最初の一匹は沈み、二匹目も斬り上げの一撃で瀕死の重傷だ。

所詮は最下級に属する魔物ね。


 その名の通り、素早い動きが特徴的なラピッドラビットは慣れない者には攻撃を当てる事すら難しく、手を焼く。

しかし、行動パターンを熟知していれば例え自分のような非力な魔法使いだろうと、倒してしまう事は容易い。


 理屈がどうの、というよりも三桁にも及ぶ戦闘経験により、奴の攻略法は身体で覚えている。

故に、兎もどきの攻撃は私には当たらない。


 三匹をあっさりと沈め、振り返るとナツメもペティナイフで兎を解体しに掛かっていた。

ラピッドラビットの肉は安いが淡泊で臭みも無く、旨い。


「慣れたものね……」


 近寄って、ナツメが手際よく魔物の肉を切り分けていく様子を眺める。

皮は服の素材に、肉は食用になるのだ。



「こっちに来たての頃、大将に教えてもらったんだよ。……そういうシャンヌはそっちの二匹をバラさないのか?」

「……出来たら自分で解体しているわよ。出来ないの」


 転がしたままのラピッドラビットを顎でしゃくりながら、いかにもサボるなと言いたげな口調のナツメに私の顔は途端に曇った。

鏡を見れば、今の私は苦虫を噛み潰したような表情をしている事だろう。


「出来ない……、のか? 探索者にとっちゃ、これが財宝以外の大事な収入源だろうに」

「これまで殆ど一人で探索をしていたから、解体出来なかったのよ! もたもた作業をして血の匂いがすれば、その匂いにつられてわんさかと魔物が寄ってくる。とてもじゃないけれど、その場で解体なんて一人では無理だわ」

「ああ。そんな残酷な事は出来ない、とか女子にありがちなアレじゃないんだな。それじゃあ、倒した魔物の死骸はどうしたんだ?」

「鞄に入るものだけ詰め込んで他は泣く泣く、そのまま放置よ」

「……なるほどな、それでド貧乏なわけか」

「うるさいわね、ナツメのくせに!」


 訳知り顔で頷かれるのは、完全に因果応報だった。

十中八九、大将の店でやったアレの仕返しだろう。


 そんな会話の間にも、ナツメは切り分けた肉をポンポン自分の鞄の中に放り込んでいく。

続いて私が放置していた残りの二匹も同じように切り分け、鞄の中に詰め込む。


「……その鞄、見た目のわりに、よく入るわね……。どういう仕組みなのかしら?」


 そんな疑問が思わず私の口を衝いて出るのは、致し方無い事であった。

どう見ても、兎二匹でいっぱいになりそうな鞄に、特にこれと言って苦労する様子も無く、三匹目を楽々と収めているのだから。


 パンパンに膨れ上がっていて然るべき筈の鞄が、少なくとも外観上はまだまだゆとりがあるように見える。


「序盤に欲張ると、後で何も拾えなくなるわよ? そうじゃなくても、荷物が重くなれば移動や戦闘に支障を来してしまうわ」


 迷宮というのは一般的に、より深い階層に進めば進む程、敵は強くなり、良い素材やレア度の高いアイテムが手に入りやすくなる。


 今回は腕試しの意味合いを兼ねているので、深くまで潜るつもりはないけれど、それでも序盤は控えめに回収しておくのが普通だ。

そう指摘すると、ナツメは何故か苦笑した。


「ああ、ついつい勿体ない精神が出てしまってな。でも、その点は問題ないと思うぞ? ほら、ちょっとこれを持ってみろよ」

「わっ、ちょっと。……って、あれ?」


 突然投げて寄越された鞄は当然、ずしりとした重みがあるものと思っていた。

しかし、予想していた程の衝撃はいつまで経っても来ない。

その鞄は、何も入っていないかのように軽い。


 鞄と魔物の血に染まった地面を交互に見る私の表情が余程可笑しかったのか、ナツメはくっくと声を立てて笑った。


「魔法鞄だよ。さっき話した、気付いたらそこに居たっていう迷宮で偶然拾ったんだが、見た目の大きさに反して何でも入るんだ。しかも容量は無制限で時間停止の魔法が掛かっているから、劣化する心配も無し! この世界で言う、人工遺物アーティファクトの一種だな」

「貴方はいつもサラッととんでもない事を言うわね。何で貴方がそんな凄いものを持っているのよ? 勿体ない!」

「だから、拾ったんだって言っただろう?」

「何で私が持ってないのに、貴方が持ってるのよ!?」

「お前、そこか! てっきり、戦時中の兵糧の話が出ると思ったのに……! お前の中での俺の評価はどんだけ低いんだ!?」


 何やらナツメはショックを受けているようだが、私だって同じくらい、いやむしろ私の方がショックを受けている。


 考古学者と探索者。

どちらがより、魔法鞄を必要としているかなど決まっている。


「この鞄、私に寄越しなさい」

「いや、解っているとは思うがそれは俺のだからな?」

「この鞄だって、私が使った方が喜ぶ筈よ。だから寄越しなさい」

「お前は追い剥ぎか!」


 取り返そうと伸ばされた手を避けるように身を捩れば、ナツメの怒鳴り声が雷鳴のように迷宮に響き渡った。





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