第4話 聖女の心に写る者

「いやぁ、やっぱ風呂はいいよな。そっちはどうだ?」


「うむ、悪くないのう。家の風呂も広く改造するか?十分うちのも広いがこれを味わうとなかなか…」


「いえ、やはりたまに来る特別感がいいですね。この期間に堪能するべきです。そしてまた来ましょう、そうですね…次は地下泉が湧く所がいいです」


「……泳げるお風呂……いいね…楽しかったっ…うちだと泳げないし……泳げる泉も無いから…新鮮…っ」


「…泳いだのか、マウラ…」


風呂上がりの客室では、それぞれほかほかと湯気を昇らせる4人がほくほくと風呂の感想で頷きあっていた


どうやら4人のお眼鏡にかなったようで、それぞれうんうんと言いながらご満悦の様子だ


この世界では日常的に風呂に浸かる行為はそこまでメジャーではないのだが、カナタが3年間育てた3人もすっかり日本人のように風呂にハマっており、ある意味カナタの教育の賜物と言うわけだ


「そういえば、凄い有名人にあいましたよ、カナタ。私も初めて顔を会わせましたけど、正直かなり驚きました…こんな所で出会うなんて、縁ってあるものですね」


「確かにのぅ。いやぁ、聞きしに勝る美女であった。見ていた我らすらゾクゾクと来るような色気でな…あ、カナタは見なくてもよいぞ?」


「…ちなみに、むちむち…ふわふわだった…。……包み込まれる感覚は…まさに天国…っ…人を惹きつける魔性の触り心地…っ」


「…そこまでいうなら教えてくれても良くないか?というか、マウラのそれは何の感想なんだ…?」


「…それも知らなくて結構です、カナタ。その感想は私とか、あと私とかで感じてください。私なら何も気にすることはありません」


「…カナタ…えっち……そういうのは…私で済ませておいた方がいい…。…ちょっと、あれと比べると…サイズが不安だけど……」


「あまり知らない女性にそういうのは良くないぞ?我なら何も問題無いがな…うむ。形とかバランスとか…結構自信ありだ」


「えっなに!?そんなディープなこと表してたの!?あんなにファンシーな効果音だったのに!?あと何をそんなに勧めて来てる!?」


超有名人に会えた喜びと反面、自分達よりも大人でお姉さんな美女の登場にちょっとした危機感を抱いた3人であった…カナタに会わせるのはちょっとリスキーだ、秘密にしておこう…


あとついでに、自分の事をオススメしておこう…カナタ、手を出すなら自分ですよ?、と3人揃って猛アピールだが、何をしていたのか判らないカナタにはさっぱりなのであった


そんな中、外の喧騒にややあって気づく

夜の帳も降りたような時間であったが、やや不自然なほど通りが盛り上がっているのは流石に気になった


この時間はもう酒屋以外は店を閉じている時間であり、路で何か騒ぐなど普通はあり得ないのだが、喧嘩やトラブルではなく何かに注目が集まっているような騒ぎ方だ


「…なんだ?酔っぱらいでも騒ぎだしたか?こんな時間から……ん?いや、違うな…なんだあれ?」


窓を開けたカナタ達の耳に、少し遠巻きながらしっかりと届いた声の内容は…


『号外ー!号外だよー!なんと!先日自らは勇者と明かした、あのマルネウ男爵が聖女ラウラ様に求婚!明日の夜会で正式に婚姻を申し込むことになった!屋敷外からの観覧自由!2人の結ばれる瞬間をどうぞご覧あれ!』


こんな夜半に号外が出るなど不自然である


普通は新聞やチラシは朝に配るものだが、明らかにタイミングがおかしい…新聞業者ではなく、明らかに個人としてチラシをばら撒きに来ている


この騒ぎでは騒音による苦情が殺到する可能性すらある筈だが、その知らせの内容を聞けば苦情など起こらないだろう


あの、大聖女ラウラの浮いた話である


これが幸せな話なら、ラヴァン王国民として祝わなければ嘘というものなのだ


そのチラシを受け取って「良い話だ」と騒ぎになる観衆を黙って眼を細めるカナタに対して、3人娘の反応は苛烈だった


「…っ、これがあの人が言っていた…ですが、これはかなり性格の悪いやり口です…!やはり…あまり良い相手では無さそうですね…」


「の、ようだ。しかし…これはちと…胸糞が悪い。嘘で固め、外堀を埋め、時間まで指定して囲い込むなど…明らかに婚約の申し出以外の思惑があると吹聴しているようなものだ」


「…どうにかならない…かな…?…んん…私達じゃどうにも……でも、見てられないよ…?」


浴場にてラウラと話した3人は彼女の想いを垣間見ている…そして、彼女を取り巻く状況も軽くだが察している為に何とかしたい気持ちに駆られるのだが…


彼女の心が誰に向けられているのか、それを知ってこの手段での追い込み方は…女性としてもなかなかに琴線へ触れたのだろう


しかし、これは貴族間の面倒な話が介在する。貴族同士の話に庶民は首を突っ込んでも大した役には立たないのは明らかだ


3人に何か状況を変える手段は…ハッキリ言えば無いに等しかった


しかし、居ても立っても居られない…まずはラウラにこの事を聞いてみなくては…そう考えた3人は素早く、部屋着の上から外用のローブを羽織り部屋を飛び出していく


「カナタ、すこし待っていてください。私達は少し、用事が出来ました」


「…すぐもどる…」


「うむ、これは女にしか分からぬ問題だ。カナタよ、ちと待っていてくれ」


「あいよー。お兄さんは静かに待ってることにするわ」


ひらひら、と手を振るカナタを背に部屋を出ていく3人


目指すのは上階にあると言われていたラウラの部屋である


せめて、彼女がどうするのか、どのように回避するのか聞かないとこのまま寝付ける気がしないのだ


パタパタと小走りで走り去っていく3人の背を見送ったカナタ…その目が、穏やかならざる光を帯びる



「…マルネウ男爵、ね」


1人になった部屋に、カナタの声が静かに響いた


その目付きは普段からは信じられないほどに鋭利で、声は地を這うようだった


普段の、シオン達三人には見せたことも無い目線で、聞かせたことの無い声音…それはまごうこと無き…「勇者」と呼ばれた男の姿である


その姿はまるで


自分の敵を、見つけた時のように




3年間、一切の情報を断ち切り勇者ジンドーを完全に消し去れていた筈だった…自分から殺戮者である「勇者」を消し、穏やかに過ごし、戦乱に壊れた心を彼女達と過ごすことで癒やして来た


このまま…姿など二度と表さずにフェードアウトする予定だったのだ


だが…浴場で聞いた話は、カナタの心を動かした


ラウラ…思い返せば常に旅の間側にいたのは彼女だった


変声によって捻じ曲げた声音で職務的な話しかしない、何も信じていなかったカナタに積極的に話しかけてきた


無謀かつ無茶な突撃を繰り返していくカナタに喉が張り裂けそうなほどに叫んで引き留めようと駆けた


早く地球へ帰ろうと無茶を通そうとするカナタを涙を流しながら、その鎧ごと抱き締めて止めようとした


(世話に、なってたんだなぁ、ラウラ…俺は、お前に…。顔も知らない俺なんかに、その感情は勿体ないだろ…男の趣味悪すぎだっての…。くそ……やりづれぇ…)


心の余裕がある今なら、ゆっくり思い返すと分かる…尋常の想いではあそこまで出来ないということを


恥ずかしい勘違いでないのなら…それは…


(…いや、今は自意識過剰はやめよう。だけど…ラウラ、遅くなったが…今こそ借りを返す。…もう俺の力なんか要らないと突き放すかもしれないけどな…最後でもいい、力になろう)


しかし、明日などと言う直ぐそこまで来ているこの件に対し、何か策や用意を巡らせるのはあまりにも時間がなさすぎる


どうやっても、根回しやらをする事は不可能だ


だか…もし、ラウラを確実に助けるのであれば…偽物の勇者の顔を目の前で潰して彼女を援護できる最大威力の対処法はただ1つしかない





それは…




ーーー


【sideラウラ・クリューセル】


最初はただの使命感と同情でしたわ


鎧でしか見えない彼の姿は毎日表情の変化も見えず、それを計るのはその内から響く彼の声だけ…しかし、彼はそれすらも偽り、変声の魔法を通して生声を私達に聞かせることはありませんでした


私は産まれた時から特別な魔法を授かっていた…


それは、癒しと守りの大魔法


私は、世に『オリジンホルダー』と呼ばれる魔法使いとされています


魔力に関する才能も群を抜いており、僅か13歳にして『全世界の聖女の頂点』と揶揄される程に、明らかに他の聖女とは次元の違う力を持っていましたの


しかし…ラヴァン王国を代表する貴族、クリューセル家の娘として産まれ、大切に、宝物のように育てられた私はあまりにも…現実を知らなかった


そして、世界を救う使命も当然の義務だと、世の平和と、人の幸せの為に命を懸けて戦うことに何の疑問もありませんでした


その事に誇りと満足感すら覚えていましたの、だって世界を救って、人々を救って…そんな事ばかり考えていましたから、勇者の随行と聞いて私は随分と盛り上がっていたのです


だから、聞いてしまった


ジンドーの、あまりの周囲への無感情さ、無関心さに、見当違いな怒りを抱いてしまった



『いつも村の方や町の方と声1つも交わさないなんて!貴方、勇者の自覚がありますの!?貴方に人々の幸せが掛かっていますのよ!手を振り返しなさい!人々の期待に応える義務が、勇者にはありますの!』


高圧的で、自分勝手で、理想と美しい文句を語る賢しらな14歳の小娘


それに12歳の少年は静かに返しました


『人々の…?……そんなのより……ボクの幸せは……どこ…?…勇者なんて…したくないのに…』


何も言い返せませんでしたわ


人の幸せを語っていたのに、語る相手の幸せが何も含まれていなかったのです…それを叩き付けられて、怒りの炎が一瞬で凍てつき消えるのを強く実感させられました


何も知らない異世界、12歳という幼さ、強要される殺戮、無尽蔵の勝手な期待、背負わされる重すぎた重責、顔も知らない者達を救わされる…


よく考えれば…何の義務が彼にあったのか、どんな自覚を持てというのか…否、そんなものある筈が無かったのです


彼はこの大戦における…最大の被害者であることに、この瞬間…気が付いた


彼にとってこの世界は救うべき対象ではなく…










ただの…地獄・・だということに、気づいてしまったのです


その声の揺れから分かるのは、鎧に隠れた彼の眼はきっと…平和となったこのアルスガルドではなく、あまりにも遠くに行ってしまった故郷しか見えていないのだ、ということ


そしてその眼は…度重なる殺戮と、突然連れてこられたこの世界で強制される使命に一切の光を失ってしまっているのだ…と 


何故…もっと早く気が付かなかったの、ラウラ・クリューセル…貴女が最も救うべき少年が、ずっと隣に居たというのに…


そこからは、彼にとって私だけでも、心の休まる見方でいたいと思うようになりましたの


兎に角、この世界に何も持たないジンドーにとって…ただの話し相手でもいい、度重なる恐怖と殺戮を僅かでも癒せればそれでいい


言葉を重ねて、視界に映って…兎に角、彼に少しでも穏やかな時と、場所を……


でも、全ては手遅れでした…


もう私の声は…全く届いていませんでしたわ







『ジンドー!出過ぎですわ!私の回復も…そこまでは届きませんわよ!!聞いてますのッ!?待ちなさいっジンドーッ!』


狂気ともいえる彼の猛撃は大地を染める程の魔物の群れを肉と血と臓物のシチューに変えていき、彼の漆黒の鎧が肉片と臓物にまみれ鈍い赤色に全身を染め上げていく


高速で突撃し、すれ違う魔物を無惨な肉の塊に変換しながら漆黒の装甲を汚れた赤に塗り潰しながら、彼の進撃は止まらない


彼の放つ光がただの1体ですら街を滅ぼしかねない魔物の体に、いとも容易く風穴を開き、爆散させ、その先に居た魔物を何十体も消し飛ばして大爆発を引き起こす


鎧に刻まれた光のラインが強く光を放ち、放り下ろした拳は大地を粉々にヒビ割り隆起させ、たかる魔物を雑兵の如く弾き飛ばし、その力を正面に向けて拳と共に振り抜けばその拳圧と衝撃波だけで群がる魔物はぐしゃぐしゃに潰れ死んだ


地面が、血と肉に埋もれ見る者が吐き気を催し、あまりの凄惨な惨殺に直視すら避けるものが現れる…


それでも彼は止まらない


私の治癒と守りの力が届かない所まで出ていき、目につく異形を破壊し尽くしていく


私が受ければ手足の2、3本は簡単に飛ぶような恐ろしい魔物の攻撃を受け、吹き飛びバウンドしながら次の瞬間には、その鎧の背中から噴き出す炎のような光と共に前に飛び出し、勢いのまま突き出された蹴りが大型の魔物の上半身を粉微塵に消し飛ばす


要塞の壁すら粉微塵になるような、巨大な魔物が吐き出したブレスに呑み込まれても…その破壊の本流から煙を噴き上げながら飛び出して腕甲から伸ばしたブレードでその魔物を真っ二つに両断


私達なら何回死ぬかも判らない壮絶な攻撃を喰らい続けながら…幾度と立ち上がり、その敵を葬り去る



『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!』

 

絶叫とも取れる彼の痛烈な咆哮が、響き渡り…地平線を埋め尽くさんばかりの魔物は二度と動くことの無い肉のパーツの血のジュースへと替えられていった


まさに、殺戮の化身、破壊の権化…しかし、味方とあらばこれ以上ない程の…救世主


でも…そんな凄惨な光景を造りだしながら、彼の口からは決まってその言葉が漏れていました

  



『帰りたい』『会いたい』『早く』『…どこ?』『父さん、母さん…』『助けてよ…』『何でボクが…』




その場の全ての魔物を惨殺したジンドーが血の池の真ん中で佇み、その言葉が聞こえた瞬間、たまらず走り出しましたわ


白のローブと装束が血にまみれるのも気にせずに


駆け寄って鎧姿のジンドーを抱き締めましたわ


『…っ鎧を脱ぎなさいジンドー!でないと…っ私は貴方を…ッ貴方をこの胸に抱き締められないッ!!お願い……っ少しでもいい…心を預けて…!私にッ!…じゃないとっ…貴方はっ壊れてしまいますわ…っ!』


泣いていましたわ、私


あまりにも、見ていて心が痛かった


そのままにしておける筈が無かった…


もう、ジンドーは…壊れてしまっていたのかも…しれませんでしたわ


それ以来、とにかく側に居ました


たとえ突き放されようとも、側に…彼の視界に入って、1人じゃないと伝えるために…貴方の味方が、ここに居ると体と心全てで伝える為に


だから私は……













『ラウラさん、いらっしゃいますか?』


「っ」


お風呂から上がった後、そのまま寝てしまっていたようですわね。普段ならあまり風呂上がりにうたた寝なんてしませんけれど…懐かしい話をしたからでしょうか…?


それにしても…なんだか懐かしい夢を見ていた気がしますわね…まだ幼く、そして無力と挫折を知った小さくて尊大な…一人の娘の夢…昔話を語ったからなのか、久しく見ることのなかった不肖の日の事を、明確に思い出す


「ええ、今開けますわね。お待ちになって」


扉のノックと共に聞こえた声は浴場で出会った子の物だろう


偶然、浴室で出会っただけの筈なのに、何故か彼女達とは強い縁を感じる


こうして不躾な目的以外で来てくれる、可愛らしい新たな友人達…何故か、初対面なのにこんなにも心砕けている


何の話かは…まぁ、大体想像がつきますけれど


これだけ外で騒いでいれば…あんなに心配してくれた心優しい彼女達はきっと、その事で来てくれたのでしょう


「ふふっ、いらっしゃい。さぁ、上がってくださいな」


さぁ、夜の女子会と、いきましょう


ーーー


【side神藤彼方】


「さーて…今の手持ちはお前だけだからな、出番だぞー、ブッパちゃんや。目標の場所はいずこや……っと」


ばら蒔かれる号外を手にすれば、例のマルネウ男爵とやらが夜会をする場所…つまりそいつの邸宅がどこか記されていた


随分と華々しく、己の花道かのように繕った号外やらチラシやらには是非来てくれと言わんばかりに住所の記載があり、そこに向かうだけの簡単な作業である


まずは情報収集…これが、ラウラにアピールするための健気なウソなら、放っておいて結末を見届けるのもありなのだが…それはカナタが一番知っている事でもあった


それは…


「この世界は、そんな優しくねぇからな。慎重すぎて、ようやくトントンだろ……視界リンク良好、直感操作問題なし…発進。うぉ…流石にこのシリーズちょっと古いな…まだ改修してなかったっけ?揺れが大きいか、要改良だな。あー…改型は全部基地だったか…旧シリーズは総改修の真っ最中だった…」


カナタが『ブッパちゃん』と呼んだ金属の何か…それはまるで脚のない、翼を広げた鳥のようでもあり、そして…地球の戦闘機にも似た、機械と鳥の間を取ったような奇妙なモノ


そう、地球でいう軍用ドローンと同じといっても差し支えない物だった


1.5メートル程の光を吸い込む漆黒のカラーリングの

それは、『ヴォンッ』と音を立てて窓から勢いよく飛び立ち…滑らかな加速で空へと飛び出していけば王国のある場所を目指して飛ぶのであった



勇者ジンドーの大魔法『神鉄錬成ゼノ・エクスマキナ



それはあらゆる金属を造り出せる


あらゆる…という言葉の中には文字通り…この世には存在しなかった金属まで産み出すことが出来るということであり、この世界でも、そして地球においても未知の超合金を創り出すことすら、可能とする


そしてその金属に対して、『役割と機能を付与』することが出来る魔法である


『ブッパちゃん』が持つ機能は…『視界・環境音転送』『遠隔操作』『浮遊』『魔弾』『噴焔』等が付与されており、なんら戦闘機といって問題ない…いや、むしろブ電子部品やらエンジンを使っていない分、戦闘機や軍用ドローンなど比ではない程の凶悪な性能を誇る


この世界の者からすれば、ただの生産系魔法に過ぎなかった筈のこの魔法…


見る者が見ても、この魔法をもつカナタには武器だけ作らせておけば、という発想しか出てこなかっただろう…召喚された時からそのような声があったのも事実だった


一度は、直接的な戦闘力に繋がらない事に辟易した物だが…そこは、彼の趣味が…いや、日本に生きる青春時代を謳歌する小学生ならば当然と言える知識が役に立った


発展した科学と…そして豊富な発想アニメや漫画を知っている日本の少年であればそれは…



魔の神すら打ち倒し得る、最強最悪の凶器と化すのである


「どれ…王国南地区…貴族街の三番区画……おっ、これか。いいトコ住んでやがんな…あーあ、パーティーの準備なんか始めちゃって…もう全部上手く運んだつもりか?」


ベッドで胡座をかきながらブッパちゃんを操作するカナタの視界には現在、王国を空から見下ろした夜景が見えている


これはブッパちゃんに搭載された『視界転送』の機能を持つ金属パーツから送られている情報であり、カナタはこれを見ながら現在、直接機体を操作しているのだ


オートパイロットもあるには有るが、今回は人口密集地の上空…引いては王都という警戒監視の網が他よりも強い場所だ、直接操作したほうが確実である


それに…この機体は夜の闇にの紛れるように造ったいわばステルス機としての性能が与えられた偵察用の機体だ、このような…夜の帳が降りた中での場面ならば100%の力を発揮できる


…旅の最中では野営中の警戒や、夜の行軍、奇襲の前の偵察に飛ばして回っていたものだ


制作したのは特に初期…召喚されて半年程のタイミングだっただろうか


街はまだ夕飯時であり、見下ろす景色は街中の光が星のようにまばらに煌めいている頃合い


歩けば入り組んだ街に何分も下手すれば1時間以上取られる道程も、空の上からならば10分もかけずにたどり着いたのは王都に貴族が建てる居住区画の1つだ


貴族は国土のあちこちにある自分の領地で過ごすことが多いのだが、こうして王都に滞在する時の為に、王都用の邸宅を建てている場合が多いのである


2階建ての屋敷は夜も過ぎたにも関わらず、窓から光が差しており、中で使用人と思わしき男達や女達が慌ただしく動き回っているのがよく見える


(ま、こんだけ近々で夜会やるんだからな。そりゃ準備も一苦労、か。つまり、明日の夜には強行したい計画なわけね。…ただのプロポーズでこんなに急ぐ訳ねぇだろ)


夜会とは貴族の行うパーティーの1つだ

貴族同士での交流や話の機会として、多くの貴族が行っており、それをすること自体になんら不自然はない


不自然なのはこの性急さ…貴族同士のこんいんなど、もっと手間隙かけて信頼を勝ち取り様々な駆け引きの末に、まずは「婚約」という形を取るのだ


こんな…告知から一晩で求婚し、返事を貰うための夜会を前からの予告もなしに突然「明日の夜行います!」など非常識にもほどがある


つまるところ、これはラウラに返しの一手を打たせたくないが為のスピード勝負…反撃が来る前に外堀を固めて大衆にアピールしておきたいのだろう


広い庭園には既にクロスを丁寧にかけた丸テーブルが規則正しく並んでおり、それを囲む草木は時期の花や綺麗にカットされた植木が整列している


周囲で夜会の用意をしている貴族邸はなし…間違いなくここが、マルネウ男爵の邸宅だ


主賓席には一際豪奢なテーブルに…装飾を施した椅子が二脚・・、隣り合って並べてある…それも肩がくっつくような距離だ。成る程、まるで夫婦・・で座るかのようなセッティング


まだ、求愛をするだけなのに…既にラウラがOKの返事を寄越し、二人並んで仲良く座ることが分かっている、とでもいうような準備の仕方だ


この時点で、カナタの中でのマルネウ男爵は、自信家で自分勝手…相手の気持ちは度外視の自己中野郎、という認識へとなっていた


(…まず、まともなラブストーリーにはならなそうだな…。ガワを見ただけでもコイツはラウラの付加価値に執着するクズの類…さて、次は当主の部屋…)


ブッパちゃんは敷地内に侵入するとブースターの炎を消してふわふわ、と器用に極小音にて移動をしていく


地球のドローンのように、エンジンを噴かせなければ滞空出来ない…なんて事はない。魔法によってそもそも浮遊しているブッパちゃんは、高速戦闘用の魔法によるブースターを炸裂させなければ文字通りほぼ無音での行動が可能なのだ


そのかわり、武装は『魔弾』のみと、かなりの軽武装軽装甲で機動力も並み居るカナタの兵器群からすれば遅い方なのだが…その分、夜のステルス性は折り紙付きだ


故に…夜闇に紛れる漆黒の機体は注視してもそう見つけられる物ではない


貴族邸の2階…カーテンのかけられた場所からの音を拾えば…男のいやに楽しげな声が聞こえてきてくる。とてもじゃないが、好きな女性からの返事待ちに徹する男のようには見えない


(ここが…執務室か?ま、なんにせよ…独身の貴族邸で好き勝手大声で話す奴は、その館の主以外にいないか)


恐らくここが当主の執務室か自室だろう


『準備はどうだい?街の人間にも知らせて回っているな?』


『えぇ、号外、ビラ、噂を流す。手当たり次第に周知をさせております。街は現在、聖女ラウラの華やかな婚姻話で持ち切りです』


『よし、よし。あぁ…明日が待ち遠しい。あのラウラが、僕の妻に!そうなれば僕は、男爵なんて爵位に収まる男ではなくなる!それに…あれだけの魔法を操るラウラの腹なら、優秀な子が育てられるだろう。くっくっ…マルネウ家は僕の代で、この国の先頭を進む貴族になるんだ…!』


『しかし…勇者ジンドーは召還当時で老人や10歳前後の少年、果ては口の訊けない青年などと言う噂もございます。どうなさるおつもりで…?』


『ん?あぁ…どれが本当かどうかも分からん話だが…適当に話を作っておくよ。そうだな…「暗殺を避けるために正体を偽装していた」…とかはどうだ?』


『えぇ…無理はないように、聞こえますな。そもそも勇者ジンドーは現れた時から正体不明…誰もがそれを知らないとされておりますので、確かめようも無いでしょう』


絶賛悪巧みの真っ最中…といった所である


(まぁ、まともな理由じゃなさそうと思ってはいたが…。前ならラウラがどうなっても…何て思ってたんだろうけど、今は…なんだろうな、この感情。多分…俺はラウラの為に怒ってるんだろうな。無性に…こいつらの都合のいい夢をぶっ壊してやりたい気分だ…)


自分と共に歩んでいるシオン、マウラ、ペトラ

この3人以外などどうでもいいと…そう思っていた筈なのに


彼女達と過ごしてほぐれた心で見た世界と人はいつの間にか…少しだけ違うように見えてきた


それは、過去に置いてきた血塗れと絶望に塗り潰された筈の記憶の世界すらも…真実の光を当ててくれている


なんの因果か…その彼女達が今再び、ラウラとの縁を自分と結び直してきたのだ


ならば…


(盛大に助けてやるさ。こういう奴の計画を思いっきりぶっ壊すのは…最っ高に楽しいからな。それも、一番顔を潰せて、一番爽快になれる結末を用意してやる)


カナタの口許がニヤリ、と三日月形のように笑みを浮かべる


普段は見せない、カナタの獰猛な笑顔…勇者としてその猛威を振るったかつての姿がそこにあった


もしかしなくとも、遅すぎたのだろう…しかし、それでも今、自分の力で彼女の行く先を切り開けるなら、彼女へ手を伸ばす不穏の影を切り開いて見せよう





かつて、自分のことを大切に想い、今もその想いを胸にしてくれた心優しい、気高い聖女…己の身を案じた彼女に迫る暗雲の未来を切り裂く為に








三年の時を経て、黒鉄の勇者は動き出した









「…うっわ、コイツそういう性癖かよ。あちゃ〜、拗らせ過ぎだって…おいおい、AVじゃねぇんだぞ!?うっへぇ…ますます好き勝手させらんねぇ…。エッ、そんな事までさせんのか!?じ、上級者にも程がある…俺には…俺には全く分からん…!」



ちなみに、暫く男爵の計画やらラウラを娶る目的やら、その後の展望やら…特にラウラにさせようとしてる内容を聞いてひたすら驚きとドン引きを繰り返してたカナタであった


部屋の中で1人、そんな様子で騒ぐカナタも端から見ると中々に…珍妙な姿なのには誰も気が付くことは無かったのであった…

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