第6話 想いは前に、剣は地に


「しつこいな!?俺の事なんざ放っておきゃいいのに…っ」


昔の知り合いにブッパちゃん…もといドローン型ゴーレムであるブラックインパルスが見つかったのが分かった


…のはいいが、何故かあまりにもしつこく追い回してくるのを延々と撒けずにいた


急旋回、急上昇、急降下から変速機動まで試して回っているのに物凄い執念でぴたり、と背中に張り付いたまま追い掛けてくるのだ


正直今もどういう奴らなのか今一分からないし…というか、どんな顔で会えばいいかも分からないので会いたくないのが本音だ


それに今さら顔バレして変に有名になったりして動きづらくなるのは嫌なのだ


なので、どうにかしてあの中年斥候の追跡してくる魔法を撒く為にこれだけアクロバットな飛行をしているのだが、絶対に見失わない、とでも言うかのように猛追してくる


戻さないとブッパちゃんを回収出来ない、どこか郊外に逃がそうにもブラックインパルスは改修前の旧式、旅の序盤に作ったのが偶然魔法袋に入っていた第一世代故にエネルギーとなる魔力は充電式…どこまでもは逃げられないし、誰かに拾われては面倒だ


安全に消えるには手元に戻すしか方法は無い


…なのに、このまま自分の元まで戻すと顔がバレる


もはや、ブラックインパルスを誰にも拾わせずに自分の正体を隠す方法はしか無くなってしまった


(仕方ない…許せブッパちゃん!お前の兄弟達はしっかり第六世代までアプデしてやっからな…!)


そう頭の中で軽く謝罪をすると、機首を天空へ向けてブースターを全開にし、最後の命令を送り、視界とコントロールを手放した


直後遠くで空間を震わす爆発音が響き渡る…空高くまで上昇してからの自爆により、ブラックインパルスは塵と化したのだった



(自爆は最終手段なんだがなぁ。他のブッパちゃんは殆ど各地の発進基地で改修中…夜型の偵察機、呼んでおかないといかんね、こりゃ)



はぁ…と溜め息をついて窓から空を見るカナタ


今の天空チェイスにより恐らく、自分がこの王都に居ることは向こうも察しがついているだろう


このままなら特に正体を探られるような事はないだろうが…


(どういう縁か知らないけど…うちの3人娘もラウラと仲良くなってるしな。ま、悪いことではないけど…ここに来て、随分と昔のメンツがチラついてきたな…魔女におっさん、そんでラウラか…)


あの3人は他に友人と呼べる人もそう多くない


何せ外とあまり関わらないカナタと住んでいるのだから、必然的に外との交流の機会は少なくなる


ラウラが友人になってくれれば、いい刺激になりそうだ…と思いながら、カナタはベッドに寝転がり眠りについた


その為にも、明日は一仕事あるのだから




ーーー




ーー朝


鳥の囀ずりと街の喧騒が遠くから聞こえて、「ん…」と小さく声を漏らしながら薄く目蓋を開いたペトラ


その格好は寝心地のよいラウラと同じバスローブ姿であり、寝相で裾や胸元が少し危ない位置まで肌を露出してしまっているのに、彼女はまだ気付いておらず…というより、気にする様子もない


朝に弱い彼女は少しの間、ぼー、と寝起きのふわふわとした意識で体を揺らせていたが、ここは自室ではない事を思い出して、パチリ、と目を覚ます


(むぅ…すっかり寝ておった…。なかなかに盛り上がったのぅ。とはいえまさか、酒まで出てくるとは思わなんだ…成人したばかりだというのに…)


そう、ラウラが勇者の旅話に花を咲かせてから暫く、話のお供に酒を出したのが始まりだった


カナタはお酒をあまりの飲まないので、自宅にはお酒が殆ど置いておらず、3人が成人していないこともあって縁の遠いアイテムだったのだ


なので、必然的に彼女達も飲む機会は無かったのだが…


『あら、15歳なら立派な大人のレディでしてよ?お酒に失敗する前に、少しだけ酒精の付き合い方を教えて差し上げますわ』


と、ラウラが持ち込んでいたやたらと高級そうなお酒が登場


メインはワインに蒸留酒、果実酒でありそのどれもが重厚な容器に強面のラベルが貼られたあからさまにお高いものばかり


当然、美味い。そして…盛大に飲んだのである


3人とも初めてと言える飲酒は新鮮で衝撃的であり、酔いがもたらす高揚感に気分も上がってくるものだ


気持ちよく、気分が乗り、ぽかぽかと火照る体に頭はぽわぽわと浮き立ち、胸の奥でアルコールに温まる心臓が耳元で鳴るようにどっく、どっく、と大きく脈打って聞こえてくる…何もかもが新しい素敵な体験…


気が付けば着てきた服を脱ぎ捨ててラウラと同じバスローブに身を包んでソファで眠りについていたのだ


(なにやら、要らんことも話しまくった気がする…いかん、酒がここまでとは…ぜ、全然覚えておらん…!)


若干ふらつく頭に手を当てて周りを見渡せば、別のソファにシオンが、大きなベッドの上にマウラが寝息をたてている


シオンはしっかりとバスローブを身に付けているが、立派な胸やら尻のせいで結構きわどい露出だ…


マウラは完全にバスローブの前が開いており

見えてはいけない所までしっかりと開いており、どうやら熱くてバスローブまで脱ぎかけている状態らしい


(おぉ…この有り様をカナタに見られんで良かった…ちと、酒のコントロールを覚えなければ…盛大にやらかす気がするぞ…。いや、まさか我ら…やらかした後だったりするのか…?)


完全に男には見せられない状態の3人…


意中の男には尚更見せられない惨状に、危機感を持つペトラは酒への認識を改めながらも、ふ、と肝心な部屋の主の姿が見えないことに気が付いた


視線を部屋に巡らせてもラウラの姿が見えず、振り回す視線の先に、ちらり、と引っ掛かるように見えたそれを二度見するように注視した


対面のソファで眠るシオンのバスローブの胸元…というより、さらけ出された深い胸の谷間に何か挟んであるのだ


すぽ、とシオンの大きな胸に挟まれたそれを引っ張り出すと、それは折り畳まれた置き手紙のようである…なぜ、彼女の胸の谷間に…?


『お読みいただいてるのはシオンさんかペトラさんでしょうか?一番にお手紙を置かせていただきましたわ』


確かに目につく場所である


特に男なら…


『お部屋なら今日丸1日とってありますので、お好きなだけくつろいでくださいませ。私は用事がありますので、失礼させていただきますわ。とっても素敵なお話を聞かせていただきましたので、久しぶりに楽しい夜をすごせましたわよ』


「ぐあ…な、なにを話したのだ我らは…!お、思い出せ…妙な事を口走っておらんだろうな…!」


頭を抱えて自分がしたであろうを思い出そうとするペトラ


いや、だが続きを呼んで真面目な顔で押し黙るようにその先を読み進めていく


『貴女方のお話を聞いて、私がどうしたいのか、どうするべきか、と言うのが分かりましたの。感謝致しますわ。私、ジンドーと共に旅をしていたというのに、『覚悟』と言うものが足りていませんでしたのね。今夜、私は私なりの答えを出すつもりですの。貴女方とはこの先も縁がある気がしますわ、なので別れは言わずに失礼させていただきます。ごきげんよう


ラウラ・クリューセル 』


「…何かの役に、たてたのだろうか…我らは…。ここまで役に立たん事もないと、そう思っておったのだがな…」


なにやら吹っ切れたのか、それとも心が決まったのか


何も手助けできない自分にうんざりしていた昨日の夜を思い返しながら唸るペトラが肩を落として己の力無さに辟易とする


自分はこんなにも…無力なのか、と…


そう自己嫌悪に陥った直後耳に届いた鐘の音にぎょっ、と窓を振り向く


この街で鐘の音が聞こえるのは仕事始めの朝7時、そして昼休みを伝える13時、そして仕事終わりの19時である


窓から射し込む日の光は明かに朝日ではない、強く眩しい陽光


つまり…


「ひ、昼の鐘楼か!?そんな時間まで寝ておったなん…ぐぉ…あ、頭が…ぉぉ…!なんだなんだ…っ!?煩いっ、頭が割れるぅ…っ!?ま、まさかこれは…っ」


それに気付いた瞬間、頭に響く鐘の音色がまるで脳内で乱反射するような強烈な頭痛と目眩が襲いかかる


なんの気無しに聞けていた筈の鐘楼の音が脳みそを直接殴りつけるような衝撃を頭蓋の中で乱反射させてるようだ


あまりの頭痛によろけて膝を付いてしまう程に…


そう、典型的な二日酔いである


昼の鐘は13時


そして夜会は16時から集まり始める


酔いを覚ますにはかなり無理のある時間となっているのであった


ふらふらと呻き声を上げながら眠りこけるシオンのマウラをどうにかして叩き起こしたのは良かったものの…同じくぐでぐでに二日酔いの症状に襲われた2人も併せて、歩けるようになるまで軽く40分以上もの時間がかかったのである


ーーー


「おるかカナタぁ!」


「うおっなんだいきなり!?てか朝帰り…昼帰り?…は感心しないぞ?」


ドアを壊さんばかりの勢いでカナタの居る自分達の客室に戻ってきた3人はペトラの殴り込みのような声とともにふらっふらの状態で雪崩込んできた


頭を片手で押さえながら勢い良く入るペトラに対し、シオンとマウラはまるでゾンビのようになっている


今も壁に手を着きながら「っ声を出さないでくださいペトラ…っ」「……にゃ…ぁ……!」と苦悶の声を漏らす2人は、顔も真っ青に今にも倒れそうである


焦るペトラに叩き起こされたシオンとマウラは例によって二日酔いの洗礼を盛大に受けながら、ペトラによって引き摺られるように自室へと歩いてきたのだ


現在既に14時前…ここに来れるようになるまでかなり手こずったのである


「てか…酒臭!?昼帰りで酒臭いとかなんてダーティな真似を…もしかして大人の階段でも…」


「…っそれ以上おかしな事を言ったらコロしますカナタ…!」


「……そんなこと…してない…っ…ぅぅ…」


カナタの勘違い発言に即座に反応したシオンが真っ青な顔で睨み付ける姿はなかなかに攻撃的であり、対してマウラは喋るのがやっと、というような始末…まぁ酒が成人の洗礼というならば、しっかり大人の階段を一歩登った事に違いはないのだが…


どんなに酔いに屈しそうでもは誤解されたくないらしい


「よ、酔い止めはないかカナタ…ちと、酒を甘く見ておった…こ、この後行かねばならない場所が…速攻出効くやつだ…!」


「阿呆、酒飲まない俺が二日酔いの薬を持ってるわけ無いだろうが。大人しく、失敗の味を堪能しておけよお前ら。寝てりゃ夜飯にはマシになんだろ」


「それでは遅いのです、カナタ…こ、今回だけ…今回だけですから…あぅ…あ、頭が割れるぅ…っ!」


「…なんか借金背負った賭博師みたいになってんぞシオン…」


「…カナタ……尻尾…撫でていいから…っ…」


「いや、それはお前が撫でられたいだけだろうが」


普段からは見られない程愉快な状態の3人にカラカラと笑いながら諦めるように諭すカナタ


だがそれでは困るのは3人だ


ラウラがどのような答えを出したのか、夜会へ見に行かなければならないと考える3人にとって、夕飯に動けるようになっても遅いのである


このままでは、とても外を出歩くなんで出来るはずもなし…


だが、保護者の判断は非情である


「ほら、これに懲りたら酒は慎重に飲めよ?成人したって言ってもまだ15歳だぞ?ったく…男と一緒じゃなくて良かったなぁお前ら」


陽気に笑いながら軽々と一人ずつ抱き上げてそれぞれのベッドへ運んでは、ぼすんっ、と落としていくカナタ


突然の横抱きに顔を赤くする3人だが、結局ベッドに放り込まれたことに気付く頃には既に毛布を肩まで優しくかけられた後である


水差しに入れた冷たい水を少しずつ飲ませられていく内に、3人はふらつく程の酩酊感からすっかりと眠りに落ちていくのであった



「ラウラめ、こいつらに酒を教えたのか。癖になったらどうすんだよ…家で酒盛りなんかするようになっても困るぞ…?」


苦笑ぎみに溜め息をつくカナタは眠る3人を優しい眼差しで見つめながら、そう1人呟く


どうやらいい友人になってくれそうな予感を感じながら…音を立てないようにそっと宿の外へと出るカナタ


時刻は15時半


3人を寝かしつけるのに時間がかかったが…ここからは、彼女達ではなくカナタの仕事だ


覚悟は決めた…この行動の果に何が起こるのかは分からないが、粗方の予想は付く


夜会まで30分を切った…もう、貴族邸には招待客が集まって煌びやかな雰囲気の中、メインイベントが始まるのを待ちわびている頃だろう


「…メインイベント、ね。…そうだな、夜会の出席者にも、開催者にも忘れられない…最高のイベントにしてやろうか。俺を勇者と謳うなら…きっと、満足してくれるだろう」


己の思考に浮かんだ言葉を呟き、にやり、と笑みを浮かべるカナタの姿は…決してこれまで、誰にも見せたことがない荒々しく、悪い事を考えていそうで…それでいて、少しの狂気が含まれていた


宿から外に出たカナタの姿が…一瞬にして掻き消えた


その事に、通行人も誰もが気が付くことは無い


この夜会が、3年前から停止していた勇者ジンドーの伝説が再開する最初一幕となる




ーーー




【sideラウラ・クリューセル】


いい具合に酔いが回ってきた3人はなかなかに面白かったですわね…まだ飲んだことが無いと仰っていたから、少し自分の限界を教えて差し上げようとお注ぎしましたけれど…


でも…これは男性の前ではまだ飲まない方が良さそうですわ


特に…はだけ具合が男性の目に悪い


3人ともタイプは違えども夜の殿方がこぞって振り向く美人さんですから、これは殿方の欲望に火をつけるのは目に見えてますもの


『カナタは奥手なのですっ…もうっ、私あんまり魅力的無いのでしょうか…。はっ、まさかもっと大胆に迫っても問題無いと…!』


『んっ……にゃ…カナタに触られると、ドキドキする……耳とか尻尾……くりくり、ふわふわ…えへへ……もっとぉ…っ』


『なんだかカナタには妹のように思われておる気がしてな…やはり、女としては早いのかのぅ…。我、結構その辺は自信があったのだが…ラウラさんを見るとそれも霞む…』


このカナタという男性に3人揃って思いを寄せているのはこれでもかと分かりましたわ。それもしっかりと、3人で仲良く求めてるのも…聞いた限り、様々な恩や数え切れない物を与えてくれた恩人のようですが…


…なによりも、この3人に言い寄られてまだ手を出していない男性が信じられません


3人とも超がつく美人ですもの


アルスガルドでは殆どの国で一夫多妻が認められていますから、彼女達が3人でカナタさんと結ばれようとしているのは別段おかしくはありませんわ


貴族だって正妻と他の奥様を持つことも当たり前ですし、庶民でも仲の良い女性達が同じ男性と結婚というのも珍しい話ではありません


そもそも、魔神との長きに渡る戦いは戦いに出る男性の多くを亡き者にしてしまったのです


こうして、復興した町中を見てるとそう思わないように感じますが、事実として人口比は男性の方が少ない…


なので一夫多妻は繁栄のためにも必要なルールとなっていますの


なのでカナタという男性は本当なら腕一杯の華に言い寄られていると思うのですが…彼女達に興味が無い、なんてことはあり得ないと思うので、これはやはり…鋼の精神をお持ちのようですわね


成人まで一切手出しせずに、今もしっかりと保護者的な立場で居るみたいですから


『やはり、成人したのですから既成事実を狙うべきなのでは…そうです!この旅行中に思い切ってベッドに突撃でも…!』


『…カナタと……ドキドキする……っ。…どんな感じかな…?……んー…カナタなら何でもいいや…。…倒れるまでしよ、カナタぁ……』


『ま、まだ早いと思いますわよ?マウラさんはちょっと…何か見えていそうですし…』


何だか想いが暴走する兆しが見え始めて流石に差し止めてしまう


シオンさんは既に飛び掛かりに行きそうですしマウラさんに至ってはお酒のパワーで脳裏にカナタが見えていそうな感じ…の、飲ませすぎたのかしら…?




『早くなんて、ありません。むしろ成人まで待ちましたっ。今なら子供だってちゃんと作れます!』


『……どんなのが…好きかな……?…何だっていいよ…?…んっと……後ろからとか上からとか…えへへぇ……』


『ペトラさん!このままではお二人が想い人を押し倒してしまいますわよ!?』


酒精がいい感じに2人を大胆にしているのか、今にも自室に突撃しかねない雰囲気を出し始めています


言葉を発さないペトラさんに視線を向ければ、とっても大胆にワイングラスを、きゅー…、と傾けて空にしている所で、その姿にはとても嫌な予感を覚えたけれど、それと相反して……酔えどもその瞳の強さは変わらないままに


『そのくらいの覚悟がなくては、男など愛せるものか。愛した男の子を孕んで、同じ家で暮らし、同じ墓に入る…その他一切のしがらみ等、入る余地はあるはずもなかろう』


かたんっ、とワイングラスを机に置いた彼女の…そのあまりの純粋な、信念とも呼べる真摯な愛に、言葉を失いましたわ


素面では語れない…そう言われるほどに酒を飲めばその方の本質や本音が垣間見える


そのあまりの鮮烈で、絶対的な意思を込めて断言する姿


愛していると言うのなら、他のこと捨て置ける強さが


家族への未練、貴族として当たり前の政略結婚、顔も見たことの無い想い人への愛…そのどれもの間で漂う私には痛烈に響きました




父は言いました


『お前が気に病むことではない。したいように、したいことをしなさい。お前を責められる者なんて、この世界に居るはずがないだろう?』…と


母は言いました


『ラウラ、貴女はもうこんな一貴族にこだわる必要はないのよ?あなたの心配する程、このクリューセル家は弱くありません』…と


弟は言いました


『姉さん、次の当主は僕なんだから。あんま気にされると僕の仕事が無くなるよ。あと、出来れば僕が「兄」と呼ぶ人はちゃんと良い人でお願いね?』と



先日、王都に滞在している家族との会話が強く思い浮かんでくる…父も、母も、弟も…この身の幸せを願ってくれた

 

家の為に…そう思って相手の策略に乗って…喜ぶのは誰?家族は私に笑顔で…「ありがとう」なんて言うとでも…?


思考が、心の奥底まで沈んでいく


やりたいように、やる。愛した男の為に、我道を進む彼女の姿に…かつて、戦場で杖を振るって突き進んでいた、無我夢中な自分の我儘さを思い出す


そして、自分がその背中を追いかけた…漆黒の鎧の姿を、鮮明に思い返す


……覚悟が決まりました


家族は捨てず、でも、あのような男の物にもならない


クリューセル家への攻撃を避ける為ではなく


クリューセル家を攻撃する、あらゆるものを潰して通る


自分の想いを貫くために、立ち塞がる全てを踏み越える覚悟…


それは、勇者ジンドーが己の故郷を追い求めて、立ち塞がる全てを破壊したように…


3人は愛した男のために全てを捨てられると言いました


でも私は、愛した男のためにも…そして愛する家族の為にも万難を排して見せる


だからこそ…









「ようこそ、マルネウ男爵家の夜会へ…おおっ、聖女ラウラ様、本日もとてもお美しい…!どうぞ、当主がお待ちです、こちらへ…」


マルネウ男爵・王都邸宅


これから始まる夜会で、思い知らせてあげるとしましょう


私の意地と、覚悟と……この愛を。




ーーー




時間は既に16時半


夜会は既に参加者が庭園を埋める勢いで集まっている


それもそのはず、救世の一行にして聖女の頂点、ラウラ・クリューセルが来るのだから


男爵という地位のパーティーでありながらこの会場には伯爵、公爵から辺境伯…高位貴族も参加をしている


明らかに、彼らが赴くにはグレードの低い夜会だ


それこそ、国王主催や王侯貴族が現れる夜会が相応しい身分の者達が顔を並べているのだ。見る者が見れば、そのあまりの違和感に首を傾げるだろう


それも全て、が来るからである


世界を救った史上最高のパーティの1人、稀代の魔法使いであり、歴代最若年にして最高聖女と謳われ、国を動かすクリューセル一家の長女…彼女が辞退しなければ一族当主の座に着くのは当然だった才媛にして、国が…世界が胸を高鳴らせる美貌の美女…


是非顔を合わせ、懇意にできれば…そしてあわよくば自分と…などと夢を見る若い貴族から、今回の婚姻話の行く先を見に来た老年の貴族当主まで様々だ


皆が手にグラスを持ち、歓談に華を咲かせながら、の到着を待っている


そんな中、遂に老年の執事が拡声の魔法具を使い、皆の待ちに待った知らせを口にした



「皆様、大変長らくお待たせを致しました。ラウラ・クリューセル様のご到着でございます」 



視線が上座へと集まる


生身の彼女を見ることが出来る機会は高位貴族ですらなかなか無い


ラウラは大聖女、ひいては勇者一行としての行動を基本としておりクリューセル家の貴族としての活動は、自主的に控えている為に貴族であろうと出会うタイミングが無いのだ


つまり、この夜会は彼女と会える絶好の機会…


そこへ入ってきたのは…身体のラインを強調する白の法衣に、上から金の刺繍を控えめに施された純白のローブを羽織ったラウラだ


黄金と見間違える美しい金色のボリュームある長髪に、凛としながらも柔らかな印象を与える眼、聖女教会最高位の聖女にのみ与えられる白と銀刺繍が織り込まれた法衣はその弾けんばかりの女性的な身体つきタイトに浮かび上がらせ、ローブの下から垣間見させる


まさに…美の女神が降り立ったかのような姿




しかし、この時点で貴族は…疑問符を浮かべた


夜会という場では基本、女性はドレスが原則である


貴族の夜会にはちゃんとしたドレスコードがあるので、そもそも失礼のある服装の者は出入りができないのだが…ラウラの服装は聖女教会の公式的な法衣であるものの、夜会に相応しいドレスかと言われればNOだ


そう、言ってしまえば場違い…堅苦しい服装ともとられるだろう


彼女の格好はまさに…勇者ジンドーとともに旅をしていた時の格好なのだ


そしてその事を…かのラウラ・クリューセルがうっかり間違えて来る事などあり得ない



「いやぁ、よく来てくれたね、ラウラ。その服も、なんだか懐かしいく感じるよ。そう…旅の時はずっとその姿だったね」



主催者であるマルネウ男爵家当主ヤーレン・マルネウは、そんな服装も気にした風はなく慣れたような態度で彼女へと近づいていく


ドレス姿を拝み無いのは残念だが…こんな事を言っておいてヤーレン・マルネウ自身、直に彼女の聖女姿で会ったことなど無い


むしろ、ドレスよりも身に纏う清廉な神聖さやその奥にしっかりと浮かび上がる彼女の魅力に後退りしそうなオーラを感じてしまう…


だが、それを表に出せるはずも無かった


なぜなら今の自分は世界を救った勇者…彼女と手を取り合って魔の神を打ち倒した英雄…ということになっているのだから


そして彼女の席は当然、自分の真横にある椅子だ


自分のパートナーとなる必然の席位置…その場所以外にラウラが座ることはヤーレンの中で許される事ではない


当然のように手を広げて出迎え、そして自身の隣となる上座へと誘う


その後ろには、まるで身分証でも見せるように漆黒の豪奢な鎧が、鎧掛けに下げられているのだ


なんとなく、勇者ジンドーの鎧に似せて作ってあるが…やはり再現は不可能のようで所々が無理に取り繕ってあるのが、近くで良く見れば分かるだろう


この世界で…関節部等に装甲を施すような鎧は存在しない


そんな事をすれば体が一切曲げられずに動けなくなるからだ、そんな鎧は鉄の彫像となんら変わらないだろう


手を差しのべるヤーレンをスルーし、主催者席の横に立つと開口一番、挨拶もなく彼女の言葉が庭園に響き渡る


「何か随分と勝手なお話を勧めていたみたいですけれど…私、頑張って外から必死に、小動物のように小細工を弄する男は趣味じゃなくてよ?ふふっ、やはり理想の殿方は…シンプルに正面から、女性に物事を伝えられるもの…そうだとは思いません、皆様?」


痛烈な、嫌み


彼女の微笑みと共にその言葉が会場に振られれば貴族達からも「ははっ!違いない!」「私も、妻を口説くのには体1つでしたよ」「まぁ、ラウラ様は分かっていますのね!」と好反応を示される


勇者を演じる上で知らないことは全て『覚えていない』『そうだったかな?』で済ませ、その他はしっかりと外堀を埋めて「はい」しか言えないように策をこねくり回していたヤーレンが言葉に詰まる


その言葉に何も言わない訳にも行かず、まだ夜会が開いて間もないというタイミングだが…ヤーレンは黙って自分の席まで戻るとラウラの前で片膝を着いた


「ラウラ。旅の最中から君に夢中だった。これからは、勇者と聖女…力を合わせて共に生きよう!僕は貴女に…婚姻を申し込む」


若い女性達からは黄色い声が上がり、本当かどうかはともかく…貴族と見目麗しい女性のラブシーンには会場の者達も視線を持っていかれるだろう


この返事次第では様々な付き合い方を変えなければならない老練な貴族達も、ラウラの反応に注視しており…


はぁ…と溜め息をつくラウラの美しい横顔に若手の男性貴族もつい声を漏らしてしまいながら…そんな彼女の返事は…











「お断りですわ」









なんの容赦もなく一刀両断、考える隙もない言葉


場の空気がピシリ、と凍りつく音が聞こえるかのような一言である


実際、会場からは音がぴたりと止んでいたほどだ


「…な、なっ…なぜか聞いてもいいかい?ラウラ…僕は勇者「あと、気安く呼び捨てにしないでくださいます?」ッ…!」


顔をひきつらせるヤーレンのなんとか絞り出した言葉に思い切り被せるラウラの言葉はヤーレンの顔をさらに歪ませた


こんな事は計画にない…クリューセル家を人質にとるように動けば、そしてボロを出さずに勇者と名乗りを続ければ彼女は自分の物になる…その筈なのだ


それを、こんな大物貴族も集まる中でこうもばっさり切り捨てられる…赤っ恥などというレベルではない


「さて、この場で言わせていただきますと…私は勇者ジンドーに想いを寄せていますわ。それこそ、この身の全てを捧げたいと思うほどに…旅の最中から顔も分からない彼を、私は愛していますの」


「な、なら尚更分からないな。勇者である僕ならここにいるじゃないか!…どうやら、僕のアプローチがあまり気に入らなかったみたいだね、そこは謝らせてもらうよ。だが、勇者である僕の誘いを断るのは得策とは…」


「そのあなたの前で、私は言っていますのよ?、想いを寄せている、と。お分かりかしら?それとも…もっと詳しく、大きな声で言わなければ伝わらないのかしら?」


希代の聖女にして勇者と共に旅の最初から彼を支えた大聖女ラウラからの、どストレートな否定の言葉


お前は勇者ジンドーではないだろう?と


この観衆の前で全否定したのだ


貴族派閥を騒がせる強烈な一撃だ…これで、貴族派はクリューセル家を「世界を救った勇者に恥をかかせた不義理な一族」の誹りを声高々と挙げられる…その予定なのだが…


ヤーレンにとって、この状況はかなり不味い事態である


実家への「勇者への不義理」を盾に婚姻を頷かせる予定が、何を吹っ切れたのか全てを拒否し、挙げ句偽物であると声にしたのだ


このまま彼女の声に会場の空気を押し切られて「勇者を騙って女を囲いこもうとした史上最も恩知らずの愚か者」というレッテルを貼られようものなら…マルネウ家は終わりである


いくら自分が勇者として声を上げて講義をしても…貴族派閥からのクリューセル家への圧力や攻撃がなければ噂勝負で負けるのはマルネウの可能性が高い  


「誰も知らない筈の勇者を名乗る一貴族の若当主」と「世界を救う最後の瞬間まで勇者と共に居た救世の大聖女」ではあまりにも…言葉の重みが違うのだ


論の推し合いなれば…自分を勇者と信じるものは居なくなる可能性がある


ならばどうするか…


決まっている


この場で、


もはや、引き返せないのだ



「皆様、申し訳ありません。3年会わない間にどうやら、すっかり忘れられてしまったようで。…まったく、、君のクリューセル家に抗議をさせてもらうことになるが、いいのかい?この勇者の誘いを断るなんて…」


「それでも構いませんわよ?というか、いい加減に私の愛した「勇者」を自称するの、止めてもらえるかしら?見ててとっても気分が悪くてよ?」



澄ました顔で家を攻撃の材料にしようとするヤーレンに何の躊躇いもなく構わないと、口にしてさらに偽物であることを疑いもなく突きつける言葉にヤーレン顔を赤くする



「この…ッ…」



ヤーレンも貴族として生きてきてここまで女性にコケにされたことは無かった


それだけでも腹が立つと言うのに、既に計画やらプランの中で好き放題組み敷いて自分の女になっている筈のラウラがここまで正面から自分を攻撃してくるのが…兎に角プライドを、いや…下らない誇りをズタズタにしてくる


もはや、実力行使…半ば既成事実を作るしかない


観衆へのアピールとして少々強引だが…頬か…いや、唇に口付けでもすればいい


影で見えないように抑え込んで唇を奪う…その部分だけを新聞に載せて配り、さらに囲い込みを強化するのだ


勇者から唇を奪われる…聞こえはとても良いだろう


良い仲に見えれば、この場の空気は払拭出来るのだ…と、その手をラウラの肩に伸ばす


ここは睦まじさを見せて、後で了承させればいい、と…


伸ばした手がラウラの肩を触るほんの数センチの隙間






その空間に何かが物凄い勢いで落下し、轟音と共に石畳の地面へ突き刺さった

 


「ひっ…な、なんだ!?警備はっな、なにをしてる!」

 


狼狽え、驚きのあまり後ろに倒れ込むヤーレン


しかし、ラウラはヤーレンのことなど一切眼中にはなかった


その落ちてきた物があまりにも…見覚えがあるのだから


突然のアクシデントに騒ぎ、貴族質の護衛が殺気立って武器や杖を抜く中で…を見たものは驚きのあまり沈黙するほどに、皆が見覚えがあるのだ


だって、それは…今年の勇者祭で巨大銅像としても披露された、世界で一番有名な英雄が持っていた物と、全く同じ形をしているのだから


もはやヤーレンの事など意識の彼方に追いやったラウラの信じられない、というような声音がそれの名前を呟いた










「…アルハ…ザード……うそ…っ…本物、ですわ…っ!」



それは勇者の手にした剣


3年間、何の音沙汰もなかった勇者…


彼が手にして戦場を疾走したとされる、恐らく史上最も有名な武装が、そこに土煙を上げて突き刺さっていたのだ



ヤーレンから…ラウラを分け絶てるかのようにして…

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