1の6 龍之介、初試合に臨む事(前編)

一ヵ月、僕は仲間たちと共に、欠かさず稽古を続けた。

誰も彼もが真剣だった。

 そしていよいよ、試合の当日がやってきた。

 

 僕は村長のライスケ氏、そして四人の仲間と共に、試合会場に赴いた。

 会場はヤマトの里が所属する県の中心地にあった。

 豪壮な建物で、それこそ徳川時代の城みたいな雰囲気で、そこの大広間で開かれるのだそうだ。


 床は板張りで、広さは凡そ三百畳はあるだろう。

 観客、そして出場者で、建物の中の熱気はむんむんとしていた。


 対戦形式はトーナメント、つまりは勝ち抜き戦で、対戦相手はくじで決められ、

前年度一回戦負けした村の代表から順に引いて行く。

 そして当然ながらディフェンディングチャンピオンや、ベスト4までに残った村は、シード権が貰えて、一回戦が免除となる。

 

 ヤマト村はもう二年以上一回戦敗退が続いているという。

 無理もないな。

 メンツがそろわなかったんだから。

 今年の相手は、前年度ベスト8に残ったミワ村で、ここは昨年の大会で、一回戦で惨敗した相手だそうだ。


 先鋒;トオマル。

 次鋒;ヤスケ。

 中堅;僕こと、鍬形龍之介。

 副将;カゲツラ。

 大将:ゴンゾウ。

 ヤマト村チームはこういう布陣になった。

 そして話し合いの結果、武器は三人だけが使用することになり、それぞれ棒、

 木刀、鞭を使うことになった。

 僕らは全員、柔道着らしきもの・・・・僕の使っていたやつをモデルに、村の女性が総出でこしらえてくれたのだ。

 背中に村の紋である、丸の中に大きく『大』と縫い取られていた。

 当然帯は黒帯、正式な段位なんか勿論持っちゃいないが、僕一人が黒帯じゃ恰好がつかないからね。


『いいか、みんな』

 僕は言った。

『ひと月の間、一日も休まずみっちりと稽古してきたんだ。僕のいた世界にこんな言葉がある。

”努力が全て報われるとは限らない。しかし、報われた者はすべからく努力をしている”ってね。』


 僕の声に、四人は黙って頷く。

 村長のライスケ氏も、腕を組んだまま、同じように頷いた。


 僕たちは、大きな旗(現在、この県の知藩事(県知事みたいなものらしい)の紋である、丸に二頭の動物(どうやら虎らしい)がデザインされた旗が正面に掲げられた前に、向いあって立った。

 流石に去年こっちを大惨敗させた連中だけのことはある。

 最初から余裕杓杓よゆうしゃくしゃくという感じだ。

『正面に、礼!』

 大相撲の行司が着ている直垂ひたたれによく似た装束を身に着けている審判が、俺達を促す。

『お互いに、礼!』

 礼をした後、向こうの面々を眺めたが、こちらよりははるかに体格がいい。


 先鋒のトオマルを残して、俺達は自陣の列に着座した。

『トオマル、気負うな!』

『いつも通りだ!』

 僕たちは後ろから声を掛ける。

 

 トオマルは剣道で使うような防具を身に着け、鞭(あの長いやつじゃない。長さ50センチほどの、柳の枝みたいなものだ)を構え、前に進み出た。

 相手は警察官の持っている警棒よりも少しばかり長い、丸い木製のじょうという武器を構えている。


 二人はじりっ、じりっと前に出る。

 先に動いたのは向こうだった。

 

 空気を切り裂くような音がして、杖がトオマルの脳天に振り下ろされる。

 だが、それより早く、彼は身を縮め、横に転がり、鞭で払うように横へ振った。

 狙い違わず、トオマルの鞭は相手の両膝を捉え、相手は苦痛に顔を歪め、前のめりに膝をついたが、憤然として立ち上がり、ものすごい勢いで彼に向かってきた。

 

 ビュン!

 トオマルの鞭が唸りをあげ、面の上から相手の顔面を打つ。

 間髪を入れず、彼は鞭を持ったまま、猿臂を横に突き出し、胴の上から相手の鳩尾みぞおちに一撃をくれた。

 何かが割れる音がし、それと同時に相手はまた膝をついて倒れ、杖を投げ出して床の上にうつ伏せになってしまった。


『それまで、それまでっ!』

 審判が右手を水平に挙げて、トオマルを指し示し、叫んだ。


 会場の中がどよめきに包まれる。

 何しろミワ村の先鋒をヤマト村が倒したんだからな。

 

 相手はゆっくりと立ち上がり、ようやくトオマルと礼を交わす。


『おい、やったなぁ!』

 僕や他の仲間たちの手荒い祝福を受け、トオマルは嬉しそうに、しかし少しばかり恥ずかしそうに頭を掻いていた。


 


 


 

 

 

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