第7話:堕ちていく

 その翌日、美夜の誘いで海の家に行った。しかし、彼女の母親から「もう来ないで」と言われてしまった。

 帰ろうとすると、彼女のお兄さんが私達を引き留めた。そして教えてくれた。海はもうこの家には居ないと。


「じゃあ、何処にいるんですか?」


「……言えない。彼女は今、誰にも会いたくないって言ってるから。ごめんね。……心配してくれてありがとう。けど……どうか、今はそっとしておいてあげてほしい。心配してるって、俺から伝えておくから」


「……お願いします」


「……」


 不服そうな美夜を連れて、私達は海のお兄さんにお礼を言ってその場を後にした。


「月子と帆波は、海が心配じゃないの?」


「心配だよ。けど……無事だったことは知れたから、とりあえずはホッとしてる。お兄さんの言う通り、そっとしておこう。ね。帆波」


 私が起こす悲劇。海には、その後に続く物語の主人公になってもらいたかった。だけど、居ないなら仕方ない。


「……そうね。私も海のことは心配。けど、月子の言う通りだと思う。傷心中の今がチャンスなのは分かるけど、焦ると逆効果よ。美夜ちゃん」


「な……私はそんなつもりじゃ……」


「ふふ。ごめん。冗談。けど本当に、あんまりしつこいと嫌われちゃうよ。お兄さんもああ言ってたし、ちょっとそっとしておきましょう。ね?」


「……分かった」


 美夜を説得して別れたあと、私を月子を家に呼び出した。計画の話をするために。


「昨日ね、お姉ちゃんの結婚式だったんだ」


「えっ。そ、そうなの? おめでとう」


「……なんで」


「えっ?」


「なんで、そんなに素直に祝えるの? 私は無理だった。おめでとうって、口では言えても、心から言えなかった」


 姉の結婚式で抱いた醜い感情を全て彼女に吐露する。心から祝福出来なかったこと、姉や親戚から『次は帆波の版だね』と言われてしんどかったこと、話しているうちに、幸せな姉に対する妬みがどんどん膨らんでいき、耐えられず涙をこぼす。自分が思っていた以上に私は傷ついていたらしい。彼女はただ黙って私を抱きしめていてくれた。


「月子、私のこと好き?」


「好きだよ」


「愛してる?」


「うん。愛してるよ」


「私がこの世界から出るって言ったら、着いてきてくれる?」


「ついて行くよ。君が私を求めるならどこまでも」


「行き先があの世でも?」


「え……」


 時が止まった。彼女の顔を見る。動揺している。そりゃそうだ。こんな冷静に死ぬ計画を立てられる私の方が狂っている。自覚はあった。


「ねぇ月子。良い夫婦の日をさ、になれない私達の命日に塗り替えてやろうよ」


 言葉を失う彼女に、私は畳み掛ける。「冗談じゃないよ」と。冗談でしょなんて言わせない。私は本気だ。


「一緒に死んでって……こと……だよね……」


「うん」


「そんなの……だ、駄目だよ……!」


 分かっていた。そう言うことは。けど、どうせ死ぬなら二人がいい。二人の方が効果は高いだろうし、なにより、私が死んだ後に彼女が誰かと結ばれるなんて、耐えられない。


「……人はどうせいつかは死ぬよ」


「そう……だけど……」


「どうせいつか死ぬんだから、私は最期まで、月子と一緒が良い。この世で結ばれることが許されないなら、二人で一緒に二人だけの世界に行きたい。ついてきてよ。月子。お願い。君がついてきてくれないなら私は——」


 一人で逝く。その言葉は、彼女の唇に奪われる。


「嫌だ……置いていかないで……」


「……じゃあ、一緒に逝こう?」


「っ……」


 彼女は首を振り、私をきつく抱きしめる。私は彼女に体重をかけて、ゆっくりと床に押し倒した。


「……ねぇ、えっちしよ」


「えっ、な、なんで!? 今そんな流れだった!?」


「ううん。けど……したいの。月子を愛したい。抱きたい。私以外見えなくしてやりたい」


 彼女の頬を撫でる。いつものように、優しく。そのまま、流れで唇を重ねて、舌を絡める。彼女は抵抗しなかった。しようとしたけれど、しなかった。分かっている。優しさに漬け込んで、最低なことをしていると。分かっている。


「ごめんね。月子。ごめんね」


「良い……もう……謝らないで……大丈夫だから。泣かないで……」


 最低な私を、彼女は責めなかった。私の頭を撫でながら、「大丈夫だよ」と、壊れたレコードのように何度も繰り返していた。

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