第7話 三年ぶりの彼の名は…

庭園は静まり返っていた…誰も言葉を発することが出来ない


最近、この王都でも最大の金物店が造り出した勇者の銅像…それの完成度はほぼ完全に同じ姿を模している


何故なら、勇者ジンドーがその武装を持って戦場を駆ける姿を記録した映像…それを元にして創り上げたのだから当然である


それを抜きにしても、今や全世界で勇者の姿を知らない者はほぼ存在しない


彼は世界各国、様々な都市や集落に立ち寄り、魔物等の脅威によって壊滅が目の前に迫るそれらを片端から救っていった


その手で命を救われた者の数は、もはや一人目から数えるよりもこの世界の全人口から引き算をしたほうが手っ取り早い程だ


そして、その救済手段はただ1つ




…圧倒的暴力




魔物の群れに襲われる街であれば、全ての魔物を鏖殺して血の海と肉塊の大地を作り出す


巨大かつ強大な魔物が現れた集落であれば、その魔物を原型を留めぬまでに惨殺して片手で持てる程のサイズになるほどに破壊


知恵ある魔物に支配された都市があれば、地の果てまでその魔物を追い、命乞いをするそれを躊躇いも容赦もなく抹消


今や彼の活躍は絵本に演劇、様々な場所で語られるようになり、今や世界一の有名人だ


その姿を知らないものはもはや、物心つかない子供か痴呆の老人くらいのものである


そして、一般的に一番有名な武装こそ、彼の愛用していたと言われている剛剣



『アルハザード』



その剣が、銅像が掲げる物よりも圧倒的存在感と、重厚なリアルを持って目の前に存在していた


細工が似てる、とか本物っぽいとか…そんな生易しい次元ではない


己を勇者ジンドーと自称するヤーレン・マルネウはその衝撃と驚きに尻餅をつき、集まってきた警備の私兵に囲まれて怯えたように辺りを見回しており、全く状況が理解できていない様子だ


「なんでっ剣が…!襲撃犯は!?早く見つけろ!き、貴族である僕にっ、け、剣をっ…!襲撃犯を捕らえて引き摺り出せ!クソ!そいつを自分の投げた剣でズタズタにしてやる…ッ生きたまま僕の前に連れてこい、早く!」


ヤーレン・マルネウは魔神との戦争で親を亡くしており、他貴族のように戦争の指揮をとったり、自ら兵を率いて出兵等をしたことがない


戦い…戦闘、というものを知らない…命の危険が身を焼く距離でちらつく感覚を味わったことがないのだ。故に、自分で何かすることなんて出来るはずがない…


故に、頼れるのは周りの護衛と『貴族』という階級のみ


空から剣が目の前に突き立てられた異常性、非日常、もし少しこちらに刺さっていたら…という恐怖に震えるヤーレン・マルネウはもはや勇者と呼べる姿では無くなっていた


皆が沈黙し、上座へ視線を集める中でヤーレン・マルネウはようやく、全員が何を注視して沈黙しているのかを…分かり始めてきた


何故、こんな貴族への襲撃という一大事を高位貴族含めて全員が動かずに静観しているのか…


そして、答えを教えるようなその声はやけに大きく、全員の耳に響き渡った






『古い知り合いの目出度い日…そう聞いて来たんだが、違ったかな?』

 




重低音のマシンボイス


ドンッ、と地を抉る音を立てて


貴族達のど真ん中に


漆黒の鎧が降り立った







【side王宮】


それは、夜会の前日の王宮にて


「俺…いえ、私が行く必要があるのですか?陛下…正直なところ、乗り気ではありません。確かに私は勇者ジンドーを心から尊敬していますが、あれは…」


国王に呼ばれてその前に膝をつくのは鎧姿の50代ほどの大男だ


彼はマグウェル・ストライダム


この国の国軍を預かる軍部の頂点であり、三年前に前大将に変わってこの地位に就いた男である


彼自身も公爵という高位貴族であり、魔神対戦時にはこの国を守る最大の戦力として最前線にたっていた護国の象徴のような人物だ



「そうじゃ。気持ちは分かる…儂もあやつが勇者などとは思っておらんが…それでも、ラヴァン王国の誇る国軍大将である、お主に頼みたい」


「ですが陛下…いえ、聞いておりますよ、噂の男爵が勇者を名乗っていることは。ですが…私からもハッキリ言わせていただくと、本物な訳がこざいません。実際に目の前で命を救われた私にはわかります」


「で、あろうな…。だが、勇者の名を聞いて名のある貴族が集まっておるのも事実。何もないとは思うが、彼らに何かあってはいかんのじゃ。お主ならば、貴族として夜会に入りつつ事の次第を直接見れる」


…最近増えているという偽勇者


町に現れるようなごっこ遊びであれば国軍が出る幕もないだろうが、今回はまさかの貴族が勇者を自称しているのだ


その場合は政治的な要素も絡み、ただのごっことは言えなくなってしまう


その利用価値や発言力にあやかりたい者、利用したい者にとっては、もはや本物かどうかなどどうでもいいことなのだ


ではなぜ、勇者が消えて三年間、貴族が勇者を名乗らなかったのか


答えは簡単、戦乱を乗り越えた一定以上の貴族は勇者ジンドーのあまりの強さを…恐怖を知っているからだ


「お主であれば、夜会に参加しても不自然はあるまい、ストライダム公爵よ」


「…いえ、陛下直々のご指名ですので、行かせてはいただきます。しかし…貴族からこのような阿呆が出るなど…なぜ取り締まらないのですか?」


「できれば無理はない。我々ですら、真っ向から理屈を立てて否定はできないのじゃ。誰も、勇者の現在の姿を知らぬのだから…。マルネウ男爵は貴族派故にな、最悪の場合は貴族派が総出で我らを叩きに出るだろう。そうなれば最悪…国は2つに別れ戦乱の時が来る。それだけは、避けねばならん」


それを聞いて顔をゆがめるマグウェル公爵


確かに証拠を立てて偽物と否定するのは難しい


だが、最前線で国を守ってきた彼は幾度と目にしてきたのだ


『勇者ジンドー』が持つ最悪の戦闘能力を


あれを目の当たりにしたのなら、戦いに身を置く者ならば見ただけでも本物か否かなど分かってしまう


オーラが、空気が、覇気が、何もかもが特別


自称も何も…本物を見たことがあるならばことなど明白なのだから



『馬鹿な貴族の夜会で少し食事をして帰るか』



そう思っていたストライダム公爵


冷たく聖女ラウラ・クリューセルにあしらわれるマルネウ男爵に失笑しながらも、この時まではそう思っていたのである


そう、天より見覚えのあるモノが、地に突き刺さるその時までは…




ーーー




漆黒の鎧が地に降り立ち、庭園の敷き詰められた石畳が着地の衝撃でビシビシと放射状にひび割れていく


立ち上る土埃の中で鎧に走るライン胸部の円形パーツ、そして双眼のバイザーが金色に光を放っており、それが不気味なほどの底知れなさを周囲に知らせてくる


膝を曲げた姿勢からゆっくりと起き上がるその姿は紛れもなく…



「…勇者、ジンドー…ッ」

 


誰が言った、彼のその名前


もはや本物かどうかを疑う者は誰一人として居なかった


伝説の英雄、その姿…上座に置かれた黒い鎧が玩具のようにチープに見えてしまう重厚な装甲、造り、佇まい


何よりも、彼から放たれる大気を震わせるほどの覇気と、押し潰されんばかりの異次元的な魔力の波動が、その場にいるすべての人間を戦慄させている


理屈ではなく、本能で理解させられた…目の前の漆黒の鎧は紛れもなく…本物



正真正銘、勇者ジンドー本人である、と



そして、この場で彼に恐れを抱いていないのはラウラただ一人だろう


黒鉄の鎧が歩み始める


皆が一歩引いて彼から距離をとったが、マルネウ男爵の私兵は槍や杖をゆっくりと歩み寄る勇者に向ける


何が起きているが分からないが、自分の主に剣を向けた目の前の存在に武器を向けるのが彼らの唯一できたことだったのだ


それでも、目の前の得体の知れない鎧姿を前に、怯えたように腰が引けているのはその姿が誰もが知る伝説の姿と全く同じだからだろう


「なにをしてるんだおまえら!?そっそいつを早く消せ!貴族の夜会に乗り込んだ賊だぞ!?僕の夜会にこんなっ、に、偽物に決まってる!勇者を騙る無礼者だ!」


マルネウ男爵が癇癪をおこす声が響き渡るが、鎧の歩みは一切止まらず、何かを言って返すことすらしない


貴族の名を挙げても、自分の兵に構えさせても躊躇うこと無く進みよってくる姿は恐怖を覚えるのに十分過ぎる迫力があった


その圧倒的なプレッシャーが…男爵の私兵に魔法のトリガーを引かせた


「まっ、『魔法矢マジックダーツ』!」「『魔弾発射シュートバレット!』」


私兵が構た短杖から魔力の光が強まり、弾丸状の光と先端の尖った魔法の針が放たれた


魔法矢マジックダーツ』は無系統の攻撃魔法であり魔力による貫通力のある遠距離攻撃を行う魔法だ


おなじく『魔弾発射シュートバレット』も無系統の攻撃魔法であり、着弾時の衝撃でダメージを与える遠距離攻撃の魔法


これらは無系統魔法の攻撃の中でも基本の魔法であり、ある程度の魔力があればそれなりの威力で、かつ連射もできるという優れた攻撃魔法である


これを数人がかりで放てば文字通り弾幕と呼べる攻撃が可能であり、マルネウ男爵を護る為に駆けつけていた護衛は6名は居たのだ


つまり次の瞬間……魔法の嵐が黒鉄の鎧に襲いかかった


真っ正面から雨あられと魔法の矢と弾丸が叩きつけられており、王都の中での攻撃魔法乱射という類を見ない光景に夜会の参加者達も殺気立つ


いくらある程度の威力とはいえ、生身で受ければ一発でも負傷は間違いなしの威力なのだ


それが他の場所に流れて関係ない者まで被弾したらマルネウ男爵はどのように責任を取るのか…しかし、それを考える必要が無いことを漆黒の鎧を見て確信する


無抵抗のまま防御もせずに歩く漆黒の鎧は、避けも受けもしない姿勢のままに何も気にせず前に進んでいく。そう、乱れ打ちされる攻撃魔法の嵐も気にせずに…


直撃する魔法…そして鳴り響く「ガンッ」「ゴンッ」という鈍い金属音…漆黒の装甲が魔法を弾き飛ばし、当たった魔法の方が鎧に負けて弾け飛ぶ


肩だろうが脚だろうが顔面だろうが…雨あられと撃ち込まれる攻撃魔法に一切怯みも構いもしない…異常な光景


全く効いていない


よろけるそぶりすら無く、抵抗を感じる様子すらなく、ただ前へと歩き続ける彼が、上座のラウラの元へ辿り着くのにはそう時間はかからなかった


どれだけ魔法を撃ち込んでも無駄という異様な結末に腰を抜かすマルネウ男爵達を意識にも入れず、ラウラの目の前に立つ勇者ジンドー


奇しくも…魔神討伐に向かった姿のままの二人がそこに並ぶこととなった



「ジンドー…あなたですのね?」



ラウラの確信を込めたその言葉には…多くの感情が込められているようにも見えた


何年もの間、その姿を追い求め再び言葉を交わせることを願い、その胸に淡い恋心を抱きながら…ついに目の前に…その相手が現れたのだ



『信じなくても良い。昔のパーティメンバーの晴れ姿を見に来たが…どうやら見当違いだったみたいだからな』


旅の最中はくぐもっていたとは言え、まだ生の声が聞けていた。幼く、弱く、小さな声ではあったが…しかし、今の彼から発されるマシンボイスからでは彼の心中を図ることは難しい


しかし、ラウラの目の端には涙が光っており、再会の感動をそのままに、何の躊躇いもなくその鎧に身体をもたれ掛からせるように抱き締めた


ぎゅぅっ、と…最後にあった時はまだ、自分の方が大きかった…今ではしっかりと自分よりも高く成長したその姿をしっかりと、喜ぶように…


『…………ラウラ?あまりおかしなことはやめておけ…また変な誤解でこんな事態に陥りたくは無いだろう?』


「ふふっ…昔と違ってよく話すようになりましたのね。…本当に…本当に会いたかったですわよ、ジンドー…。貴方が思っているよりも遥かに強く…私は貴方を求めていましたから…」

 

『それは……』


涙を浮かべながらも、その表情には落ち着いた笑みが浮かんでおり、この言葉にはジンドーも沈黙でしか返せなくなる


何か思うところがあったのか…それに対して水を差す言葉を放てないのだろう。己に何か非があると感じるものがあるのか、考えるように彼女の視線から逃げるよう顔を反らす鎧姿の男


その反らした顔の頬にあたる部分、兜の横面に背伸びをしたラウラは…唇を押し当てた



『…っお、おい…ラウラ…っ何して…!』


「あら?作った口調が崩れてましてよ?その話し方も素敵ですけれど…素の貴方はきっと、更に素敵だと思いますの。…ね?」



旅の最中も常に隣にいたラウラには、どうやら作った声も堅苦しい口調も通じなかったようで、それがなんだか気恥ずかしくて思わず視線を反らす鎧姿の勇者



「好きですわ、ジンドー。顔も見たことがない、何が好きかも分からない…今、どんな声かも知らないけれど…それでも、私は貴方を愛しています」



こちらを見る貴族の視線など一切気にしない突然の告白にジンドーも返す言葉を詰まらせる


しかし、その言葉が一朝一夕の物ではなく、旅の最中から芽生えた想いを、会えなくなった3年間もずっと温め続けた物の集大成なのだ、と解ってしまう


「好き」という言葉ではない、その先の更に熱い言葉で表現された彼女の好意に逸らされた顔を正面からラウラに向けて唸るように声を漏らす勇者は抱き付く彼女の肩にそっ、と手を添えて自分からゆっくりと離れさせながら



『…ラウラ、俺はお前の思うような人間じゃない。それは良く知ってる筈だ。…こんな怪物を選ぶな、幸せになる道を選べ。その想いはもっといい奴に…』


「あり得ませんわ」



ジンドーの言葉は紛れもなく彼女の為を思った言葉だったのだが、言葉に被せる勢いで一刀両断するラウラ


どんな理由があろうと大聖女ラウラ・クリューセルから囁かれる愛を受け取らない男など存在しないだろう、彼はそれを…彼女のためと苦々しく言ったのだが取り付く島もない


これにはジンドーも『うぐ…』と言葉に詰まる



「私は惚れていますのよ?他の男性など考える余地はありませんわ。目的の為に猛進し、考えないように見えてその実人々を助け、寂しければ普通に泣く…そんな貴方が、大好き…。ふふっ、別に今返事を寄越せと言っている訳ではなくてよ?ただ…」



ラウラの腕がジンドーの鎧の首後ろに回され、ぐっ、と自分の頭に近寄せていき、こつん、と頭と頭をくっつけ



「諦めませんわよ、私。覚悟なさいジンドー。貴方の心を必ず射止めて見せますわ…今の貴方なら、そのくらいの心の余裕があるみたいですし、ね」



悪戯な笑みを浮かべながらもその瞳は強い意思を宿したままで、想いの強さを訴えている


退くことなど一切考えていない強い心…これを否定する事など、世界を救った勇者ですら出来るはずもなかったのだ



『…楽しみにしている』



そんな想いをぶつけられたジンドーが絞り出した言葉はこれがやっとのことなのだった




ーーー




【side神藤彼方】


漆黒の鎧…俺が勇者として活動していた時は肌見放さず身に付けていた最大の兵器であり、当然ながら見た目通りの防具ではない


所謂「パワードスーツ」と分類されるの地球ですらSFでしか登場しないようなスーパーテクノロジーを俺の魔法で再現し、昇華させたモノだ


こうして隣の建物の屋根上から会場を見ていても、ズームから何までお手の物である


そんな機能で建ち並ぶ建物の上から様子を見ていたが、思わず手にした武装を投げつけてしまう程、マルネウ男爵はクズの部類だった


まさか小細工で言いくるめられなくなったから直接手を出してくるなんて…一体どれ程計画性がないんだろうか?


もっと穏やかに出てくる予定だったのに…めちゃくちゃテロリストみたいに出てきたんじゃないこれ?


とはいえ、やってしまったのなら…いや、投げてしまったなら仕方ないか。流石にアルハザードぶん投げて終わりは変だし、それに…このクズ野郎の面目をぐしゃぐしゃに潰してやると決めているのだ


そう思って降りてみたら、なんか全員こっち見てるし、クズはなんか喚いてるし、ラウラに至ってはすんげぇキラキラした目でこっち見てるし…正直凄く帰りたい…本当なら、人前に勇者フォームで現れる予定なんて金輪際無かったのだから


一先ずラウラに声をかけようと思ったら男爵の護衛から攻撃魔法が鬼のように浴びせられるし、これやっぱ強盗とかと間違われてないか…?ほら、やっぱり勇者のなりきりさんも沢山居るし…勇者コスプレの闖入者に見られない?


と、一先ず攻撃魔法はガン無視…この程度の魔法が何万発当たっても傷一つ付かないように創ってあるのだ


そうして前まで行ってラウラに声をかけたはいいが…正直浴室での話を聞いた後なので殴られるくらいは覚悟をしていた


何も見えていなかったとは言え、優しさで接してくれた彼女に随分な態度をとっていたのだから


しかし、彼女の表情は俺の予想とは真反対の穏やかな、嬉しそうな顔だった


なぜ、そんな顔ができるのか


俺はお前達を見切って姿を隠したのに



「好きですわ、ジンドー。顔も見たことがない、何が好きかも分からない…今、どんな声かも知らないけれど…それでも、私は貴方を愛しています」


その言葉が、胸に突き刺さる


鎧の中の俺の顔はきっと、酷いしかめっ面になっているだろう


彼女の顔がどアップで目の前に迫り、まるでこれからが本番だ、と言わんばかりに『諦めない』と言葉にしたラウラに、返せた言葉はたった一言だけだった


まさか、顔も見たことのない男にここまで強い想いを寄せるなんて…流石に想像がつかなかった


今はシオン、マウラ、ペトラの3人が大事だ


妹のように思い、そしてそれ以上の存在として想いながらここまで一緒に過ごしている…しかし、ここに来て、ラウラをそれ以下だと、決めつけることが出来なくなっていた


…なんだか色々とお見通しのようで恥ずかしい気がする


昔は随分と押しが強く、無理矢理手を引っ張って行くようなアクティブさが強かったラウラがここまで大人の女性として、淑やかな強さで迫ってくる…そこに胸が弾まないとは言えなかった


だって…三年ぶりに見たらなんか目茶苦茶な美人になってるし、2つ歳上なだけあってこう…なんだ…包容力的な?やつがすっげぇある


シオンやマウラ、ペトラという美少女の頂点極めたみたいな奴らと日頃過ごしていなければあまりのオーラに吃って話せなくなる自信が出る程度には強烈な美女だ…というか、あの3人と並ぶ次元の美女ってヤバいな、コイツ…





「お、おい!お前っ、その鎧の!ゆ、勇者で貴族の僕の夜会をこんな…っ、捕まえろ!衛兵は!?い、いや、軍を呼べ!」



…あ、そう言えばこんな奴いたの忘れてたな


どれ…ちょいと痛い目見てもらってから……







「いや、絶対に手を出すな。その鎧の男には、誰も勝てん」


マルネウ男爵の喚きに対して、落ち着いた、しかし緊張を含ませた声音が響く


声の主は貴族の人波を分けて前に出てくると、何事かと集まる街の衛兵と軍の兵士達にそう釘を刺したのだ


この場で唯一、口を割って入れた男を見た衛兵も軍の兵士達も目を剥いて姿勢を正した…その男は特に、軍の人間が言う事を背いてはならない人物だからだ


「ストライダム公爵!あぁっ、よ、良かったっ、その鎧の男をどうにかしていただきたい!あなたならばこの場で連行を…いやっ、実力行使で排除を…!」


黒鉄の鎧に近づいていくマグウェル・ストライダム公爵に、安堵したように話しかけるマルネウ男爵…ストライダム家現当主、マグウェル・ストライダムはその身一つで国の四方を護る巨大要塞を指揮し、見事生きて護りきった護国の象徴とも言える実力者


その男が居るならば、如何なる不審者だってお縄につく…そう思っていたマルネウ男爵の期待は脆くも崩れ去る


ストライダム公爵の視線はもはやマルネウ男爵の方には向いていない



「…久方ぶりだな、ジンドー。こうして顔を合わすのは4年ぶりか」



その言葉に全貴族が目を見開く


高位貴族の公爵であり、かつ、軍部の頂点であるマグウェルが、この鎧の男を勇者であると認めたのだ。それも、かつて直接会ったことがある彼がそう言った…その信憑性や発言力から来るものは計り知れない



『…確か、グアンタナス要塞に居たな。将軍…いや、今は大将か。前の大将殿よりも好感が持てそうだ、ストライダム大将』


「っ…驚いた、君とまともに会話をできる時が来るとはな。いや、この言い方は失礼か…話せて嬉しく思う、ジンドー」



かつて、マグウェルは勇者ジンドーと同じ戦場を戦い抜いた事がある

当時のマグウェルは将軍…今の一つ下の地位として居たが、とある重要な要塞の防衛を任されていたのだ


そこで起きた大規模戦闘の際…彼と一度会っている


その時に出会った勇者ジンドーは…控えめに言っても人間性を感じないゴーレムのような男だったと彼は記憶している


まず見た目からこのような重厚な鎧に身を包んでおり、話し掛けてもほぼ話返すことはなく、そして淡々と、苛烈に魔物を駆逐していくその姿に当時は頼もしさと、そして脅威を感じたのだ


それが、今話し掛けてみればまともに返事が返ってくるではないか


これにはストライダムも驚きを隠せない…


だが、一番それを認めてはならない男は…そう、隣でマルネウ男爵が『違います!勇者はこの僕!僕でごさいます!』と必死にアピールをしているが、もはやそちらには興味もないのだろう


この男に目の前の鎧を「勇者だ」と認定されてしまっては…大聖女ラウラにまで否定された後なのだ。もはや挽回は不可能になってしまう


そんなマルネウ男爵の必死の声を嘲笑うように、マグウェルはジンドーの目の前まで来ると…突然その場で頭を下げた


公爵が一個人に頭を下げるなど前代未聞の事態…

周囲の貴族もざわつきを隠せない。高潔な武人としられる、かの軍部大将を国王より拝命した男が、たった1人の男に頭を下げるのは普通の事ではない


「ジンドー、君のお陰で俺はあの要塞から生きて家に帰れた。今更だが、礼を言う…君が居なければあの要塞は壊滅し、魔物の軍勢は王都に迫っていた。…私も、家族に会うことは無かっただろう」


『…過ぎたことだ。あまり目立ちたくない…顔を上げてくれ』


「そうか…しかし、ここまで派手に登場しておいて目立たないのは無理だぞ?見てみろ、新聞屋に商人、貴族から市民まで全員が見てるじゃないか」


周りを見渡せば貴族やこの夜会の取材に来た新聞売りまで多くの人々が注目している

ここから目立たないどころか、明日には特大ニュースとなって全世界を駆け抜けることとなる筈だろう


戯けるように周りを示したストライダムに、鎧の中から『はぁ…』と溜め息が聞こえる程つくと、地に突き刺さる剣を引き抜き、それを収納魔法に納めるジンドー


そして、次に手元を収納魔法の光で照らし出した時、その手に別の物が握られていた


純黒に銀の1本線が入った柄に、その先端には水晶のような質感を見せる不思議な金属球が嵌め込まれている意匠の変わったデザインの杖…長杖に分類されるそれの長さは優に1.5mに達する


魔杖…魔法を行使する時にそのサポート、ひいては効果の上昇や魔力制御まで行える魔法使いの武装の1つであり、魔法使いの間ではメジャーどころか必須の道具である


その性能は制作者の腕や素材の良し悪しに完全に左右される物であり、劣悪で腕のない者が作れば逆に魔法の発動を阻害しかねない


故に、魔法使いは皆が信頼できる制作者…言わばブランドの杖を求める


だが……これは明らかに市販品や既存の杖などではない


その柄には、小さく『ラウラ・クリューセル』の名前が刻んであり、兜の後ろで剣と稲妻が交差したシンボルが彫り込まれている…勇者ジンドーを示すシンボルマークが刻まれた魔杖だ。それが意味することは即ち…「モノ作りの力で神を打ち倒した男の手作り」ということ


そう…魔道具や武具作成において、魔神すら打ち倒せる勇者が作ったオンリーワンの武装だ


値段どころの話ではない、この世に一本しか存在しない、名前付きの魔杖…それをラウラに差し出した



「…っ私に、ですの?これは…」


『次からは、それで立ち塞がる全てを解決するといい。きっと力になる…まぁ、もう心配はなさそうだが、一応な』



差し出された魔杖を恐る恐る受け取るラウラ


ちなみにこの時の彼方の心境はまだ、昔迷惑をかけたお詫びに贈り物をした程度の認識だったのだが、ラウラはそんな軽くは受け止めなかった


その杖を受け取ると、胸にぎゅっ、と抱きしめると花咲くような笑みを浮かべて…



「ふふっ、旅の途中で貰いたかったですわ。でも…大事にしますわね、ジンドー」

 


その幸せそうな表情に気恥ずかしくなった彼方は、踵を返すと何も言わずに屋根に飛び乗ってその場を後にする


何故なら、こんな表情で受け取られたらなんと返せば良いのか分からなくなってしまったからである


これ以上ボロを出せない彼方…その見た目と動きとは裏腹に、鎧の中ではそそくさと、急いで姿を晦ます彼方…その後ろ姿を、ラウラは熱い視線で見送るのであった



「ジンドー…ありがとう…。また、また会いましょう。きっと……今の貴方なら大丈夫ですわ」




ーーー




翌日の新聞は大いに波紋を呼ぶこととなった


三年前に消えた勇者ジンドーが姿を現したこと


このことからマルネウ男爵の勇者発言が真っ赤な嘘であったこと


そしてこの世界に来たジンドーが初めて自らが作った物を、誰かに贈ったこと…


その全てが、王都全てを震撼させたのだ



超性能を誇り、神器やアーティファクトとまで呼ばれる勇者ジンドーの作り出したそれを初めて本人以外が所持したのだ


贈られたにはかつてのパーティメンバーである聖女ラウラ…それも、三年ぶりにその姿を表した彼からの手渡し


話題にならない筈もなく…


見出しには彼女が大事そうにその杖を抱きしめる姿が大々的に映し出されているのであった

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