第4話 勝てなくても守る

 目の前に現れた謎の巨体。

 それに向かって、アークスは無意識に「オイシソウ」と口にした。

 それがどれほど異常なことなのか、アークスも、そして耳にしたクローナも耳を疑った。


「デリート」


 しかし、それを追及している暇ではない。

 クローナはとにかく今は動く。

 魔砲銃を前に構え二つの銃口を重ねるように巨大なエネルギーを蓄積させる。


「穿て、冥王の砲弾! プルートブレイクショットッッ!!」


 それは魔法というより、蓄積したエネルギーの塊を一気に放出するもの。

 巨大な暗黒の砲弾を放ち、目の前の5人を巻き添えするように激しくふっ飛ばす。


「わ、お、おお、す、すごい」


 またもや強烈な力を放ち、今度は巨大な謎の存在をふっとばしたクローナに呆気に取られるしかないアークス。

 


「はあ、はあ、はあ……ッ、今の内です! 逃げます!」


「え?」


「お姉様たちの所にもキカイが向かっています! 急いで合流し、安全地帯へ退避するのです!」



 力を使って軽く肩で息をしたクローナだが、すぐに顔を上げてアークスの手を掴んで走り出す。


「え、なんで……倒したのに……」

「あれではキカイは倒せません! 足止めが精一杯です。そもそも、キカイは『今はまだ』誰にも倒すことはできません!」

「……え?」

「そうですね……アークスは記憶を失っているので、キカイのことも分からないのですね……」

「機械……キカイ?」


 そのとき、アークスはようやく今の謎の存在が『キカイ』という名前だと知った。


「……損傷……ゼロ」


 そして後方で、クローナに激しくふっ飛ばされて地面を転がったキカイたちが、何事もなかったかのようにムクリと体を起こしたことをアークスも確認。


「うわ……マジかよ……」


 どうやら本当に倒せないどころか、傷も負ってないようだ。


「さぁ、こっちです! ダッシュなのです!」

「ま、待ってってば、なぁ、アレは何なんだ?」

「キカイです。世界全土に突如現れた、新人類。私たち魔族、そして獣人さんたちとも違う、未知の存在であり、私たち全人類を滅ぼそうとしているのです」


 クローナに手を引かれながら森を駆け抜けるアークス。

 後方から追いかけてくるキカイたちから追いつかせまいと必死に逃げる。


「未知の存在? 滅ぼす? 『あんたたち』を?」

「違います。あなたも含めた『私たち』です」

「なんでそんなことを!?」

「分かりません。キカイの方たちは言葉を発しますけど、私たちと会話を一切せず、問答無用で人々を殺していくのです」

「そ、そんなことを!?」


 問答無用で人類を殺していくというキカイの存在にゾッとするアークス。

 ならば、先ほどのキカイたちは自分を殺すつもりだったのだと、アークスはようやく事態を把握した。


「そうか……だから、あんたたちは戦ってるんだな?」

「いいえ、戦えてません。なぜなら、先ほども言ったように今はまだ私たちの誰もがキカイを倒すことが出来ないからです」

「……へ?」


 倒せない。その言葉にアークスは思わず首を傾げたが、クローナは真剣だった。



「キカイは私たちの攻撃が一切効きません。叩いてもダメ、斬っても武器が壊れ、魔法で攻撃してもまったく効果がありません。先ほどのようにふっとばしたりして足止めすることは出来ますが、これまで世界の誰もがキカイを倒したことがないのです。魔王であるお父様も……魔族最強の槍使いと言われたお姉様も……最強の生物と言われる獣王様も……誰一人、キカイの一人すらも倒せないのです」


「だ、だれ……も? あいつらの一人すらも?」


「ですので、私たちにできることは、少しでもキカイたちを足止めして、襲われる村や街の人たちを逃がすこと。足止めしながら少しでもキカイを倒す手段を考えること。それだけなのです」



 記憶のないアークスには全てが新しい情報。その話を聞いても特に記憶を思い出したり、何かがピンときたりすることはない。

 だが、だからこそ自分はとんでもない記憶を失っていることをようやく知った。

 世界の人類が滅亡の危機だというのに、自分はそのことを何も覚えていないのだから。


「ど、どうしよ……お、俺も殺されるのかな?」


 状況を理解したことで、アークスは余計に恐怖を抱いた。

 女の子に守られながら、情けないとは思わない。

 ただ、怖かった。

 しかし、そんなアークスの手をより一層ギュッと握りながら、クローナはこの状況下でも柔らかい笑みを浮かべた。


「いいえ、死なせません。そのために私が……私たちが居るのです」

「あっ……」

「そしていつか……必ずキカイを倒してみせるのです! 皆さんと一緒に!」


 その言葉に何の根拠も無かった。

 しかし、アークスには強がりに聞こえなかった。

 クローナは世界のこの状況でもまるで諦めていない。前を見ている。

 小さな手と小さな体。しかし、どうしてか少しだけ頼もしく感じ、気付けばアークスの恐怖も収まっていた。


「でも、今は逃げて足止めに全力全開です! ですので、自然さんごめんなさい!」


 頼もしく微笑みながら、クローナは手を繋いで無い方の手に握っている銃で振り向きざまに連射。

 それはキカイではなく森の木々に向けられたもの。

 クローナの魔砲弾が着弾した木々は……


「冥王の樹林! プルートフォレスト!」


 うねるように木々は成長し、そして己の意志を持っているかのように巨大な枝や蔦を伸ばし、追跡してくるキカイたちを捉え、そして一斉に覆いかぶさった。



「ふふん、今度こそどんなもんだい、です♪」


「は、はは……あんた……すごいな……」


「約束します。必ずあなたは守ります!」


 

 クローナは「勝てない」と言った。しかしそれでも「守る」と口にした。

 それは決して口だけではないことを目の当たりにし、その頼もしさにアークスも心を揺さぶられた。


「さて、今のうちにお姉様の所へ……あっ、アークス、先ほどから気になっていましたが、服のボタンが開いています。ほら、しめてあげます」

「わ、な、なに?」

「そういうの、ダラしないと思います。さっ、これでよしです! とっても男前さんになりました!」

「いや、もう……」

「ふふん。いかなる状況下でも服装の乱れは……あ……」

「……? どうしたの?」

「私の下着……あの洞窟の瓦礫の中に」

「ッッ!? そういえば、何だかんだでまだ……」


 だが、やはり抜けているところがある。

 とりあえず、アークスは自分の手を引っ張って前を走るクローナのスカートのヒラヒラしている部分は絶対に見ないように心がけた。

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