第20話
廃墟の町を、慎重に進む。
自分たちの足音と息遣い、そして風が吹き抜ける音の他は、何も聞こえない。
全員、一言も発さずに周囲を警戒していた。緊張感はあるが時折、視界の果てに光野の白い衣が見えている。こちらを見守ってくれているらしい。そう考えると気が楽になる――甘えているな、という気分も抜けないが。
「…………!」
と、先導していたダウジング男が、さっと左手を上げて一ノ瀬たちを止めた。その手の鎖が一方向に引かれ、ゆらゆらと明滅している。
ハンドサイン。前方の曲がり角を示し、指を二本立ててから、それを遠ざけるような仕草。曲がり角の向こう、離れた場所に不死者が二体。
こくん、と頷いた一ノ瀬は、仲間たちにサインを送る。自分を示し、指を二本立ててから、弓を叩いて
「…………」
ダウジング男と入れ替わるようにして先頭へ。弓に矢をつがえる。緊張していた。身体強化のおかげで、昔に比べれば矢の命中率も格段に上がった。だが実際に『救済』するのは今回が初めてなのだ。
深呼吸。曲がり角から様子を窺う。
三十メートルほど先、道ばたの自販機の近くに不死者が二体。
風は――ほとんどない。いける、と判断して弦を引き絞る。
「ヴウゥ……アアア……」
苦しげなうめき声。不死者は――若い女だったのだろうか。体液で汚れ、色あせた花柄のワンピース。その隣の男の不死者は、まさか、恋人か? 二人は同じ腕時計を着けていた。
――神よ、彼らに慈悲を。
「アウル・エファアシーン・ジウラ」
矢を放った。ビッ、と一条の光と化した矢が、女の不死者の頭部に突き刺さる。聖なる光が一瞬にしてその身を灼き尽くした。ざらっ、と崩れ落ちる灰の山。
体のどこに中てても効果はある。
だが一番確実で、一番苦しみがないのは頭部だ――
間髪入れず、二の矢。隣の男の不死者も、一ノ瀬に気づくことすらなく灰に還っていった。
感慨はなかった。ただ深い悲しみがあった。
一ノ瀬は瞑目し、矢を回収してから仲間たちの元へ戻る。今はあまり時間をかけられない。ただ、拠点に戻ったら、犠牲になった彼らのために祈ろう、と思った。
そうして進むこと、さらに二十分。
一ノ瀬たちは光野と合流し、ホームセンターの駐車場に入っていた。
「うむ……」
ダウジング男が、鎖を垂らしたままうなっている。先端の水晶の光はちかちかと明滅し、鎖がでたらめな方向に揺れているようだった。
「……ダメだな。数が多すぎて正確にはわからない。少なくとも、二十はいる……」
諦めたのか、くるくると右腕に鎖を巻き付けながら、溜息をつく。
「なるほど」
一ノ瀬が頷きながら、意見を求めるように視線を向けると、光野は相変わらず穏やかに微笑んでいた。
「概ね正解です」
ダウジング男の見立てに間違いはないようだ。概ね、という辺り、おそらく光野は中にいる不死者の数も把握しているのだろう。流石、年季が違う。
「そのくらいの頭数なら、なんとかなるか。突入しよう」
「ようやく俺たちの出番ってわけだ」
手斧使いの男が緊張の面持ちで言う。ここまで一ノ瀬が対処する場面がほとんどで、近接組には出番がなかったのだ。
「俺は天井なり壁なりに取り付いて、はぐれたやつを狙撃する。みんなは正面を頼む」
衣の下に身に付けたハーネスとワイヤーの調子を確かめながら、一ノ瀬。
「私はサポートに徹します。皆様もあまり緊張なさらず、訓練どおりの動きを心がけてください」
光野が優しい口調で、緊張をほぐすように声をかけた。手斧使いも、光野がいれば大丈夫だと気が楽になったのだろう。いくらか表情に余裕が戻る。
思えば、積極的に不死者の集団にしかけていくのは、これが初めてなわけだ――
「よし。行くぞ」
ホームセンターの入り口は全て内側から厳重に封鎖されていた。おそらく不死者の
詳しいことはわからないが、彼らを救わねばならない。
全員で壁をよじ登り、窓を破って侵入する。
薄暗い店内。エファアシーン・ジウラの祈りの光を灯し、視界を確保。
ウウウウオアアア、と。
暗闇で光を見つけた遭難者のように、不死者たちが群がってくる。
「神よ! 彼らにお慈悲を! アウル・エファアシーン・ジウラァ!」
手斧使いが不死者たちに躍りかかり、その額をかち割っていく。バール使いとハンマー使いも雄叫びを上げながらそれに続いた。
「よっ、と」
ダウジング男もナイフを抜き、遊撃と一ノ瀬の護衛に徹しながら、堅実な立ち回りで不死者を灰に変えていく。一ノ瀬も仲間の負担を減らすため、狙撃と援護に集中し始めた。
その間、光野はいつでもカバーに入れるよう、ホームセンターの高い天井に掴まって、上方から警戒している。
が、幸い手助けの必要もなく、またたく間にホームセンターは制圧された。
「みんな、怪我は」
「ない」
「無事だ」
「よし……」
蓋を開けてみれば、全くの余裕だった。
強化された身体能力。不死者を一撃で灰に変える武装。浄化や探知の術。
以前であれば、銃の力があってもここまでスムーズには制圧できなかっただろう。
「…………」
だが、床に散らばる灰の山に、とても喜ぶ気分にはなれず、全員が無言だった。
老若男女、様々な不死者がいた。子供連れも、かつての夫婦も。彼らが、今日まで苦しんでいたのかと思うと、申し訳無さと、悲しみがこみ上がってきた。
「皆さん……よく頑張りましたね」
一ノ瀬たちの気持ちを汲み、光野が穏やかに言う。
「祈りましょう。彼らのために」
「はい……」
全員で、胸に手を当てて、祈る。
「アウル・エファアシーン・ジウラ――」
薄暗いホームセンターに、若者たちの声が響く――
「……むっ?」
と、そのときダウジング男が顔を上げた。
弾かれたように、右腕の鎖を垂らす。先端の水晶が激しく明滅し、鎖が南の方へ、グンッと引っ張られていた。
「これは……!?」
普段は冷静なダウジング男が上擦った声を上げる。その顔には脂汗が浮いていた。
「どうした?」
「わからん……すごく、嫌なものを探知した……かなり遠い……!」
一ノ瀬は口をつぐむ。
遠いのに、探知できてしまった。ということは、それはつまり――
「皆さん、戻りましょう」
光野が言った。先ほどまでの穏やかな雰囲気はない。険しい表情。
皆がごくりと生唾を飲んだ。ただならぬ気配を察して。
「凄まじい邪気です。拠点が危ない……!」
光野の声に滲む感情。
それは紛れもない、焦燥感だった。
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