第14話

「ふぃー食った食った。化け物に襲われる心配がねえってのは最高だなあ」


 フレッドは自身の腹をポンポンと叩くとそう言った。初日の夜を魔物ひしめく密林で過ごしたのが余程トラウマになっているのだろう、なんとも説得力があった。


「フレッドだから生き残れたんだろうな。俺とマリアなら今頃魔物に食われて消化されてたかもしれない」


「あたぼうよ。俺は逃げ足にだけは自信があるからな。スラム街にいた頃は韋駄天のフレッドって呼ばれていてだな――」


 食後の談笑を楽しんでいたらマリアがドアをノックしながら会話に割って入ってきた。


「お二人とも、歓談中悪いけどお客さんみたいだよぉ」


 彼女の表情を見るに、あまりいいお客さんとはいえなさそうだった。


 ベッドルームから出た三人は甲板の縁に手をかけて双眼鏡でマリアの指差す方向を見た。


「随分慌てた様子だな。ありゃお前らの知り合いかなんかか?」

「リリウムだ。俺達が一晩宿を借りた村の住民だよ。どうしたんだろう」


「どおする? とりあえず上に上げちゃう?」

「そうしようか。話しだけでも聞いてみよう」


 ユウはリリウムが岸に到着するのを待って、解放したばかりの船を使ってマリアに迎えに行かせた。


 待つ事十数分。マリアがリリウムを伴って上がってきた。そして、リリウムはユウの顔を見るなり開口一番こう言った。


「助けてください! 村が襲われてるんです!」

「穏やかじゃないな。詳しい話しを聞かせてくれ」


「大変なんです! いきなりたくさんの兵士が村に来て! 家に火をつけて! お父さんも矢で撃たれちゃって……!」


 取り乱しながらそう言うリリウムの発言から状況を推察するに、やはり予想通りあの時ユウ達が殺した帝国兵の残りが報復に訪れたのだろう。


「想定通りの結果になったねぇ。帝国兵サンはほーふくにきたわけだ」

「みたいだな。一応聞くけど敵の数は?」


「数? わかりません……けど、たくさんいました」

「60人より多かった?」


「そこまではいないと思います……でも、たくさんです」

「たぶん小隊規模だね。多くても50人ってところだろう」


「敵勢力の装備を考えるにぃ、三人でも勝てそうだねぇ」

「本当ですか! なら――」


 続くリリウムの言葉に被せるようにユウは「残念だけど」と言った。

「俺達は助けてあげる事は出来ない」


「そんな……どうしてですか!? お金が必要なら一生かかってでもお返しします! だからお願いします……!」


「……申し訳無いけど、そういう訳にもいかないんだ。俺達にも立場があるんです。ここで村を救うという事は、帝国に弓引くのと同義だ。俺の勝手な判断で帝国との戦端を開く訳にはいかないんです。本当に申し訳無い」


 話しは終わりだとばかりにユウはその場から去った。フレッドがのんびりとその横を歩いてついてくる。マリアはリリウムの側に残って説得するようだった。


 ベッドルームに戻ったユウは、自身のベッドに腰掛けて項垂れた。本当にこの選択がベスとだったのだろうか。もっと上手いやり方はなかったのか、疑問は尽きない。


「よお、当ててやろうか? お前は今自分の下した決断が本当に正しかったのか自問自答してる、だろ?」

 フレッドは常の飄々とした態度でそう言って見せた。


「……そうだよ。俺は二人に命令を下せる立場にある。俺が戦えと命令すれば、たちまち帝国との戦端は開かれる。そうなった時責任は俺にある。ひいてはカスミさんの責任になるんだ。カスミさんに迷惑はかけたくない。自問自答したくもなるさ」


「難儀なやろーだ。あの子、泣いてたぜ?」

「……フレッドはどっちの味方なんだよ」


「そりゃ俺はいつだってかわいこちゃんの味方に決まってるだろ」


「まったく……なあフレッド。こんな時カスミさんならどんな判断を下すと思う?」


「さあな。お前の方が姐さんとは付き合い長いんだ。お前にわからないなら俺にわかる訳ないだろ。けどよ、俺はちょっとくらい無責任になってもいいんじゃねーかって思うけどな」


「無責任になる、か……」


 両親の顔も知らぬまま孤児院に預けられ、気がつくと人買いに売られて少年兵になっていたユウは、これまで人生の大半を上司からの命令に従う事で生きてきた。


 言われた事を言われるままにやればいい人生はある点では楽だった。自分の頭で考えて


 行動する必要がないからだ。しかし異世界に来て上司という存在がいなくなり、自分が部下に指示を出す立場になった時、これまでと同じような生き方は出来なくなってしまった。


 人は未知の現象に遭遇した時、自身の知る現象に当てはめて、より安全な方策を取って逃れようとする。だがそれが通用するのは地球での話だ。ここは異世界で、地球の常識は通用しない。なら、いっその事好きなように行動してみてもいいのかもしれない。


「……それもそうだな。やるだけやってみる、か」


「オーライ。俺っちはお前さんの指示に従うぜぇ。失敗したら一緒に姐さんに怒られてやる」


「そうならないように精々努力するさ。行こうか」


 ユウは立ち上がり、フレッドを伴って甲板へと戻った。そこでは泣いているリリウムをなんとなく適当にマリアが慰めていた。


「全員傾聴!」

 ユウの号令でマリアとフレッドはその場に直立姿勢を取る。


「これよりフェンリルは村を襲う帝国兵の排除を行う! 5分以内に夜間戦闘装備を整え甲板に集合!」


「「了解!」」


「マリア、俺の分の準備も頼む。俺はリリウムに事情を説明する」


「りょうかい」

「以上、解散!」


 村を救う事に反対していたマリアも、命令となれば話は別である。個人の思想を無視して上官であるユウの命令に従う。


「どう、いう事ですか……?」

 泣き崩れていたリリウムは急に慌ただしく走り去っていった二人の姿を見るしか出来なかった。


「いやなに、たまにはガラじゃない事もしてみようと思いましてね。つまり……」


「つまり?」

「村を救うって事ですよ」


   ◯


 燃料を満タンにつめたボートが夜の川を限界いっぱいまで加速していた。川底が深い事もあり、岩などに激突して座礁する心配がないからこそ出来る荒業だった。


「作戦を確認するぞ」

 ユウは操舵しているフレッドにも聞こえるような操縦席に全員を集めてそう言った。


「マル村付近の岸に船を停めた後、我々は三手に別れる。村人の救出には俺とマリアが行く。フレッドは遠方からの援護射撃だ。報告では村人は村の中央に集められているらしい。そこで、フレッドには岸側からの射撃、俺とマリアは村後方から急襲をかける。質問は?」


 ユウは二人に質問がない事を確認すると、こう続ける。


「コールサインはいつものだ。プリンセスのお守りはフレッドに任せる」

「了解」


「今回は夜間対人戦だ。悪いけど、マリアにもサプレッサー付きの小銃を使ってもらうぞ」


「りょうかい」

「フラッシュライトは安全が確認されない限り使用しない事」


 作戦の確認が済み、5分程度経つと船が停まった。ロープで木に船を固定すると、三人は暗視装置を装着して迅速に予定位置へと移動を開始した。


「ウルフ1より各位、位置を送れ」


 自身の配置についたユウは無線で二人にそう言った。フェンリルでは作戦行動中は互いをコールサインで呼び合う事になっている。ウルフ1がユウ、ウルフ2がマリア、ウルフ4フレッドだ。


『ウルフ2。位置についたよぉ』

『ウルフ4。同じく位置についた。敵さんが丸見えだぜ。いつでもいける』

「ウルフ1了解。各位、指示を待て」


 暗視装置の向こう側では、帝国兵らしき集団が村人に暴力をふるっていた。どうやら村中央に篝火を焚いて、そこで暴力と酒の宴を行っているらしい。すでに略奪は完了したようで、今は戦利品で楽しんでいるようだ。完全に油断しきっている。今がチャンスだ。


「ウルフ1より各位。オープンファイア。繰り返す、オープンファイア」


 ユウの指示で三人共が各位置から帝国兵に向かって射撃を開始する。


 フェンリルの職員は一人残らず国家解体戦争に参戦し生き残っていた。あの戦争を経験した人間は、所属する陣営がどうであれ生き延びる能力に長けている。ひいては戦士としての能力が高いのだ。


 一芸に秀でているのはもちろんの事、全員が国軍の特殊部隊で要求される基礎スキルを身に着けている。従って、一発も無駄にする事なく静かに確実に帝国兵を排除していった。


 驚いたのは帝国兵だ。戦利品を仲間と分かち合い、酒を片手に勝利の余韻に浸っていたら唐突に隣人が血を流して倒れているのだ。


 正確に何が起きているのかは把握出来なかった。だが、見えない何者かに襲われているのだという事だけは理解出来た。

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