第13話

 小型船舶と水上拠点に船を停泊させる用のドック、それから燃料となるガソリンの保存庫を妖精達に解放してもらった三人は、早速ウインチを使用して小型船舶をドックに下ろしていた。


 妖精達の作業は、溶接された扉を開くよう新調する程度の作業であれば5分もあれば終わるが、工事(果たしてこの表現が適切かはわからないが)の規模が大きくなればなるほど作業時間がかかるようで、ドックの解放には三日ほどの時間を要した。


 ドックは時間がかかった分完璧な仕上がりだった。大型の船を停泊させる事が可能なだけではなく、船の修理ドックとしての機能までついている。他にもウインチで様々な荷物を直接船に下ろす事まで出来る。


 肝心の船に関しては、残念な事に魔石の都合上5人乗り程度のボートになってしまった。ドックの規模に対してなんとも寂しい限りだが、高速に移動出来る足が出来たのは大きい。


 現在時刻は夕方5時。そろそろ日が暮れてくる時間帯だ。リリウム達には何も言わずに家を出てきてしまったので、きっと今頃心配している事だろう。そう思ったのだが、


「どうだかねぇ。怪しい人間がいなくってせいせいしてるかもよぉ」


 どうにもマリアは違う意見らしい。こんな風に毒を吐いている。ユウと二人きりの状況ではなくなった事で、元の毒吐きが戻ってきたようだった。その事にユウはなんとなくホッとしていた。そもそも、あんなにベタベタしてくる方がおかしいのだ。


「まあそう言うなよ。情報収集には現地民の協力が不可欠なんだから、マリアもあんまり口の悪い事言わないで仲良くしてくれよ?」

「それはあっちの出方しだい」


「にしても、まさかこの世界にも人間がいるたぁな。俺はてっきり化け物パラダイスかと思ってたぜ」

 フレッドがウインチを操作しながら言った。


「文化レベルはだいぶ低いけどね。おかげで兵士相手にも9ミリでなんとかなった」

「それなんだけどよぉ、実際のところ、その帝国軍? は報復に来そうなのか?」

「わからない。ただ、死体がなくなっていたのは事実だ」


「あの村と帝国がどれくらい離れてるのか知らないけどぉ、一日二日で帰って来れる距離なら結構ヤバいんじゃない?」


「あまり考えたくはないけど、伝令に早馬を出したとして一日、そこから装備を整えて村に到着するまでで三日と考えると、今日明日くらいに報復に来るかもね」


「なに冷静に言ってやがる! やべえじゃねえか! どーすんだよ?」

「うーん、どうしようか?」

 ユウは投げやりにそう言って二人を見やった。


「あたしは見捨てるに一票。別にあの村以外にも人はいるしねぇ」

「なんつー冷たい女だ。俺は救える命は救うべきだと思うね。ユウもそう思うだろ?」


「心情的にはフレッドに同意なんだけどなあ。マリアの言う事も一理あるんだよ」


「煮え切らない態度しやがって。今は姐さんがいねえんだから、指揮出すのはお前なんだぞ? しっかりしてくれよ」


 部下に指揮を出すという立場から考えた時、村人を救う事で帝国軍との戦端が開かれてしまったらと思うと気軽に助けようとは言えなかった。


 万が一救援が来て、彼らが帝国と国交を結ぶという段になった時、ユウ達の行動が障害となって戦争になりましたでは笑えない。それに、一度救ってしまえばその後も救う義務が生じる。救いっぱなしというのは見捨てるのと同義だ。


 理性ではマリアの意見が正しいというのはわかっている。しかし同時に、フレッドの言うように救える命は救いたいという気持ちもあった。結果、ユウが出した答えはこうだった。


「ま、なるようになるさ。ご飯食べたら出発しようか」


   ◯


 リリウム達が暮らしている村の正式名称はマル村だった。人口80人程度の村で、リリウムを含め若者は30人程度しかいない。


 マル村は帝国の庇護下にないので、ほとんどを自給自足で賄っており、衣類などの自給自足で賄えない物品に関してはたまに村を訪れる行商人と物々交換でやり取りしていた。


 特産品がある訳でもない、ごくごく小さな村だった。限界集落といってもいいかもしれない。つまり、帝国からすれば取るに足らない路傍の石程度の存在だったという訳だ。


 遠征の帰りに戦いで昂ぶった感情を鎮めるための女を漁れる場所。兵士達はそう考えていた。しかし現実はどうか。女を漁りに行ったはずの兵士がいつまで経っても帰ってこない。


 流石におかしいと考えた隊長は付近の捜索に当たらせた。すると、死体が出てきた。下手人は間違いなくマル村の人間だ。


 戦いで昂ぶっていた精神は、尚も勝利を求めていた。しかも報復という大義名分まであるのだ。帝国に属さぬ小さな村を遠征帰りに蹂躙するだけの条件が揃っていた。


 60人からなる帝国の小隊はその夜、マル村に夜襲を決行した。


「火事だあ!」

「火事だぞお!」

「皆逃げろ!」


 帝国兵はまず何軒かの家屋に火を放った。そうして慌てて家から出てきた人間を痛めつけ、村の中央に集め始めた。


 その頃、リリウムとウォルトは夕食をとっていた。


「火事だって?」

「お父さん、私達も逃げなきゃ!」

「待て、何か様子がおかしい」


 村の至るところから聞こえてくる怒声と悲鳴に、ただ事ではない事を察したウォルトは玄関口をそっと開けて外の様子を伺った。すると、帝国兵が村人を痛めつけている姿を目撃した。


「なんて事だ……! リリウム今すぐここから逃げなければならない。裏口から馬に乗って逃げるんだ!」


「……どういう事?」

「いいから、早く行くんだ」


 リリウムの肩を押しながら裏口へと回ったウォルトは、着の身着のままで彼女と共に馬にまたがりその場を後にしようとした。だが、


「馬に乗ってる奴がいるぞ!」

「逃がすな! 弓兵!」


 帝国兵に気づかれてしまった。横合いから放たれた矢が運悪く腕に命中してしまい、ウォルトは落馬してしまった。


「お父さん!」

「逃げろリリウム!」


 リリウムは馬に止まるよう必死に手綱を引いたが、帝国兵達の怒声に興奮した馬は止まる事なく走り続ける。


「お父さああああああん!」


 帝国兵は幾度か弓を放ったが、暗闇という事もありリリウムに命中する事はなかった。


「チッ、逃したか……」

 隊長らしき人間がそう呟く。彼はウォルトの側まで寄ると、その腹を蹴り上げた。


「グゥ!」

「生意気にも知恵を回らせおって。あの娘の分もお前には頑張ってもらうぞ」


 そう言った彼の目は嗜虐心に満ちていた。


  ◯


「どうして……どうしてなの……?」

 リリウムは馬の背で泣きながらつぶやいた。胸中にはなぜ、どうしてという疑問符ばかりが浮かんでは消えていった。


 ただ静かに暮らしていただけなのに。なぜ帝国兵に攻められなければならないのか。

 

「お父さん……どうすれば……どうすればいいの……?」


 あれだけの帝国兵に勝てる人間など、この世界のどこを探してもいないだろう。仮にいたとしても、無償で助けてくれる訳がない。何も持たずに逃げてきた彼女が対価として渡せるものなど何もない。


「そうだ……あの人達なら、ひょっとして……」


 思い返すのはあっという間に帝国兵を倒してみせた異様な風貌の異世界人。炎竜すら退けたという彼らなら、あるいはあの数の帝国兵をも倒してしまうかもしれない。


「でも、どこにいるの?」


 リリウムは短い滞在期間で彼らが興味を抱いた会話の内容を必死に手繰り寄せる。そして思い出す。


「浮島だ……」


 確証など何もなかった。だが今は、ユウ達がそこにいるかもしれないという可能性に縋りたかった。場所は知っている。リリウムは手綱を引くと馬を加速させた。


 見えてきた。こんな夜更けだというのにあの浮島だけ灯りがついているからすぐにわかった。だが、あんなに離れた場所にどうやって行けばのいいだろうか。


 リリウムは馬から下りるとその辺の木に手綱を括り付け、船がないか探し始めた。

 暫く探していると、ウィイインという聞き慣れない音と、火では到底出せないほどの眩しさを持った何かが川から近づいてきた。


「や、こんばんはぁ。リリウムちゃんでしょぉ。こんな夜更けにどうしたのぉ?」

「ああ、マリアさん! 大変なんです! 村が!」

「まま、落ち着いて。話しは上で聞くよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る