その後の話5 次の人が決まるまで

 メインテナンスのダニーが体調不良で辞めてしまってから、なかなか次のメインテナンスが決まらない。


 同じオーナーの兄弟ホテルが隣にあるので、必要な時にはそちらからメインテナンスの人に来てもらっていた。ただ、あちらも忙しいのでそうそうお願いできるわけでもない。そのうちに私もブラインドの修理やトイレ・レバーの故障、さらには部屋の冷暖房機の付け替えなどのちょっとした修理は出来るようになってきた。


 そうして5か月がたったころ、ようやく新しいメインテナンスの人が来ることになった。ニックという物静かな感じのマッチョなおじさんだ。


 ニックが仕事を始めて1、2週間がたった頃。私は彼がちゃんと働いているのか密かに疑問を持つようになる。というのも私はホテルの各所で働くハウスキーパーが掃除した部屋をチェックしていくのが仕事なので、常にホテル中を歩き回っている。だからホテル内で仕事をしている人とは1日に何度もすれ違うのが普通であるが、ニックの姿はあまり見かけない。一日中ほぼ姿を見かけない日もあったからだ。


 ある日、私はドアの修理をお願いしようとメモをもってメインテナンスのオフィスへ向かった。オフィスのドアは日中はたいてい開けてある。

 ドアをノックして「ハロー」と言いながらオフィスに入り、角を曲がった所にある机にメモを置こうとした私は一瞬驚きで息が止まった。

 返事がなく誰もいないと思っていた机でニックが突っ伏して眠っていたのだ。


 時刻は朝の10時すぎ。私はあまりにびっくりして声もかけずにそのまま部屋を出た。しばらく考えたのち、ベテラン同僚のトーリーに話にいき、もう一度一緒に確認をしに行った。ニックは大きなノックの音にも足音にも起きる様子がない。

 よく知らない大柄な男性なので、声をかけた時に寝ぼけて暴れられても怖いからと、もう少し様子を見ることにした。


 そして午後1時過ぎ。トーリーが笑いながら「ほとり、ちょっと来てくれる?」と言う。一緒に廊下を歩いていくと、メインテナンスのオフィス近くの廊下でいびきが聞こえてきたのだ。私が寝ているのを見つけてからすでに3時間以上が経っている。

 疲れてちょっとうとうとしてしまった、というのとは訳が違う。

 私は『仕事場に眠りに来ているのか』と腹がたって、廊下まで響いてくるいびきを動画で記録した。


 その後、2時、3時になってもいびきは続いている。

 そして夕方4時過ぎ。私の仕事が終わるころになってもニックはまだいびきをかいて寝ているのだ。


 始めは腹を立てていた私もさすがに「これは普通じゃない」と心配になってきた。たしか脳卒中が起きた時に大きないびきをかいて昏睡していることがある、と聞いた記憶がある。私が帰った後、ニックが病気で帰らぬ人となって発見されたら……と考えた私はぞっとした。

 それでランドリーのマイラとリアと一緒にニックに声をかけに行くことにした。


 ドアを叩くように大きくノックをして靴音をたてて近づいてもニックは起きる気配もない。それでもマイラが「ハロー!!!ハロー!!!」と大声で声をかけながら肩をたたくと、ようやくニックはぼーっとした様子で顔を上げた。私が「大丈夫?」と聞くと「え?……ああ……大丈夫」と答えたので、私たちは少しほっとしてその場を去った。


 次の日、私たちは事の顛末をマネージャーのメリーに話した。その後メリーはニックに厳重注意をしたようだ。

 しかし、また1週間後にはオフィスで眠りこけているのが見つかり、結局解雇されてしまった。

 メリーは「はっきりとはわからないけれど、あの眠り方は薬物中毒かアルコール中毒のどちらかだったのだと思うわ」と話していた。


 そんなこんなで、次の人が見つかるまで私の修理技術は少しずつ上がっていくことになった。

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アメリカの田舎のホテルで異文化体験 かわのほとり @numayu

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