第5話 勇者の足跡は空の上
「さて、お茶でも淹れますわね。お好きな場所に座ってくださいませ」
宿のフロントに詰めよりラウラの部屋を聞き出した3人
並みの貴族程度であれば客の部屋という個人情報は渡さないのだが、3人の美貌でカウンターに乗り出すように詰め寄られ、さらにはチェックインの時のあの衝撃的な光景を覚えていれば、つい話してしまったのである…
その結果、たどり着いたのは最上階の特別客室…流石はラウラクリューセル、只の部屋に泊まる筈はないと3人も思っていたが、まさか……
フロアが丸ごと客室にされたような特設スイートルームに1人で滞在しているとは思わなかった
そこは自分達が4人で使っても余裕がある、下の客室など比にならない程に豪奢に作られていた
出迎えるラウラの格好は真っ白なバスローブ一枚のみであり、緩く縛られたウエストはそれだけでも体のラインを強調しており胸元は大きなそれが収まりきらないのか、がっつりと半ばまで深くむっちりと谷間が見えている
ボリュームのある黄金の長髪は綺麗に髪紐で一房に纏められており、普段の金色の髪を流して靡かせる姿とは少しばかり印象が変わり
太ももの中程までの丈しかないバスローブからは健康的でかつ、すらりと伸びた美しい太ももが延びており、この姿を見ただけでも男の理性を焼き切るには十分すぎる程の格好だ
部屋に上がったシオン、マウラ、ペトラの3人も部屋の広さもさることながら、そのラウラの堂々たる姿に目を丸くしてしまうほど
ラウラも誰にでもこのような無防備な姿で出迎えるわけではない、ひとえに縁と情を交わした彼女たちだからこそ、オフの姿を曝け出している
しかし、それを知らない3人からすれば…「な、なんて刺激の強い格好を…っ!?」と戦慄を禁じ得ない大胆な姿だ
そんな彼女達の気など知らないとばかりに微笑みながら部屋の中へと招き入れるラウラは、ふかふかのソファに彼女達を案内して座らせ、大貴族の娘とは思えない程手慣れた仕草で紅茶を淹れ始める
「…その、失礼ですが…お茶が淹れられるのですか?ラウラさんはかなり大きな貴族の方だったのでは…」
「あら、
「…なんだか凄く香しい香りがするのだが…その、お値段とかはどうなのだ…?わ、我ら…あまりお金とかは掛けられないのだが…」
「ふふっ、ご安心なさって。このラウラ・クリューセルが大切な客人からお茶代をせびるような真似をするなんて、あり得なくてよ?それに、少しお値段は控えめですが美味しいですの、これ。ムリーヤ地方の茶葉で『マハタ』という品種なのですが…」
因みにムリーヤ地方というのは紅茶葉の名産地であり、一見では取引してくれない業者が出入りするような場所である
『マハタ』とは中堅貴族であればどのような相手でも失礼の無い程の高級ブランド品であり、高位貴族ですら接待の際に必ず候補に上がる超有名ブランド……明らかに金のかけ方が違っていた
ティーカップの一杯で軽く10日分の食料と同じ値段が取れる代物である
それに気づいたシオンとペトラは手にしたティーカップが心なしかふるふると震えている…やばい、本物のお嬢様だ…とちょっとだけ冷や汗まで流れ出ていた…
「……お部屋も、おっきい……私達のと…全然違う…ソファもふわふわ…っベッドも大っきい…!」
「ちょっとお恥ずかしいですが…実はもう1つ上のグレードのお部屋を取るつもりだったのですけれど、生憎の予約待ちでしたので、ご遠慮しましたわ。お忍びで来ていますもの、少しリーズナブルに済ませましたの」
ちなみにこの最上階スイートルームは一泊でお値段なんと…ちょっと裕福な家庭の王都民の月給4ヶ月分以上が消し飛ぶ超高級な特待用のスイートルームの1つとなっている
ラウラ・クリューセルは言った…リーズナブルだ、と…!
3人はまるで入ってはならないダンジョンに入り込んだような気分に陥る…!
4人部屋の自分達の客室でもかなりの広さを誇る筈だが、この部屋はその4、5倍は優にあるだろう
流石は大貴族クリューセル家の誇る才媛である
金の使い方も感覚も一味違うらしい
なんだか自分達とは住む世界の違いを見せつけられたような気がしたが「こほん」と一息いれて、本題を進めるのはシオンだ
「外の号外はご存じですよね?ラウラさん…あれは放っておいても良いのですか?先程あったばかりでお節介かとは思いますが…あまりにも、良くないものを感じました。このままでは…」
「あぁ…あれですの。まぁ、やらせておけば良くってよ。結局、私の意思がなければただ騒いでるのと変わりないですもの」
「して…その貴女の『意思』はどうなのだ?」
答えを僅かに反らしたラウラに追求を被せるペトラ
彼女がどうするのか…それを聞かせてもらっていない、と3人の目はラウラを捉えて離さない
「はぁ…」と少しため息をつくラウラは困ったように苦笑しながら
「…真贋は問わず、勇者からのお誘いをはね除けるというのは、私はともかく…クリューセル家にとっては無視できない事ですわ。これを断れば『クリューセル家は救世の勇者を足蹴にした史上最も無礼な一族』と謗られる可能性がある…いえ、クリューセル家に敵対する貴族は間違いなくそう騒ぎ立てますわね」
いくらクリューセル家が大貴族とはいえ王国貴族にも派閥と言うものがある
クリューセル家は国王と共に歩む、いわゆる『国王派』とよばれる貴族の筆頭だ
しかし、それに対して貴族の力と権威にこそ国を回す力があると唱う『貴族派』も存在する
おそらく、マウエル男爵を偽物の勇者と否定しても、貴族派の者が出てきてマウエル男爵のフォローに回ってしまうだろう。そうなれば複数の貴族がこぞってクリューセル家の失墜を目論見、有ること有りそうなこと無くはなさそうな事を言って回る
社交界からも評判が落ちれば貴族間との交流にも支障が出てくる
なにせクリューセル家を追い落とす材料を確保できるのだから、なにかと理由をつけて絡んでくるのは間違いがない
こうなった場合、ラウラがマウエル男爵に身を捧げるのを避ける術は大きく2つのみだ
1つはクリューセル家と縁を断ち、ただのラウラとなって婚姻を突っぱねること
クリューセル家の娘という看板が無くともラウラに関しては『最高位の聖女』『救世の一行』という看板が身を守ってくれるだろう
貴族家としてのクリューセル家とラウラが関係無くなってしまえば、クリューセル家を責めるも何も無くなってしまう
だが、家族愛が強くクリューセル家としての誇りを強く持つラウラはそう簡単に家族を切り捨てることは出来なかったのだ…彼女はこの選択肢をはなから取るつもりは無かった
そしてもう1つは、マウエル男爵がただの自称であることを証明すること
そもそも男爵が勇者でなければ身の程知らずな行為もいいところなのだ
そうなれば誰も男爵を援護出来ない…むしろ、理由を失った男爵はクリューセル家から完全に敵対し、格で完全にまさるクリューセル家と争えば存続など不可能だ
しかし、これはさらに困難を極める
なにせ、勇者ジンドーの証明というのはあまりにも難しく、証明する品も残っていなければ顔も分からず…言ってしまえば『言ったもん勝ち』という状態なのだ
それでも、これまで勇者ジンドーを貴族が自称してこなかったのは、ひとえに勇者ジンドーのあまりにも大それた
今を生きる老齢の貴族や大戦に自ら出陣を経験している貴族達は間違ってもそんな命知らずな真似は出来ない
何故なら……その現実離れした驚異の戦闘力を実際に目の当たりにしていたからである
つまり…ジンドーが怖くて自称なんて出来なかったのだ
今回はまだ若いマウエル男爵を口車に乗せた存在が、恐らく奥に隠れている
それが分かっていながらなにも出来ないのが現状だ
一通り、その話をしたラウラは1拍おいて笑顔を浮かべると笑い飛ばすようにして気を良く仕切り直し…
「まぁ、貴女方が気にするお話でも無くてよ?政略結婚なんて、貴族には当然のお話ですもの。私だってとうに覚悟は済ませていますから。…だから、今日会っただけの私にそんな顔を向けないでくださいませ」
3人は強い想いを持って1人の男に寄り添っているが故に過剰に反応してしまったが、確かに貴族間ではよくある政略結婚の1つである
有力な他家との繋がりを強化する為に娘が嫁ぐ、婿に入れる…そんな事は日常茶飯事であり、別に騒ぎ立てるような話でもないのだ
そして、この手の話に、あくまで貴族界が関わらない今日出会ったばかりの少女3人にはどうすることも出来ないのは確かだ
それに落ち込む3人を励ますように、ラウラは勇者の旅の話を語り始める
それはまるで、自慢のようであり、想い出のようであり…そして、御伽語のように夢と希望と…そして若き日の自分の話を語って聞かせるのであった
何故なら、ラウラは根拠もなく、ただ感じていたのだ
この子達との出会いはきっと、ただの他人では終わらないだろう
この先も、何らかの形で自らの人生に密接してくるのだと、証拠もなく確信に近いものを感じている
きっと、もしかしたら……この子達は自分に良い風を運んできてくれるのではないだろうか?
19年の短い年月から得られたこの確信は果たして……
ーーー
「あーあー…聞けば聞くほど耳が汚れそうだな。しっかし…性欲と権力欲を拗らせすぎだろこいつ。こんなあからさまな奴会ったこと、そうそう無いぞ?うーん…まさに手段は問わず、だな。こりゃ聞いていて正解だった…この音声データを匿名で王城に届けてやってもいいんだ、が…」
あれから暫く、鳥と戦闘機の中間のような『ブッパちゃん』を操りながらマウエル男爵の悪巧みを聞いているが、聞いているだけで「うわぁ…」となる言葉や話のオンパレードである
それを機体に録音までさせておけば、それを行政司法に直接届けた瞬間に「待った」がかかるのは間違い無い
取り締まる側まで抱き込んでいるなら分からないが、こんな中堅の若年当主が率いる一家がそれ程までの縁故や根回しを出来るとも思えない
そのプランで仕留めてもいいのだが…そんな生易しい手段での解決はしてやるものか、とカナタの心に火が着いていた
手段はもっと言い逃れもできず、インパクト抜群で、相手の度肝を抜くようにしてやろう、と…
そんな聞いてられないどろっどろの欲望塗れのプランや展望ばかり耳に入り、もう聞かんでいいか…とげんなりしながらブッパちゃんを上空へ上昇させてからこちらへ戻し始めたその瞬間…
(……………………なんだ?ブッパちゃんが何かに引っ掛かった…?直接操作してなきゃ気付かないとこだったが…この違和感…故障じゃないよな…。…しゃーない、内部機能『自己診断』及び『周辺スキャン』開始…)
操作するカナタに何かの違和感が突っ掛かる
それは、魔力の運用に長けていなければ…そしてオートパイロットではまず間違いなく気づけない程の僅かな違和感
ブッパちゃんを通して何か…クモの巣を引っ掻けたようなほんの僅かな抵抗感と、後ろから何か…羽虫が着いてくるようなとって捨ててもいいような小さな違和感があるのだ
いや、どちらかと言えば不快感と言ってもいいかもしれないその感覚はどこかで感じたことがあるような気がして…考え込む
(『自己診断』では機体に異常はない。幾ら改修前の旧式でも壊れちゃいねぇよな。周辺に飛行物もない…そもそも、こんな夜の闇でブッパちゃんを捉えられるはずがない…。肉眼で捉えるのも無理だろ…周辺に探知魔法の気配なんざ……あ?いや、なんだこれ…探知魔法の、気配……どこだ?)
その違和感はついスルーしそうになったが、探知の結界が有ることを訴えていた
しかし、カナタ自身が操作するこの機体をわざわざ探知魔法の結界を張ってある場所に突っ込ませる程バカではない
現に、王国側が警戒の為に何箇所にも張り巡らせたドーム状の幾つもの結界をブッパちゃんは全て回避してきている
その為のセンサーやらも積んでいるのに、何故かいつの間にか探知魔法の結界内部に機体が居るのだ
試しに蛇行で動いても感覚は消えない
しかし、ブッパちゃんの『周辺スキャン』がその違和感の答えを弾き出した
(…感応型の探知魔法…こりゃ速度に感応する探知魔法か…?いやまてまて…そんなアホな…まさか、
探知を目的とする魔法は無系統魔法にいくつも存在する
生物を探知、熱を探知、魔力を探知等…狙ったものではなく条件を付けてそれらを検出する類の魔法を「感応型」と分類される
種類は様々だが決まって探知出来る範囲が決まっているのだ
それは術者やアーティファクトを中心とした半径の中のみ
この探知範囲は広げれば広げる程かかる魔力の量も魔法の難易度もけた違いに跳ね上がるのだ
一流の魔法使いなら1km以内の物を数分間探知できるのだが…今、バカでかい非常識なサイズの巨大な探知魔法が王都全体を根刮ぎ覆い尽くしているのだ
非常識にも程がある
おまけに空中を時速300kmという、新幹線並みの速度で駆け回るブッパちゃんを正確に追い回している
クモの巣が探知するための結界ならば追いかけてくる羽虫がその魔法だ
観測魔法は視界等を遠方に飛ばしたりして、遠くを見たり感じる為の、斥候が得意とする魔法である
これは簡単に言えば一人称視点のラジコンを動かしているようなものだ
早く、遠くへ飛ばすほど魔力の量と技術がけた違いに跳ね上がる
数kmの範囲で、野の空を駆ける鳥に追従できれば一線級のスカウトであるとされる程に、高速、高機動、遠隔での操作は至難を極める
この速度で飛行するブッパちゃんを捉えるなど尋常の魔法使いではまずもって不可能だ
こんな真似が出来る魔法使いなど…居るはずが……
(……いる!そういや…ッ
そう、いるのだ
カナタの知る者に、こんな芸当が出来る奴が2人、存在するのである
それは…
ーーー
【sideラヴァン王国・王城内】
「いやいや、陛下、少しはお酒控えてくださいな。またお孫さんに叱られても知りませんよ?少なくとも、我々が飲ませた〜なんて言わんでくださいね?」
国王直々の接待室にはソファや机が置かれ少人数で歓談ができるスペースとなっており、その部屋のテラスからは王都が一望できるという、王宮の中でも特別な客に使われる場所である
そこにいるのは昼頃にラウラを見送った国王と魔法使いのサンサラ、そして斥候のザッカーの3人だった
勇者と共に旅を終えてから2人は国王とも個人的な友人として交友を交わしており、こうして何も考えずに酒を飲める仲として今もワインを煽る国王にザッカーが苦笑いをしているところだ
サンサラもその様子を見て「ふふっ」と楽しげに笑っており、そこにはお互いへの余計な気遣いなどは取り払われているようである
「まあ、私達と要る時くらいはいいんじゃないの?王様も安心して、お酒飲める時くらい、欲しいものよ」
サンサラもワイングラスを口につけ、傾けながら微笑ましげに2人を見ている…元よりドレス風な衣服に身を包んでいるのもあって無性にワイングラスを揺らす姿が似合っていた
実はこのサンサラ、70の齢を超える国王よりも遥かに歳上である
魔力を持つ生き物は永く生きる
魔力を持った植物や動物、魔物等もかなりの長寿であり、そして魔物の量が多ければ多いほど強くて、永く生きるのだ
これは人も同じである
莫大な量の魔力を誇る者は、その肉体の老化が極端に遅くなり、そこから何百年と生きることすらある
このサンサラがまさにその例であり、既に四百年近くの時を生きる大魔女なのだ
これ程の時を生きて尚、その姿は魔性の美しさを備えた美女であり、彼女が持つ類稀なる膨大な魔力をその美貌が物語っている
因みにザッカーは多くの魔力を持つが見た目どおりの年齢である
長生きするのは間違い無い程の魔力はあるのだが、何故か肉体が、この中年期が最盛期、とでも言わんばかりに年齢を反映しており…本人含めてちょっとした謎である
「いやぁ、しかし、姐さんも機嫌いいじゃないの。おじさんも沢山飲んじゃおうかなー。こんな良い酒に囲まれる機会なんてそうあったもんじゃないし…どれどれ…?」
「いいんじゃないの?ほら、見て、ロマーナ産ワインの200年物…開けちゃいましょ?買おうとしたら家が3つは建つようなイケないワイン…ほら、グラス出しなさいな」
「これ開けていいのかねぇ。おっ、と、いただきます。いやはや、こんなワイン…前職の時でもなかなかお目にかかれなかったのになぁ」
上機嫌でソファに背を預け、眠りについた国王
彼が寝てるのを良いことに、差し出されたちょっといい…いや、かなりいいワインのボトルにそういいながらワイングラスを出すザッカーも大概酒好きだ
注がれた真っ赤な液体を揺ら揺らと回しながら、ザッカーはふ、と目を細めて、少しばかり声のトーンを抑えながら彼女に聞いてしまう
「なぁ、姐さん。ジンドー君はあの時、どうして俺らにまで何もかも黙って消えちまったのかね。…そりゃ、あんだけ国に怒るのは分かるさ…けどね、俺らは少なくとも…ジンドー君の
「…あの子は多分、回りの事なんて何も考えていなかった…というより、そんな余裕はなかったのかしら、ね。見ていた感じ、ただ何故か着いてくる人達、程度にしか思っていなかったような気がするわ。現にあの子はずっと私まで警戒してた。顔を見せてくれなかったのも、そのせいといったところかしら」
「…それは、正直傷つくねぇ。おじさん達は多分、数少ない正真正銘の味方の筈なんだが…ま、あの境遇に居ちゃ仕方ないのかねぇ…。特に、ラウラちゃんなんてどう見てもそうだろうに…信頼って難しい」
「私達だって、最初は随分とイメージ悪かったわよねぇ。無口、無反応…何言っても無駄で、何しても突っ走る、かなり手を焼いたじゃない?…それが全部ひっくり返ったのは確か…『黄昏』の時かしらね」
「あ、それは確かに…あの時のジンドー君もラウラちゃんも正直…見てられなかったね。こんなにも…自分の無力と無知を思い知ったのはいつぶりかな、ってくらいに…」
話が咲くのは勇者ジンドーの事だ
この2人だって、最後までジンドーを信じて着いていき魔神の討伐まで彼と共に歩んだ仲間だ…少なくとも、そう自分を思っている
それくらいには彼の事を信じて、信頼しているのだ
だが…それも最初からではなかった
最大規模の戦いが起こり、そこで見た彼を見て初めて…勇者ジンドーは既に壊れているであろう事に、気が付いた
何もかもが遅かったのだ
「ああいう凍った心はね、人の心じゃないと溶かしてあげられないものよ。そんな人が彼にもいれば、いいんだけど…彼、この世界そのものに嫌悪してたから…」
「いやぁ、それこそラウラちゃんでしょう?あんな健気で一途な子が…はぁ…おじさん、ハッピーエンドが好きなんだけどなぁ」
今現在、ラウラを取り巻く問題は中々に厄介だ
街にいるラウラを思ってか、テラスの方向に視線を向けるサンサラ…
夜の街の輝きがその瞳に映り……
「……何かしら?ザッカー、追いかける準備をして。何か…妙なのが空中を飛んでるわ」
サンサラが護身用に常に発動させた探知魔法『
その魔法は一定以上の速度を出した物を感知する…矢や奇襲する間者、飛来する魔法などの「速さを出す」もの全てを手に取るように感じ取れる
人が集まるこの王都で『生命』や『魔力』は探知しても、関係ないものを探知しすぎて使い物にならないのだ
故に、飛び道具などを警戒して張ったこの魔法…
その探知範囲を一瞬にして…自身の周囲を護る為の範囲であった王宮から、ぶわっ、と莫大な魔力を噴出させて王都全域を丸ごと覆い尽くすように拡大させたサンサラは、その不審な飛行物体を己の感覚に捉える
「空中って…ワイバーンでも来たのかい?物騒だねぇ、王都の防衛機構は息してないのかな?」
「いえ…大きさは人と同じくらいだけど…速度と機動が変ね。多分、上位の風竜種と同じくらいの速さで片っ端から探知と警報の魔法を避けて飛んでるのよ。普通じゃないわ…」
「そりゃ、変だ。何が紛れ込んだのか…モノ次第じゃ即撃墜だね。ちょいと確認するか…我が眼に飛翔の加護あれ…『
風属性の中でも高度な観測魔法であるそれを、いとも容易く、瞬時に詠唱により即座に発動したザッカーは目を閉じたまま視界を遥か彼方へと飛ばし始める
サンサラがザッカーの肩に手を置くと、サンサラが張った探知魔法のどのあたりにいるのか、という情報がザッカーの頭に入っていき、結果……ザッカーは探知の結界内部の相手がどこにいても分かるようになった状態で視認しに行くことが可能となる
これが旅の最中、何度も道中の危険や襲撃を未然に防いだ探知と探索魔法の組み合わせである
この2つがあれば、いかに隠密で行動しようとも探知で探知で補足し、どれほど結界をすり抜けようとも探索により肉眼で補足が可能である為に見逃す可能性はほぼゼロ
事実、その結果…追跡から数分とかからずに、ザッカーの視界はその不審な飛行物体の真後ろに着ける形で完全に捉えることに成功したのだ
それが上位の魔物や危険な存在ならばすぐさま撃ち落とさなければならないのだが、ザッカーはその飛行体の姿に…度肝を抜かれる程見覚えがあった
「どう?変な魔物ならここから撃ち落とさないとダメだけど…すごい機動ね、なんだか…魔物っぽくないわ。おかしな動きもしてるし………ザッカー?」
目を閉じるザッカーに訪ねるサンサラだが、その様子が可笑しいことにすぐに気づく
口をあんぐり、と開けて驚愕の頂点とでもいうような表情
その口から、信じられない物の名前が飛び出した
「…まさか…ッ……ブラックインパルスかッ!?…何故ここにッ…王都上空なんか翔んでる!?」
「なんですって…!?」
その名前にサンサラも目を丸くして驚愕した
『ブラックインパルス』
それはまごうことなく、勇者ジンドーが生み出し、操る魔導兵器の名前である
ジンドー自身が偵察と、先行攻撃の為に使った飛行型ゴーレム…「インパルス」シリーズと彼が呼んだその魔導兵器は数多ある兵器群の中の1つ
「ブラック」を称するインパルス型は夜特化型の偵察機体であり、旅の最中…よく野営地の上空を飛び回って未然に脅威を対処していた、いわば2人も大変お世話になった機体なのである
それが、ザッカーの目の前を飛んでいるのだ
驚くのも無理はない…何せ勇者ジンドーの魔導兵器が目撃されるなど、魔神大戦が終了してから初めてのことなのだから…
「ッ気付かれた!振り切ろうとしてるな…!おいおい…つれないねぇジンドー君。3年ぶりなんだから、おじさんと少し、鬼ごっこしようか…!逃さん!」
ザッカーの視界の眼の前で、その尾部から爆炎のようにブースターを炸裂させた
突如としてブラックインパルスの動きがあからさまに蛇行や上昇と降下を織り交ぜ始め、メチャクチャな機動を取り始めたのだ
後方からつけられていたいる事に、操作手が気がついたのだろう
明らかに追跡を振り切ろうとしており、猛烈な速度まで加速を開始して上下左右、急旋回を繰り返しながら兎に角真後ろを捉えるザッカーの魔法『
突如として手が触れた勇者ジンドーの面影…それが明確に姿を表して目の前を飛び回っている
これはチャンスだった
行方不明、消息不明…彼が全ての痕跡と足跡を消して姿を晦ましたあの日から3年間…
どれほど探し回ってもその影の端にすら、指一本も触れられなかった…
ザッカーが、これを逃すはずが無かった
「ジンドー君…ッ、そんなに嫌かい!?寂しいねぇ、でも…逃がす訳にはいかないなぁ!さぁ、ブラックインパルス…どこに戻すかなジンドー君!?」
「逃がしたら駄目よザッカー!後を追えば必ず彼に辿り着くわ!前と同じなら間違い無く…ブラックインパルスは彼の手元に帰っていく!」
「当然!…それに、これだけ追い回されてるブラックインパルスが王都を出ようとしない…つまり、居るね?ジンドー君……この王都の中に!」
意地でも、喰らいつく
ジンドーは自分の作り出した兵器やアイテムは自分の収納魔法に納めていた
大半の武装は彼の指示の元で行動をしていたのだが、この手の小型の魔導兵器群は基本的に本人からそう遥か遠くへは行けない
そして、彼は旅の最中にこの手の機体を使う時は自身の魔法袋から出していた筈だ
つまり、ジンドーがブラックインパルスを回収するなら自分の手元に呼び戻すしかない
着いていけば間違いなくジンドーはそこにいる
ザッカーも待ちに待ったジンドーの背中が遂に見えてきた事で、楽しげに広角を上げながら、何としてでも見失うまいと追いかけ回す
ジンドーもどうやら自分達に正体を見られたくないのか、はたまた居場所がバレたくないのか。猛烈な遠隔操作で空中を飛び回り何がなんでも追跡を撒こうと必死のようだ
しかし、勇者パーティ随一の斥候の目を撒くことは叶わず、ぴたり、と真後ろに着いたザッカーの目を引き離すことは不可能だった
そんなブラックインパルスは突如として上空へと急上昇を開始する
先程までとは違う、無茶な起動ではない…ただ、空高くへと真上に向けて猛烈な速度で飛翔を開始したのだ
当然、逃がすまいとザッカーの視界もその後ろ姿を追い続けるが…その様子の変化にはサンサラが気が付いていた
はっ、と目を見張ると慌ててザッカーの肩を叩きながら…
「…魔力の反応が…ッザッカー、目を閉じなさい!」
王都の人々の魔力などを気にならない程の魔力の渦巻きをブラックインパルスから感知したサンサラがザッカーに声を飛ばす
このまま追えばジンドーの居場所が分かる…等と言うこともなく、理由は聞かず、全幅の信頼のもとにザッカーはサンサラの言葉に従い目を開いた…そう、折角ブラックインパルスの背中を捉えていた追跡を解除して、飛ばしていた視界を元に戻したのだ
その直後…
王都の遥か上空に、紅蓮の花が弾けた
そう、ブラックインパルスがひとりでに大爆発したのだ
突如として夜闇の空に赤い閃光が炸裂し、瞬間的に王都を軽く照らし出す…その様子は、王城の一室に居た2人からもその窓からよく見ることが出来た
「…自爆ね。見続けてたら爆発の閃光で目が焼けてたかも…間に合った?」
「いやはや、危ないねぇまったく…。まさか自爆させてまで掴ませないとは思わなかった。果たして、この王都に何の用事があったのかな?…ブラックインパルスが動いてたなら、なにかの情報を集めていたのは確定…キナ臭いねホント。いやしかし……居るんだな、ジンドー君。この王都に…」
ブラックインパルスの自爆
撒くことは叶わないと思ったジンドーが王都に被害が出ないように遥か上空まで高度を上げてから、ブラックインパルスを魔力の暴走によって木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ
だが、ブラックインパルスは遥か彼方から操れる兵器じゃない
操作範囲から見ても間違いなく…ジンドーはこの王都のどこかにいる
今、見下ろしているこの風景の中に彼がいるのだ
ザッカーとサンサラは遂に動き出したかの勇者の行方が目の前でその存在をチラつかせたのを、高揚を隠さず喜び合うのであった…
ちなみに、テンションが上がった二人によって高級ワインボトルは5本もカラになった
英雄とはえてして酒豪が多いのである
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます