第8話:協力者
海の居場所は相変わらず分からなかった。彼女のお兄さんは頑なに彼女の居場所を教えてくれなかった。鈴木くんなら知っているかもしれないと思い尋ねようとしたある日、彼の方から海のことで相談があると私の元を訪ねてきた。
「今、彼女はとあるバーで働いてるんだけど、様子を見てきてほしいんだ」
「へぇ。生きてたんだね。海」
「親友だったんだろ?」
「親友だよ。今でも親友だと思ってる。けど、ちょっと怒ってるんだ。あの子、私達にも何も言わずに学校やめたから。……分かるけどね。何も言いたくない気持ちも、高校辞めた理由も」
「辞めた理由?」
「……失恋して病んでたから。あの子。知らないの? 幼馴染なのに」
「……関わらないでくれって言われてたから」
「ふーん。だから私に偵察させるんだ」
「……きもいよな」
「うん。キモいね」
気持ち悪い。心底気持ち悪い。どうして未だに彼女に執着するのか。叶わない恋だと、理解しているだろうに。
まぁでも、良いや。どうでも。海の居場所が分かったから、どうでも良い。
「あっはっは。けど、良いよ。私も海のこと心配だし、様子見てきてあげる」
「ありがとう。よろしく頼む」
「鈴木くん、本当に海のこと好きだね」
「好きだよ」
「それ、友愛じゃないでしょ」
「……違うよ」
「無理だって分かってるくせに」
「分かってる」
「ほんっと、気持ち悪いね」
別に、鈴木くんに何かされたわけじゃない。彼は私達の味方だ。分かっている。ただの八つ当たりだって。
「っ……自分でも思うよ……だから……お願い。俺の代わりにあの子を助けて。海を一人にさせないであげてほしいんだ。友達として、支えてあげて」
「分かった分かった。はいはい。私も海のこと嫌いじゃないし、生きてくれていてホッとしてる。海がいたから私は私でいられる。月子も同じこと言ってた。だから私は、あの子の支えになりたいと思ってる。だから、君のお願いを聞いてあげる。だけどね、鈴木くん」
私は海に希望を託す。私の中に残るわずかな、だけど、ものすごく重い希望を。海はその重みに耐えられなくなり、死ぬかもしれない。そうなはないと私は信じているから、海を選んだのだけど。
「頼む相手間違えたって、後悔しても知らないよ」
「えっ?」
「……ふふ。なんでもない。ねぇ、鈴木くんのお願い聞いてあげる代わりに、私のお願いも聞いてくれる?」
「な、何?」
「海のこと、いつまでも愛してあげてね。例え結ばれなくても。ずっと。ずっとだよ。彼女が死んじゃったら私の計画が狂っちゃうから」
「け、計画……? なに?」
「ふふ。鈴木くんにはなーいしょ。じゃあねー」
ムカつく。ムカつく。叶わないって分かってるくせに。諦めるしかないって分かってるくせに。
いっそこのまま、叶わない恋に一生苦しめば良い。彼がこの先、死ぬまで一生、彼女に恋をし続けますように。そんな呪いをかけて、彼と別れ、彼が教えてくれたバーに顔を出す。
「久しぶり。海」
「……久しぶり。元気だった?」
「それはこっちの台詞。……鈴木くんから、この店で働いてるって聞いて会いに来たんだ」
「……そう」
「何? 海くんの元カノ?」
オーナーらしきおじさまが海を茶化す。どうやら彼は海がレズビアンであることを知っているらしい。
「いや、ただの友達」
「海の彼女とかやだー」
「僕もやだよ君みたいな重い女。で? 何飲む? アルコールは出せないよ」
「海が作るの?」
「まぁ、うん。ノンアルは僕が作ってる」
「シェイカー振ってるところ見たーい」
「……まだ練習中だから混ぜるだけのやつにしてくれ」
「えー……そう言われても、カクテルなんて何が何だかわからないよ」
「だろうね。まぁ、適当に作るよ」
「私に合うカクテルをお願いね」
「それ、バーテンダーが一番困る注文だからやめて」
「あははー。ごめんごめん」
ため息を吐きながら、グラスに材料を入れて、それを混ぜて私の前に出した。ジントニックというカクテルらしい。
「ほんとに混ぜるだけだ」
「混ぜ方にもコツがあるんだよ」
「ふーん。あ、そういえば、カクテルってカクテル言葉があるんだよね?」
「あぁ、うん。ジントニックはなんだったかな……。ごめん。まだ僕勉強中だから分かんないや」
「はい、プロ失格〜」
「うるさいな。古市さん、ジントニックのカクテル言葉分かる?」
「ジントニックは『強い意志』とか『いつも希望を捨てない君へ』だな」
驚いた。海にはまだ計画を話していない。恐らく、たまたまだったのだろう。
「希望……ね。……まぁ、確かに、まだ捨ててはいないかな。……海、私ね、ある計画を立ててるんだ」
「何。計画って」
「今日はね、海にその計画のお手伝いをしてもらいたくて来たの」
「計画の内容教えろよ」
「ふふ。言えない。決行日まで誰にも話さないって決めてるの。海、誰にも言わずに私の計画を手伝って」
「……内容聞いてから決めさせて」
「良いよ。今度月子と三人で会おう」
数日後。私達は月子を連れて海の住む家に行き、計画を話した。
「……私達は悲劇を残すの。差別が人を殺すことの戒めとして、悲しい心中事件を起こす」
「……そんなの……」
「分かってる。私達は芸能人でもなんでもないただの平民。だから、歴史に残るような大事件にはならないかもしれない。けど、少しくらいは誰かの心にぶっ刺さる事件になると思う。……私、もう疲れたのよ。死にたい。けど、黙って死にたくない。死ぬならせめて、この世に呪いながら死にたい。誰かの罪悪感を煽るような死に方したい。差別に殺された証拠を残して死にたい。だから私は遺書を残して死ぬ。国が私達を殺したっていう遺書を」
「……なんで僕に話したの」
「私達の物語は悲劇で終わる。けど、主人公は私達じゃない。物語はまだ続く。私達の悲劇は希望のための舞台装置」
「……僕が、帆波の描く希望の物語の主人公ってわけ?」
「そういうこと。協力してくれるよね? 海が居ないと、私達の死はただの悲劇で終わっちゃう。すぐにみんなに忘れられてしまう。ねぇ海。私達の終わりを意味あるものにして。後世に語り継いで。お願い。海にしか頼めない。お願いします」
私が土下座をすると、月子も一緒になって床に頭を擦り付けた。彼女は私達の方を一瞥してから、外に向かって煙を吐きながら「分かった」と言った。
「ありがとう海。決行日は三年後の11月22ね。20歳になる年の、良いふうふの日」
「……なんでわざわざその日を?」
「ふふ。語呂合わせにちなんで軽々しく籍を入れてしまうカップルに対する嫌味と妬みを込めて」
「……性格悪」
「そりゃ悪くもなるわよ。こんな理不尽な世界で生きてたら」
後二年弱で、その理不尽な世界から解放される。私はその日が来るのが楽しみで仕方なかった。
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