第7話 異端とコウモリ



「ところで、俺の方からも二、三訊きたい事があるんだが……」

「何かしら、どんなに頼み込んでも鞄を譲ってくれなかったナツメくん?」


 魔法鞄を巡る私たちの仁義無き戦いは、ナツメの卑怯な策略によって終焉を迎えた。

掴み合いに発展したところで、ナツメがふいに私の背後を指差して、「あっ、空飛ぶ巨大パンケーキが!」と叫んだのだ。


 そんなもの、人として振り向かない訳にはいかない。

だって、巨大パンケーキというだけでもそそられるというのに、空を飛んでいるなんて見逃す手は無いだろう。

夢とロマンの塊だ。


 そうしてまんまと騙されて背中を振り返っているうちに、魔法鞄は奪われてしまった。


「その呼び方はやめろ。あと、根に持つな。あれはお願いじゃなくて高飛車な要求だった!」


 ぶんむくれて投げやりな態度で応対をすれば、ナツメは拗ねるなと言う。

そう言うのならせめて、貸してほしいというお願いくらい、了承してくれても良かったのに。


「いいえ、大いに根に持つわよ。乙女の恨みと食べ物の恨みは恐ろしいんだから」

「乙女って柄じゃないだろうが。あと、食い物は関係ねぇし……。まあいい。それは置いておくとして、だ。シャンヌ、俺の記憶違いじゃなきゃお前は魔法使いの筈だよな?」

「うっ……」


 窮地は忘れた頃にやってきた。

戦闘終了後に真っ先に問い詰められると思っていたのに、何も言われないから開き直っていたところにこれだ。

ナツメは意地が悪い。


「その質問には答えたくないわ」


 口の端を歪めて、ふいと顔を逸らす。


 どうせまた馬鹿にされるのだろうと思った。

変だとか、おかしいだとかそんな言葉を向けられるのにはもう慣れている。


 誰が好き好んで笑いものになろうと云うのだろうか?


「じゃあ答えないなら、勝手に憶測で話を進めるぞ?」


 言いたくない。

そう、はっきりと意思表示をしたつもりだった。

だというのに、ナツメはなおも食い下がってくる。


「いいのか?」

「良くないけど言いたくないの!」


 何度首を振ってもしつこく追及してくるナツメに、私は次第に苛立ちを募らせていった。

そうして何度目かのやりとりでそれは派手に爆発した。


「うるさいわね! 何よ、派手な魔法をバンバン放つだけが魔法使いじゃないのよ? あれだってちゃんと魔法の一種なんだから! そりゃあ一般的な魔法使いのイメージとは違うかもしれないけれど、誰が何と言おうと私は魔法使いよ。だいたい、黙ってるつもりなんてなかったのに、貴方のせいで言いそびれたのよ。全部貴方のせいなんだから!」


 上手くいかない探索だとか、師匠の怒鳴り声だとか、周囲の笑い声だとか。

そんなものを思い出して、一気に感情が弾けた。


 怒っていた筈なのに、頬には涙が伝っていて。

自分でもそれが何を意味するのか判らない。


 只々、胸のうちに溜まっていたものをナツメにぶつけたのだ。

いっそ、ぶちまけたと言った方が正しいかもしれない。

ナツメにしてみれば、たまったものではないだろう。



 気分は最悪だった。

こんな状況では、とてもじゃないけれど仲間になんてなってもらえそうにない。

八つ当たりをしている自覚はあるのだ。


 だというのに、ナツメは文句を言うでもなく、謝ってきた。


「悪かったな、嫌な事を思い出させてしまったみたいで」

「ふんっ……」


 しつこい男は嫌い。

だけど、プライドの無い男も嫌いだ。


 男は自信過剰で偉そうなくらいがちょうどいい。


「俺の言い方が悪かった。別に、お前を非難したいわけじゃないんだ。だから、泣くなよ……、な?」

「べ、別に泣いてなんかいないわよ!」


 子供のように騒ぎ立てる我が身を振り返って、何だか急激に恥ずかしくなってきた私は、カッと頬を燃え上がらせた。



「そのくらい元気な方がお前らしくていいな」

「馬鹿じゃないの……っ」


 私らしいだとか、私らしく無いだとか。

今日出会ったばかりの男に何故そんな事を言われなくてはいけないのだろうか。



 ――バサバサバサッ。


 そうこうしているうちに一匹、また一匹とコウモリが頭上を飛び交う。

これは洞窟型の迷宮ならどのランクの物でも見られる光景だ。

別段、珍しくも何ともない。


 これでも一応は魔物に属する生き物だけれど、噛み付いて来たりもせず、ただバサバサと羽ばたいているだけの人畜無害なやつなので無視だ、無視。

今は大事な話をしているのだから。


「ちょっとお前のメインウェポン……って言うと何だか黒歴史になりそうな気配がするな。武器を見せてみろよ。あの棒みたいなやつ」

「嫌よ、どうせ馬鹿にするんでしょう?」


 コウモリの羽音がうるさい。


「だから、馬鹿にしたり非難したりしたい訳じゃないんだって。騙されたと思って、な?」

「何で私が貴方に騙されなきゃいけないのよ!?」


 それにしてもコウモリが邪魔だ。

私たちが攻撃をして来ないと判ったのか、コウモリは人をおちょくるように頭スレスレを飛行し始めた。

風圧で頭髪が乱れる。


「本当に騙す訳じゃないんだから、いいだろそんなの」

「じゃあ、騙されたなんて思う必要無いじゃないの? ……だー、もうっ。鬱陶しい!!」

「鬱陶しい!!」


 漆黒の翼を持った二匹のコウモリが私とナツメの目と鼻の先で、それぞれの視界を覆うようにバサバサと喧しい羽音を立てて留まる。


 真面目な話に茶々を入れるかのようなその魔物に、さすがに業を煮やした私たちは、同時に叫ぶと各々の武器を手に、邪魔なそいつらを排除しに掛かった。







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