第3話 不意に出た言葉

「とにかく私は変態さんではありません!」

「そ、そうすか……」

「はい、え~、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。改めて初めましてです。私はクローナ・マーリッジです。マーリッジ魔王国の姫です。あなたは?」

「あ、ども……えっと……俺はぁ……え、お姫様!?」

「はい。御存じですか?」


 慌てふためきながら、何とか「見られたもの」から話題を逸らそうと、無理やり自己紹介をするクローナ。

 たとえ顔は分からなくとも、その名前ならば人類に広く轟いているので、男の反応はクローナにとっては予想通りだった。

 だが……


「え、あ、その、まーりっじ? まおうこく? それは分からないけど……お姫様ってのはすごいなって……」

「え? マーリッジ魔王国を知らないのですか? 自分で言うのもなんですが、一応最大最強の魔王国家『だった』のですけど……」

「あ、そ、そんなすごいんだ……わ、わるい、全然わからなくて……っていうか、俺、無礼な態度とか、見てはいけないものを見てしまっ……え、死刑?」

「だ、大丈夫です! アレは事故ですので、忘れるということにしましょう。それと、なんとなく新鮮なので、別に態度も改めて頂かなくて大丈夫ですよ? もっと肩の力を抜いてお話してください」

「そ、そう、すか……あ、ありがとうございます……」

「はい、そーっす……って、もっと柔らかくです!」

「そ、そう言われても……」


 シュンとなる目の前の男に、クローナは「ムムム」と唸った。


「えっと、それであなたは……」

「あ、お、おお、そうなんだけど……」

「……何も分からないのですか?」

「……ん……うん……」


 箱から現れた目の前の男は自分自身のことを分かっていなかった。

 何故箱の中にいたのか。何故この洞窟にいたのか。いつから箱の中にいたのか。そして、自分が何もなのかすらも……


「う~ん、記憶喪失というものかもしれませんね。私も初めてです……」

「記憶……そ、うだ、俺なんで……俺はなんで……そもそもここどこだよ……俺は何でいつどこでなにを……」

 

 目の前の男が何者かは分からないが、少なくとも嘘をついているのようにはクローナには思えなかった。

 自分を騙そうとしているようにも思えない。

 本当に自分のことを名前すら分からず戸惑っている。まるで迷子の子供のように不安な表情で。

 

「あら? あなたの首に何かぶら下がってます。ペンダントですね」

「ぇ……あ……本当だ」


 シャツが少しはだけた男の首元に銀色のタグのようなペンダントがぶら下がっていた。


「なんだろう……これ……」


 気になってペンダントを手に取ってみる。するとそこには文字が刻まれていた。


「う~ん……何だか見たことない文字? 模様? 一体何―――」

「っと……『Arks.Razen』……アークス・ラゼン? って書いてある……俺の名前なのかな?」

「へ?」

「アークス……ラゼン……アークス……」

「あ、あなた、読めるのですか?」

「アークス……アークス……」


 クローナがまるで読めなかったものを、男はスラスラと自然に読み上げた。

 そしてその「アークス」というものを何度も男は繰り返して口にするが、まるでピンと来ていない様子。

 自分は誰なのか? どこから来たのか? 何でここに居るのか? 家族は? 仲間は? 友は? 故郷は?

 何も分からないからこその恐怖に男の表情は暗くなるばかりだった。


「あの、どうしてあなたはこの文字を……」

「アークス……俺、誰なんだよ? アークス……」

「…………」


 自分の名と思われる「アークス」という名前。ピンとは来ない。だが、何かを思い出すかもしれないと、必死にその名前を男は繰り返した。

 クローナは「どうして読める?」と更に追求しようとしたが、今の目の前の男の姿に言葉を飲み込み、代わりにニッコリ微笑んで男の両手を掴んだ。


「分かりました。では、今からあなたは『アークス』です」

「……え?」

「本当のお名前かどうかも分かりませんが、私は今からあなたをアークスと呼びます! ええ、あなたの名前はアークスです。分かったら、『返事をするのです』、ね? アークス!」

「はい分かりました……あれ?」

「……えっと……え、ええ、呼びます」

 

 男をアークスという名前で呼ぶことにして、何とか不安や恐怖を和らげてあげたいと思ったクローナは提案したのだが、急に男……アークスはキリっとした表情で即了承。

 まるで当たり前のように頷いた。

 まさかそんな簡単に了承されるとは思わなかったクローナは戸惑うが、一方でアークス自身も戸惑った。


「あ、あれ? 俺、なんでこんな簡単に……あれ?」

「ん……ん~、よろしいではありませんか。とにかく、あなたはアークスです。あなたが何者かは知りませんが、私が保護します。困ったことがあったら何でも相談してくださいね?」

「あ、ありがとう……で、でも、そんな今日出会ったばかりの――――」

「むう、遠慮はダメです! 『相談しなさい』!」

「はい遠慮なく相談します! とにかく自分が何者か、というかここがどこなのかも含めて分からないことだらけなのですごい不安で……で……あれ?」

「……えっと……はい、それでよいのです。あなた、とっても素直な男の子ですね」

「いや、わかんねぇ……なんでだろ……」

 

 何故か分からない。

 しかし、どういうわけかクローナの「命令」に近いような口調で言われた言葉には、アークスはどうしても逆らうことができずに了承してしまった。


「では、アークス。とりあえず、あなたを私が保護します。これからのことは、本陣に戻ってから一緒に考えましょう」


 いずれにせよ、これからの行動は決まった。クローナはアークスを保護して連れて帰る。

 アークス自身も何か宛があるわけでも、これから何をどうすればいいかも分からないので、クローナの差し出した手に―――――


「ッ!? 洞窟の外から不穏な風……これは」

「あ―――反応感知―――」


 二人が握手をしようとした寸前、二人同時にそれぞれ何かに反応してハッとした。



「魔法索敵……これは……ッ!? いけません、キカイが洞窟の外に?!」


「北東距離92m……5体の『人型作業自動重機』……」



 クローナは即座に探知用の魔法を発動して状況を把握し、そしてアークスは自身でも気づいていないのか人工物の左目がチカチカと点滅し、抑揚のない声で呟く。



「それに……まずいです! 本陣の方角にも50程のキカイの気配を感じます!」


「さらに北東の距離600m付近に69体の人型作業自動重機……さらに1369の人型生命体の反応……」


「……早くお姉様たちの……え?」


「…………? ……あれ?」


 

 そして、そこで互いに……いや、クローナもアークスもアークスが口にした言葉に反応して互いに見合う。


「えっと……アークス?」

「……あの、俺……どうして?」


 アークスは何を言った? どうしてそんなことを言った? 互いに訳が分からず呆然とする二人……だが……



「デリート」


「「ッッ!?」」


 

 二人の疑問に対して周囲は待ってはくれない。

 突如響いた抑揚のない声と共に、洞窟の天井に亀裂が走って崩落。

 このままでは生き埋めに――――


「させません! アークス、私の傍から離れないでください」

「はい、分かりました!」


 だが、次の瞬間クローナがその両手に二丁の銃を構えて上に向ける。

 禍々しい漆黒の二丁銃。



「穿て! 我が、『魔砲銃プルート』! 冥王の風……プルートウィンドシューーートッッ!!」


 

 銃から放たれたもの。それは荒ぶる風。

 クローナとアークス以外の周囲のものを全て吹き飛ばす荒々しい竜巻だった。


「わ、すご……お、おお……」


 可愛い顔に似つかわしくないほどの荒々しい力にポカンとしてしまうアークス。

 

「ふふん、どんなもんだいです……といきたいところですが……」

「うおっ!?」


 一瞬だけ「ふふん」とドヤ顔をするクローナだったが、すぐに苦笑する。

 それは、崩落する洞窟の天井も壁も全て吹き飛ばして、外に出てしまったことで、状況を二人は理解する。


「な、なん、こ、こいつは……」


 洞窟の外に居たのは、鉄の髑髏の顔をした謎の者たち。

 全身が鋼のようなもので出来ている。

 それが、まったく同じ顔と体躯の者が5人。

 いや、そもそも「人」なのかすらも分からない。


「デリート」

「デリート」

「デリート」

「デリート」

「デリート」


 そして、その5人は同時に同じ声で同じトーンで同じ言葉を口にした。


「なん……だ、こいつら……」

「キカイが5人も……」


 突如現れた謎の集団が徐々に自分に近づいてくる。

 その異様な空気にアークスは怯えて後ずさりする。

 この者たちは一体誰なのか? 何者なのか? 自分に何の用なのか?

 恐る恐る目の前の者たちの様子を伺うアークス。

 しかし同時に……


「なに、こいつら……分からない……だけど……」


 恐怖と共に別の感情が沸き上がり、気付けば……



「こいつら……オイシソウ……」


「逃げます、アークス! ……へ?」


「はい、逃げます! ……え?」


 

 またアークスは妙なことを口にした。

 だが、それでも先ほどと同様、目の前の者たちは一切待ってくれない。


「デリート」





――あとがき――

次話から毎朝07:21に投稿します。引き続きよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る