1の5 龍之介、仲間達と稽古に入る事

 翌日、陽が上ると、粥と果物で軽い朝食を済ませてから、早速稽古を始めた。


 準備体操をみっちりやって身体をほぐし、五人は早速走り始めた。

 これは僕が提案したのである。

"ヤマトの里”周辺は山に囲まれた、起伏の多い地形をしている。

 

 こういう場所はスタミナの養成には持って来いだ。

 僕はみっちり走り込みの鍛錬を行った。


 その後は村に帰り、一番広い村長の屋敷の離れの板の間に、むしろを敷いて柔道を教えた。

 もっとも”広い”とはいっても、せいぜい畳敷きにして20畳ほどしかないけれど。

 僕は参段になったばかりだが、祖父から今の講道館柔道にはない手を幾つか習っていた。

 これはスポーツではない。

 生きるか死ぬかの勝負なのだから、確実に相手を仕留めなければならないのだからね。

”技あり”

だの、

”有効”だのと言った甘い判定など存在しない。

 僕にとっても持ってこいというわけだ。

 

 18歳の僕だが、人に教えるというのは、自分にとってもプラスになる。

 ここでもみんな必死に食らいついてくる。


 気分は講道館草創期って感じだ。

 

 但し、稽古の時間は1時間半。

 長くやったからっていいというものではない。

 短い時間で、如何に集中するかが要なのだ。

(もっともこれは僕が発明したわけじゃない。祖父や父からの受け売りなんだけどね)


 昼になったら食事を摂って、若干の休憩を挟んだ後、今度は村長のライスケ氏による武器術の稽古だ。

 僕は素手なら何とか教えられるが、武器術に関しては習ったことはあるものの、

 それほど得意という訳じゃない。

 ライスケ氏は老齢の身ではあるが、流石さすがに歴戦の強者だけのことはある。

 棒術、剣術、槍術、その他の武器、あらゆる操法について精通していた。

 それだけじゃなく、教え方がとても上手い。

 しごきではなく、みんなのやる気を引き出して上達させる。

 僕も見習わなければならないと、つくづく感じた。


 身の回りの事に関しては、キキョウさんを初め、村の女性やお年寄りたちが親身に面倒を見てくれた。

 

 初めのうち、僕以外の四人には警戒をしていたようだ。

 そりゃそうだろう。

 何しろ夜盗だったんだからな。

 

 でも慣れてくるうちに、次第に壁が取り除かれ、お互いに心の触れ合いが生まれるようになった。


 それにつれて、武術の腕前も上達するようになってきた。


 ある夜の事だ。

 一日の稽古を終え、夕食を済ませた後、僕が村の共同井戸(広場の中心にある)で、顔や体を洗っていると、

『あ、あの・・・・』と声がする。


 振り返るとキキョウさんが立っていた。

『これをどうぞ・・・・』

 と、僕に大きめの手ぬぐいを差し出す。


『ありがとう』

 僕はそう言って受取り、顔や体を拭く。

『龍之介様(彼女は僕をこう呼ぶ。僕はそんな呼び方はくすぐったいから止めてくれと何度も断ったんだが)は、何時までここにいらっしゃるの?』と聞いてきた。

『さ、さあ、僕もそれは分かりません。第一元の世界にどうやったら帰れるか、それすらも分からないんですから、でもとにかく今は一つでも多く試合に勝つ事、皆に強くなってもらう事、それしか考えていません』


 僕の答えに、キキョウさんは頬を赤らめ、

『出来れば、何時までも、何時までもここに居て下さいませ!』

 それだけ言うと、頭を下げ、小走りに家の方に駆けて行った。





 

 



 

 

 


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