EPISODE14 学園祭へのお誘い
高校生活を送っている以上、泣いても笑っても喚いても発狂したとしても、テストからは絶対に逃れられない。
個人的な思想として、蹄人は真面目に授業さえ受けていれば、テストである程度の点は取れると思っている。
だからこそ、放課後のほとんどを人形決闘に費やしている身として、授業だけはしっかりと聞いておくことにしているのだ。
もっともさすがにそれだけでは済ませずに、双矢との対戦が終わった後、一通りテスト勉強はしておいたのだが。いざ中間テストに臨んでみると、ほとんどが授業で出てきた問題ばかりだった。
といっても地味に引っかけがあったり、応用が必要になってきたり、一筋縄でいかないように、しっかりと問題が練られていたのだが。
いつもやっている人形決闘での腹の探り合いに比べれば、こんなもの全然楽なものである。さすがに全問正解とまではいかないものの、予め勉強した分を落とすことはない。
ある程度の手ごたえを感じながら、中間テストを終えた蹄人は。一喜一憂するクラスメイトたちを尻目に、荷物をまとめて教室を出る。
双矢に勝利した打ち上げをやってから、一週間。この一週間真面目に勉強していたせいで、人形決闘の練習が全然出来ていないため、帰ったらさっそくスカーレットと共に、考案した必殺技を試していかなければ。
廊下を歩き、昇降口へと向かう。蹄人の脳内からは既に、終わったテストのことは排除されて、人形決闘のことで埋め尽くされようとしていたのだが。
昇降口まで、あと数歩というところ。職員室の壁に設置された、大きな掲示板の前で。蹄人はぴたりと足を止めた。
掲示板には事務的なお知らせの張り紙と共に、高校生の感性を存分に生かしてデザインされたイラストに、ポップなフォントで「第32回筒道高校学園祭」と書かれた一枚があった。
「学園祭か……」
そういえば夏休み前に、クラスで出し物を決めた気がする。確かカフェ的な何かだったか。
いくらクラスの中で孤立していても、部活に所属していない人間の宿命として、カフェの手伝いをやらされることになるだろうが。それでも少し位は、出店や他の教室を見て回る時間もあるだろう。
いつもほぼ無償で、スカーレットのメンテナンスや練習用ボトルの改造をやってくれている、巻を労うためにも。たまには誘ってやるのも、いいかもしれない。
スマートフォンを取り出して、スクリーンショットを撮影すると。蹄人は今度こそ、校舎から出て帰ろうと思ったのだが。
「きゃっ」
体の向きを変えた瞬間、廊下の向こうから、今ちょうど走ってきたらしい女子生徒とぶつかりそうになった。
「あ……すみません」
「こちらこそっ」
蹄人が素直に謝ると、女子生徒はものすごい勢いで頭を下げてから、横にある掲示板に、抱えていた紙の一枚を貼り付ける。どうやら彼女は新聞部の生徒だったらしい。
「号外号外、ビックニュース!」
興奮した様子で繰り返し呟きながら、女子生徒は張り紙を貼り終えると、スキップ気味の速足で立ち去って行った。
「号外って、一体何があったんだ……」
若干ずれた眼鏡を直して、蹄人は女子生徒が張っていった張り紙へと視線を向ける。
A4サイズの紙の中では、わざとらしい炎のエフェクトの前で、金髪に紫のピアスをして、ピアスと同じ色の口紅を塗った、見覚えのある少年が決め顔をしていた。彼の名前は顔の下に、強調されたフォントで表示されている。
「萌木極……」
蒼井結翔の友人にして、最大の理解者と呼ばれている少年。そしてあのラストホープ・グランプリの予選で、蹄人とミルキーウェイが破った相手。
結翔の腰巾着だの、虎の威を借る狐だの、群衆どもから陰口を叩かれることも多いが。蹄人はそうは思わない。
もし予選で自分とミルキーウェイにさえ当たらなければ、蒼井結翔がいる以上優勝とまではいかなくても、ベスト4に入っていたのは彼の方だったかもしれない。
萌木極は、蒼井結翔とはほぼ真逆と言っていいタイプの人形師だ。そしてどこか、自分に似ている。
ただし人形に対する思想、その一点だけは相容れないが。彼も人形を仲間だと思っているからこそ、蒼井結翔の友人でいられるのだろう。
名前の下には、「人形決闘特別ステージ、開催」と印刷されている。
対戦相手は誰になるのだろうか。本来なら双矢だろうが、彼は人形決闘部を引退してしまったため、副部長の田舞鎮世が代わりに戦うのだろうか。
「……もし、公募するんだったら」
戦いたい。スカーレットと共に、萌木極とそのパートナーと、人形決闘をしたい。
ミルキーウェイと一緒だった頃のように、圧倒的な有利相性で勝利するのは不可能だが。双矢以上の相手と戦えるなら、誰だろうと構わない。
この先に何があるかは分からないが、今はただ、貪欲に。人形決闘に飢えた心の、赴くままに。
「……って、無理だよな、さすがに」
睨むように、極の張り紙を見つめていた蹄人だったが。ふっと力を抜くと、鞄を持ち直して歩き出す。
万が一公募だとしても、ランキングと公式戦から締め出されている自分が、学園祭のステージに立たせてもらえるわけがない。
叶わぬ望みを抱くよりも、早く帰ってスカーレットと、人形決闘の練習をしよう。それから巻を、学園祭に誘わなくては。
再び脳内を、人形決闘のことで満たしながら。蹄人は筒道高校の校舎を後にした。
「無理だわ」
数時間後、巻の自宅兼工房である、雑居ビルの一室で。
スカーレットとの練習を終えて、カットの作った夕食を食べていた蹄人だったが、目の前で乾パンを貪る巻にあっさりと断言された。
数十秒前のこと。卵スープとレタスのチャーハンを食べながら、蹄人は巻に言ったのだ。
「そうだマッキー……もうすぐ筒道高校の学園祭があるんだけど、良かったら一緒に回らないか」
たった一言なのだが、それでも胸の中にある勇気を全て振り絞って、若干震えた声でやっと切り出したのだが。
蹄人の決死の誘いに対する、巻の返答がこれである。あまりにもあっさりしていて、蹄人はチャーハンを食べていた蓮華を落としそうになった。
「無理、なのか」
「そんな捨てられた子犬のような目をするなって。別にティトが嫌いだから、断ってるってわけじゃあない」
スプーンで卵スープを混ぜながら、巻は人差し指を立てて見せる。
「その日はメンテナンスの仕事が入ってるんだ。せっかくのお誘いを断るのは申し訳ないけど、こればっかりは仕方ない」
「そうか……」
都合がいいため入り浸っているものの、本来ここは巻の店でもあるのだ。仕事だと言われれば、邪魔するわけにはいかない。
「そもそも幼馴染だからって、
呆れたように巻が言う通り、本来巻ほどの腕を持った調律師にメンテナンスをしてもらうには、最低でも二万円は必要だろう。
いくら巻がオプションのインターネット販売で、ここの家賃を余裕で支払えるだけ稼いでいるといっても。
好意に甘えて無料でやってもらっている分を、学園祭に誘っただけでチャラにしてもらおうなんて、あまりにも虫が良すぎることなのだ。
「分かった。スカーレットと一緒に、回ってくる……」
「ぼっちだからって、そんな寂しそうな顔するなって。仕事終わった後なら空いてるから、焼きそばとかたこ焼きとかラムネとか、色々買ってきてここに来ればいい」
「べ、別に寂しそうな顔なんて、してないから」
にやつく巻を睨みつけて、蹄人は誤魔化すようにチャーハンをかっこむ。
残念じゃないかと言われれば、残念で悔しくて寂しくて仕方がないが。そのことを言うつもりはないし、これ以上顔に出すつもりもない。
「……ところで、一体どんな奴がメンテナンスを依頼してきたんだ」
話題を変えるために、聞いたのだが。卵スープを啜っていた巻は、ちょっとだけ眉をひそめる。
「どんな奴って、いくらティトでも顧客情報を漏らすわけにはいかないぜ」
「あ……ごめん」
「ま、実をいうとネットで依頼を受けたから、あんまりどんな奴か分からないんだけど。一つだけ言えるとしたら、ティトと違ってメンテナンスの料金をきっちり払ってくれる奴ってことだな」
空になったお椀を置いて、歯を見せて笑う巻に。蹄人は申し訳なくなって、残り少なくなったチャーハンに視線を落とす。
やはりまだ心のどこかでは、巻に断られたことで落ち込んでいるのだろう。だからって、巻に依頼した奴に嫉妬するのは、筋違いというものだ。
胸の中で燻るもやもやした思いを振り払うように、首を勢いよく横に振って。蹄人は残ったレタスチャーハンを口に運ぶと、咀嚼してお茶で流し込む。
「スカーレット」
ペットボトルを置いて、口元を拭って。蹄人は背後に立つスカーレットに声をかける。
「こうなったら、死ぬほど楽しんでやるぞ。マッキーが泣いて悔しがるぐらいに」
「そうだな、蹄人」
微笑んで、力強く頷くスカーレットと、蹄人に向かって。巻は水を飲みながら、挑発的な視線を投げかけてくる。
「楽しみにさせてもらうぜ、じゃ、焼きそばよろしく」
「……ああ」
どれだけ強がっても、悔しいことに結局は巻のところに戻って来てしまう。子供の頃から、いつもそうなのだ。
だからこそ巻も、無料で腕を振るってくれるのだろうが。男として、若干不甲斐なさを感じなくもない。
もし巻と結婚したのなら、絶対に尻に敷かれることになるな。ぼんやりとそう考えながら、蹄人はペットボトルの水を舐めるように飲む、巻の姿を見つめていた。
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