第4話

 意識が浮上した。誰かに引きずられている。誰に? フレッドにだ。


「撃て撃て撃て! 近寄らせるな! 手榴弾も投げまくれえ!」


 フレッドの緊迫した声で状況を思い出した。ユウは高機動車が横転した時に一時的に意識を失っていたのだ。恐らく二人がその間自分を守ってくれていたのだろう。先程まで見ていたのは走馬灯のような何かだったのだと思うとゾッとした。


「二人共ごめん、ありがとう」

 起き上がったユウはすぐさまネックにかけられていた小銃を構えて竜に向けて撃った。


「死んでなくて安心したぜ。俺とマリアに感謝しろよ?」


「状況は理解してる?」

 マリアはどこから拾ってきたのか回転式のグレネードランチャーを撃っていた。なんて頼りになる女性だろうか。


「たぶんね。無反動砲でも駄目だったんでしょ? 撤退するしかない」

「今まさにやってる最中だっての! 問題は野郎が飛びやがる事だ!」


「こんな事なら目じゃなくて翼を狙えばよかった」

「言ってる場合か! どーすんだよ!」


「マリア、そのグレネードランチャー発煙弾ある?」

「ん、一発だけあるよお」


「了解。それじゃ一か八かの賭けをしようか。二人共、右と左、どっちがいい?」

「おいおい何するつもりだよ。ちなみに俺は右だ」


「あたしは左」

「俺も左だ。煙幕を焚いたらひたすらジャングルの中を走る。出たとこ勝負の賭けさ」


「なるほどな。生存率を上げるなら別れた方がいいわな。竜がそっちに行っても恨むなよ?」


「そういう事。フレッドこそ恨まないでくれよ?」

「もちろんだ」

「それじゃ撃つよ。準備はいーい?」


 二人が頷いたのを確認したマリアは、3カウントの後竜に向かって発煙弾を放った。


 内部に詰まった白リンが空気と反応して激しい煙幕を発生させる。一発しかないので、あの巨体に対しての煙幕効果は疑問が残るところだったが、むしろ竜は初めて嗅ぐ科学的な臭いに酷い嫌悪感を示して混乱していた。


 狙いとは少し外れた効果だったが、ともかく逃げるだけの隙を作る事には成功した。フレッドは密林の右側に、ユウとマリアは左側に向かって全力で駆け出した。


 果たしてユウとマリアにとってこの賭けは失敗だった。竜は彼なりの知性で自身に傷を負わせたのがユウとマリアである事を理解していた。なので、二人を追ってきたのだ。


「チクショウ! あいつ目玉を取られたのがよっぽど腹に据えかねてるらしいぞ!」

「迷わずあたし達を追ってきてるねえ。こりゃ流石に死んだかな?」


 無駄だとわかっていても人間何もせずに死ぬのは嫌だった。だからユウは走りながら銃を撃つ。先頭を行っていたマリアはすでに諦めているのか走る事すらやめてしまった。


「諦めるな!」

「いやいや、諦めもするって。下見てみ」


 ユウ達の眼前には道がなかった。代わりにあるのは崖で、その下には大きな滝が広がっていた。


 前方には断崖絶壁の崖。背後からは竜が大口を開けて超低空飛行で迫ってきている。まさに絶体絶命だった。


「このままじゃ確実に死ぬ。下りるぞ」

「えー……マジで言ってる? あたし泳ぐの苦手なんだけどお」

「マジもマジさ。少しでも可能性のある方を取るしかない」


 ユウは重荷になりそうな小銃を地面に捨てた後、渋るマリアの装備を外していった。そしてお互いの身体をハーネスで固定すると、彼女の身体をガッチリと抱きしめて崖から身を投げた。


   ◯


「今回の遠征、上手くいくと思うかね?」


 小売事業のトップ、アウスレーゼCEOアーベル・ジェイスは自身のデスクにゆったりと座りながら言った。眼前のモニターには人種から年齢まで全てバラバラの人間が4人映っていた。


 時刻は深夜二時、俗に「お茶会」と称されるFARMのトップ4人で行われる談合が開催されていた。


 本日の議題は異世界開発事業についてだった。箱が地球に現れてから、お茶会の議題はもっぱらそれだった。


「失敗するだろうな。確か日本の箱からはファンタジーの化け物が確認されているんだって? 羨ましいよ、実に日本らしい。ドラゴンとかもいてくれないかなあ」


 IT事業のトップであるCEOスペンサー・チャイロが興奮気味に言った。彼はお茶会のメンバーでは一番若く、まだ30代だった。日本のサブカルチャーが好きだと公言して憚らない彼は、今回の話しに特別興味を抱いていた。


「ああでも、彼らが生き残ってくれないとその情報も得られないのか。情報を小出しにするなんて、アーベルもあくどい事をするもんだ」


「犠牲があって初めて侵略の大義名分が出来るからな。彼らには悪いが、その礎となってもらうとするさ」


 アーベルは先遣隊からの情報で異世界には化け物がいる事を事前に知っていた。にもかかわらず、意図的にユウ達異世界開発事業を担うPMCには情報を渡していなかった。


「だが生物が確認されているのだ。重要度は他の比ではないぞ。生物がいるという事は、当然資源があるという事だ。一刻も早い本格的な調査が求められる」

 エネルギー企業ミンシャンCEOのシャオロン・ウーが言った。


 彼は最も年長者だった。金の力で臓器のほとんどを機械化する事で生き永らえていて、噂では100を超えているらしいが、本当のところは本人以外知られていない。しかし、見た目は60そこそこにしか見えないのが返って恐ろしい。


「そうね。資源採掘が上手くいくようであれば私のところから支援をしてもいいと考えているわ。軍事面であれ、なんであれ、ね」


 インフラのレイレードCEOレイナ・レイレードはお茶会メンバーの紅一点だった。年齢は30代前半で、父である先代から企業を引き継ぐ形で今の地位にある。

レイレードは他の三企業が自社の利益ばかりを追求する中、公共事業を始めとする利益第一主義ではない活動も行ったりしているので、FARMの中では唯一市民受けがいい企業だった。


「今回は生き残りが数人いれば僥倖程度のものだ。進展があればまた報告しよう。わかっていると思うが、あの箱は我が企業下に現れたものだ。アウスレーゼが管理する。誰とは言わんが余計な欲は出さんようにな?」


 アーベルはそう言ったが、この場の誰もがその言葉がシャオロンに向けて言われたのだという事を理解していた。


 持続可能なエネルギーの生成という21世紀初頭からの悲願は、2056年現在になっても遂に果たされる事はなかった。人類は未だ限りある資源を消費する事でしかエネルギーを得られていないのだ。


 そうなると困るのはシャオロンである。エネルギー産業のトップである彼にとって、資源の枯渇はすなわち死を意味する。故に、異世界開発事業は彼の悲願でもあるのだ。


 シャオロンは率先して世界各地に現れた箱にPMCを送り込み、現地調査をさせていたが、どれも思うような結果を得られていなかった。そんな中、資源がある可能性が非常に高い箱がアウスレーゼの管理する地域に現れたのだ。狙わない理由はない。


 シャオロンはつまらなさそうに鼻を鳴らすとこう言った。

「有益な情報が得られるよう祈っているよ」

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