第5話 探索開始


 話し合いの結果、私たちは探索者ギルドより程近くに存在する、初心者用迷宮の一つに足を踏み入れていた。


 ギルドは探索者だけでなく、迷宮・魔物にもランクを付けて管理をしているのだ。

FからSSS+まであるランクの中で、今回私たちが訪れたのは最も攻略難易度の低いFランクの迷宮だ。


 初心者用と言われるだけあって、この迷宮は探索者に成り立ての者達がまず腕試しの為に潜るのに適している。

実際、学生時代にも私は修業の為、何度もここと同ランクの迷宮に潜らされていたし、この迷宮にも卒業したばかりの頃に何度も通い、一人で最下層のボスモンスターを倒す事にも成功している。


 そんな簡単な、自分一人でも攻略出来る迷宮に潜るのは、無論ナツメがついてくる事を考慮して、だ。

精神的に不安定な人が急に取り乱してとち狂った行動に出ても対処出来るように、その構造や出現モンスターを熟知している迷宮を選んだのだ。


 死んでも責任は取れないとは言ったが、なるべく死なないで済むようにするのが当然だろう。


「お前、今もの凄く失礼な事を考えていただろう?」

「いいえー?」


 湿り気のある足元の土を睨み付けながら、一人であれこれと考え込んでいる私に、ナツメは茶々を入れてくる。


 こうしていると、どこもおかしな所は無いばかりか、結構勘が鋭くて厄介な人間に見えるのが不思議ね。

それでも、迷宮というのは何があるか分からない場所だ。

いざとなれば私一人でも逃げて生き延びるつもりである。



「今、もの凄く卑怯な事を考えていただろう? 俺を置き去りにして、自分だけ逃げる算段とか」

「もう、うるさいわね。こんな迷宮、さっさと攻略しましょう」


 やっぱり、こいつの勘の鋭さには警戒が必要ね。


「えーっと、細かい戦術はお互いの動きを見てから考えるとして、まずは簡易的に陣形をとって進むか。シャンヌは魔法使いなんだよな? ……って事は、俺が前衛、お前が後衛だな」

「いいえ、私が前衛でいくわ」

「……は?」


 奥へと進む前に、立ち止まって陣形の話をするナツメに首を振る。

そんな私に対して、二つ返事で提案が通ると思っていたらしいナツメは早くも困惑の表情を浮かべた。


「え? こういう場合、どちらも物理的な防御力に差が無いのなら、少しでも戦闘に慣れている者が前に出るべきじゃないの? ここの魔物なら、嫌と言うほど戦闘経験があるわ」


 私は前に出ても戦える手段がある。

だけど、ナツメに出来る事といえば精々、囮役くらいのものだろう。


 だったら、私が前衛に立つべきだ。

むしろ、後ろにいようが前にいようがまともに戦力として数えられるか未知数なのだから、せめて邪魔にならないように後ろで大人しくしておいてほしい。


 聞き返してきたナツメに私はそう伝えたつもりだったけれど、微妙なニュアンスの部分がうまく伝わらなかった。


「……それもそうだな。この国の魔法使いは、魔力障壁を張って、壁役を務める事もあるんだったな」

「いえ、私は……」


 魔力障壁。

その言葉を聞いて始めて、自分の戦闘スタイルが一般的な魔法使いのそれと大きく違う事を思い出す。

誰かと陣形を組むなど、久々の事で完全に失念していたのだ。


 探索者の流儀として、共闘する相手には絶対に前もって伝えておくべき情報で、当然のように私も一言断っておこうと口を開きかける。

しかし、それは絶望的にタイミングが悪かった。


「おし、んじゃ進むか!」

「えっ……、あっ、ちょっと! 押さないで!」


 出し抜けに奮起をしたナツメに背中を押された私は、前につんのめってたたらを踏む。


「わりー、わりー……と。早速、敵さんがお出ましみたいだぞ?」


 ちょうどお誂あつらえ向き。

そんな風に軽い口調で告げるナツメだったが、私の思いは真逆だった。


「……何で、よりによって今出てくるのよ!」


 間が悪い。

魔物からしてみれば、別に狙った訳でも何でもなく、単に私が言う機会を逃してしまっただけだが、向こうがこちらの都合などお構い無しなら、こちらもまたあちらの都合など知った事では無い。


 悪いが、私は魔物に盛大に八つ当たりすると今、この瞬間決めたのだ。


 地団駄を踏む代わりに、地面を強く蹴って前へと飛び出す。

敵影は三つ。

兎型の魔物、ラピッドラビットだ。


「何をやっているんだ!? 詠唱もしないまま、丸腰で敵に突っ込む奴があるか! 早く魔力障壁を展開しろ!」


 一足でラピッドラビットの懐に飛び込んだ私の背中を、ナツメの鋭い声が貫く。

大多数の魔法使いに対してなら、その声は至極真っ当な意見だった。

だけど、残念ながら私は少数派の方に属しているらしい。


「ご忠告をどうも! ……フレイム・セイバー! アイス・セイバー!」


 後ろを振り返らずに高らかに叫んで返した後、短縮詠唱を立て続けに二つ、口にする。



 ――ブオォォオン。


 詠唱に呼応したのは、羽虫の立てるような音だった。

続いて確かな手応えを得て、手元を見遣る事無く再度、ジメジメとした地面を蹴る。


「はっ!!」


 気合い十分。

踏み込みと同時に真正面の兎型モンスターに向かって上段から降り下ろされた私の右手には、赤色に光る長い棒切れがあった。



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