第3話 一部残酷描写あり。

 2056年8月10日。フェンリルを含む複数のPMCからなる連合軍は日本に出現した箱の向こうに存在する異世界へと派遣された。


 任務の内容はシンプルだ。現地に開発事業の拠点を築く事、及び簡単な現地調査だ。


 拠点作成のために必要な道具などを乗せた高機動車5台と兵士100人程度の部隊は無事箱を通過、異世界の地へと足を踏み入れた。


 箱を抜けた先はジャングルとも呼ぶべき密林であり、とても高機動車を快適に走らせる事が出来るような環境ではなかった。そのため、一行は高機動車を最後尾に置き、人力で道を切り開きながら開けた場所を目指す事にした。


「もっと可愛いエルフとかがいるホワホワした世界を想像してたのに、こんな未開の地だとは思わなかったぜ」


 隣を歩くフレッドが愚痴混じりにそう言った。すでに歩き始めて二時間は優に経過している。額から流れ出る汗を拭うのすら面倒なのか、彼は垂れたままにしていた。


「ブリーフィングの時に渡された資料に書いていたじゃないか。見渡す限り密林が続いていたって。ちゃんと読まなかったのか?」


 言い終わると、ユウは水筒の中身を僅かに傾けた。サバイバル環境において水は非常に貴重なものである。今回のミッションでは補給の心配はないという話だったが、今の状況を考えると本当かどうか怪しい。


 物資を乗せている高機動車の数が人数に対して明らかに少ない。それにそもそも、高機動車には水だけを乗せている訳ではないのだから、節約出来る内は節約するべきだ。


 おまけに、今の装備はフル装備だ。銃だけでも何キロもあるというのに、今回は不足の事態に備えてマチェットや拳銃、手榴弾に予備弾倉を大量に装備していた。


 背嚢には水と食料、救急キットに着替えが入っている。更に、身を守るために単体で5キロほどもあるバトルスーツを着ている。総重量は考えたくなかった。


「俺が読む訳ねえだろ。しかし、キナ臭いところに来ちまったもんだぜ」

「そうだね」

「さっきから地面を見て歩いているんだが、地球じゃ見慣れないような足跡ばかりだ。俺には猛獣の類のものにしか見えねえ」


 言われてみると確かに猛獣だった。鳥にしては明らかに巨大過ぎる猛禽類のような足跡に始まり、人間の足跡のようだがサイズが桁違いのものなど、地球ではお目にかかれないようなものばかりが目立つ。ひょっとすると、この世界の生物は軒並み巨大なのかもしれない。


「先程からナニかに見られている気配がスル」

 ボブは周囲を見渡しながらそう言った。彼のこういう時の勘はよく当たる。フェンリルの面々はそれをよく知っているので、フレッドなどは「やめてくれよ」と言って震えている。


 確実に違和感はあるのだがその正体がわからなかった。だが、得てしてこうした違和感を見逃した者から戦場では命を落としていく。


「部隊に警戒を促そう」

 ユウは通信でカスミに経緯を説明し、警戒を促した。彼女は指揮役なので高機動車にいるのだ。後は、この情報がフェンリル以外の部隊にまで流れるかどうかは上の判断だ。


「ダル重。マジぴえんなんだけど。ボブ荷物持って」

 一人空気を読まないマリアは自身の装備をボブに持たせようとしている。彼女は持っている銃器が軒並み重量級なので、それもしょうがないだろう。

「しょうがないナ」


 それから更に一時間程度歩き続けていると、開けた場所へとたどり着いた。ここに一時キャンプを築き、昼食を取るようだ。


 上を見ると、太陽らしき天体が天辺にあった。腕時計では正午を指しているが、こちらの世界も地球と同様の時を刻んでいるとは限らない。とはいえ、あれが太陽と同じ存在であるならばそこまで差異はなさそうだった。


 5人しかいないフェンリルはキャンプを築くといってもテントを2つ張るだけで済む。なので、他所よりも早い昼食にありつけた。といっても、味気ないレーションだが。


「見ろよ、銃を置いて飯食ってるところが結構あるぜ」

 やけに硬い、なんの肉かわからないジャーキーを齧りながらフレッドは言った。


「信じがたいね。こんな異界の土地で、自分の命を守ってくれる武器を一瞬でも手放すなんて。あの様子だと、俺達以外の部隊にはさっきの話がいかなかったみたいだね」


「根拠に乏しいからな。んでも、歳を重ねた連中は流石に武器を携帯してるな」


 部隊全体に油断が蔓延している雰囲気があった。食事時でも武器を手放していないフェンリルのメンバーや一部の人間を奇矯な目で見ている者までいる。


「カスミっちは上役の会議に行ったの?」

 マリアは口の中の水分を軒並み奪っていく乾パンをもそもそと小さな口で頬張りながら言った。なんだかハムスターみたいだなと思ったが、口に出したが最後ショットガンを突きつけられそうなので言わなかった。


「そうみたいだよ。今後の方針を決めてるんだろうね」

「いーかげん歩くのヤになったから早くベース基地作ってほしいカモ」


「この分だとベース基地の前に道を作るのが先になりそうだな。車が通れねえんじゃどうにもなんねえや」

 ジャーキーを咥えながらフレッドは言う。それはそれで面倒そうだった。ジャングルを切り開いてる間、立ちっぱなしで護衛をする事を考えると足が棒になりそうだ。


「立ってるだけでオマンマ食えるならありがたい事ダ」

「違いねえや」

「命の危険はなさそうだしね」


 なんて会話をしていると、突如として野太い悲鳴が響き渡った。


 何事かと思いそちらに視線をやると、首が3つある人ほどのサイズの犬が兵士を捕食していた。上半身と下半身が真っ二つに別かれて腸が垂れている。


「ケルベロスだ!」

 フレッドが叫ぶ。同時に、ユウ達は銃器を構え戦闘態勢を取る。


 そこからの展開は早かった。ケルベロス達はどこに身を潜めていたのか密林の奥から無数に現れ、武器を手放していた兵士達を食い散らかしていった。この時点で、PMCの半数が彼らの餌食になった。


「チクショウ! 連中どこに隠れてやがったんだ!」

 フレッドが荒々しい言葉使いとは裏腹に的確にケルベロスを狙い撃つ。しかし、こちらの人数に対して数が違い過ぎた。


「マズイ、四方八方囲まれてる! お互いをカバーしながらカスミさんを助けに行くぞ!」


 他所のPMCが所持している銃器は9ミリなど小口径の対人兵器が主だったために、ケルベロスの頑丈な被毛を突き破る事が出来ないでいた。しかし、フェンリルの面々は大口径銃を使用していたので、致命傷を与える事出来た。おかげまともに戦えている。しかし、


「数が多すぎル! リロード!」


 倒しても倒しても現れる敵の軍勢にユウ達は徐々に徐々に追い詰められていた。


「まずいカモ。生き残りはパッと見あたし達だけだよー」

「口を動かしてる暇があったらとにかく弾をバラ撒くんだ!」


 ケルベロスの死骸が積み重なっていく。だが、倒しても死骸を踏み越えてケルベロスが襲いかかってくる。マガジンを何度交換したかわからない。それでも、ユウ達はカスミがいるはずのキャンプまで無事辿り着く事が出来た。


「俺が中を見てくる! フレッド達は入り口の確保を!」

「了解!」


 キャンプの中に入ると、嗅ぎなれた血生臭い臭いがした。まさかと思った。カスミは部屋の隅に倒れており、側にはケルベロスの死骸があった。


「カスミさん!」

 慌てて駆け寄ると、カスミは右足から出血していた。足の怪我はそれほどでもないが、腹を抑えているのが気になる。


「……ユウか。情けないな……ちょっと実戦から離れるとこれだ。まさか犬っころにやられるとは。外はどうなってる?」


「俺達以外全滅です。高機動車はまだ生きてるはずですから、それに乗って脱出しましょう」


「そうだな。くっ……すまんが肩を借りれるか?」

「了解」


 肩を貸したユウはキャンプを出ようとした。しかしその背に声をかける者がいた。


「待てや日本人……俺も助けろ」

 カスミに目を奪われていて気付かなかったが、キャンプ内には他の生き残りもいたようだ。額から血を流したフレディが息を荒げながらこちらを睨んでいる。


「チッ、人に助けを求める時は相応の態度があるだろうに」


 カスミ肩を貸しながら地べたに座り込む彼にも肩を貸す。フレディもカスミ同様足をやられたようだった。


「誰のせいでこんなになってると思ってんだ……テメエにやられてなきゃ犬っころくらい」

「生き残ったらまた相手してやりますよ」


 二人に両肩を貸したユウはキャンプを出た。すると、すぐ側にエンジンのかかった高機動車があった。運転席にはボブが座っている。彼は窓から身体を出して銃を撃っていた。


 後部座席の扉を開くと、そこではオーリスが丸まって震えていた。


「死にたくない……死にたくない……死にたくない……」

「あんたも生きてたのか……」


 怪我人を寝かせるためにオーリスをどかしたユウは、カスミを座席に寝かせた後、フレディも押し込んだ。


 高機動車から出ると、銃声が止んでいる事に気付いた。


「フレッド、どうした?」

「わからん。連中突然動きを止めやがった」


 それまでがむしゃらに獲物目掛けて突撃を続けていたケルベロスが急に動きを止めていた。それに留まらず、ケルベロスは周囲を見渡し、匂いを嗅ぐと慌てて逃げ去っていった。


「なーんかイヤな感じ」

 マリアが弾を補充しながら言った。ユウとフレッドは周囲を見渡した。すると、彼らが逃げていった理由がすぐにわかった。


「冗談だろ……お次はドラゴンかよ」

 空を見上げたフレッドは顔を青くしながらそう言った。真っ赤な鱗を持ったティラノサウルスに翼を生やしたような存在がこちらに向かって飛んできていた。


「連中が逃げていったのはあれが理由か……」


 チラリとカスミを見やる。彼女は玉のような汗を浮かべて腹を抑えている。カスミがあれほど痛がっているという事は内臓に異常があると見て間違いないだろう。フレディもあまり状態がいいとは言えなさそうだ。


(要救護者が二名。内一名は一刻も早く治療しなければ命に関わる。全員車に乗って脱出するのがベターなんだろうけど、あれが空を飛んでいる以上、追ってこないとも限らない……)


 カスミの判断を仰げない今、最も古株のユウがメンバーに指揮を出すべき場面だった。


「ボブ、カスミさんを乗せてこの世界から脱出してくれ。そして、一刻も早く医者に診せるんだ。フレッド、マリア。アレを放置する訳にはいかない。悪いけど俺と一緒に残ってアレの注意を引きつけてくれ」


「了解ダ」

「チクショウ、とんだ貧乏くじじゃねえか。了解だよクソッタレ。姐さんのためだ」

「りょ。誰かが残らないといけないからね。お仕事お仕事」

「ごめん。損な役回りをさせる。よし行け!」


 カスミを乗せた高機動車を見送った三人は、あの巨大な竜に対抗しうる武器がないか探し始めた。

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