第19話


 翌朝。


 対不死者装備で身を固めた若者たち五人が、出立の用意をしている。


「忘れ物はないかえ?」


「大丈夫だよ、ありがとうウメばーちゃん」


 心配げなウメ婆さんに、一ノ瀬が白い衣をサッと撫でながら明るく笑ってみせる。


 光野の装束と、そっくりなデザインの衣だ。光野と共同で祈りを捧げ、聖別した布を用いた聖衣。光野のそれには及ばないが、かなり頑丈で生半可なことでは破けず、衣自体に邪神の呪いを弾く性質がある。身体強化などの奇跡もより効果が高められるおまけ付きだ。


 衣だけではなく、ブーツや手袋などもそれぞれ光術で強化されており、一ノ瀬たちは見た目以上に厳重に、全身の防御をガチガチに固めていた。さらに探索班の全員が、ある程度の身体強化と癒やしの光を扱え、聖別された武器まで携帯している。まさに、完全武装。


「まー大丈夫でしょ、なんたって光野さんが一緒に行くんだし」


 むしろ世界で一番安全なんじゃない、と小牧が言うと、皆が笑った。


「違いないわい」


「そうだねえ。でも、気をつけて行ってくるんだよ」


「おう!」


「お土産楽しみにしてろよ~!」


 次々に車に乗り込んでいく一ノ瀬たち。光野も会釈し、


「では皆様、行ってまいります」


「きをつけてね~!」


「いってらっしゃ~い!」


「アウル・エファアシーン・ジウラ!」


 子供たちにも見送られながら、探索班は出発した。


 静粛性に優れた電気自動車が、橋を越えて曲がり角を行き、見えなくなる。


「……さて、ワシらはどうするか」


「あたしゃ修行かね。そろそろいい感じに光術が使えそうなんじゃよ」


「おっ、さすがウメばーちゃん。わたしも負けてられないな!」


「ねえねえ、ラブリープリンセスごっこしよ~!」


「いや、今日はスペシャルマンごっこしようぜ!」


「それより光神ごっこしようよ!」


「いいね!」


「やろうやろう!」


 ――最近子供たちの間で流行っている遊び、『光神ごっこ』。


 名前に『神』とついているが、内容は鬼ごっこだ。ルールは普通の鬼ごっことほぼ同じで、鬼役(=神)が光を放ち、それに当たったら神の仲間になる。当てた神も当然神のままなのでどんどん仲間が増えていき、最終的に全員が仲間になったら終わりだ。元々『光鬼ごっこ』と呼んでいたのだが、光を放つのに鬼ってどうなの、という話になり今の名前に変わった。


 身体強化で逃げ回るのはもちろん、移動しながら光を放ったり、光が放たれる前に察知して回避したり、相手の光術に干渉して光の軌道を変えたりと、遊びの中で用いられる技術はハイレベルなものが多い。


 最近では、光学迷彩のように周囲の光を操って景色に溶け込み、鬼役をやりすごす子まで出てきた。視覚の弱い不死者に対しては効果の薄い技だが、それにしても高度な芸当であることに変わりはなく、初めて目にしたときは小牧も一ノ瀬も驚愕したものだ。


 以前、『もしかしたら追い抜かれてしまうかもしれませんよ』と光野は言っていたが、小牧はその言葉を実感しつつある。


「よーし、お姉ちゃんもやるぞー!」


「わーい!」


「レナ姉ちゃん相手でもてかげんはしないぜ!」


「なんのぉ! じゃあお姉ちゃんが神になるから、みんな逃げなー!」


 きゃっきゃと笑いながら子供たちが散っていく。


 今日も、いつもどおりの穏やかな一日が始まろうとしていた。



          †††



 意気揚々と出発した一ノ瀬たちだが、街が近づいてくるにつれ、やはり緊張が顔に出始めていた。


 準備は万端だし、修行も積んだ。光野に稽古もつけてもらっているし、その光野も同行している。滅多なことは起きない、とは頭でわかっているが、車で荒れ果てた道を走っていると、自然に口数も減っていく。


 一ノ瀬は、グローブの中で手がじっとりと汗ばむのを感じた。


「……よし。この辺で降りよう。あとは徒歩で」


 運転手に声をかけ、車を停める。一応、指揮を執るのは一ノ瀬だ。光野はオブザーバー的な立ち位置で、基本的に黙ってついてくることになっていた。


 街外れで車を降り、装備を確認。


 一ノ瀬はトランクから弓と矢筒を取り出し、調子を確かめる。弓は弦に滑車がついた、コンパウンドボウと呼ばれる種類の、非常に高威力のものだ。


 光野が来る前から、一ノ瀬はずっとこの弓を使っていた。距離によっては下手な拳銃よりも威力があり、人体の頭蓋骨くらいなら簡単にぶち抜ける。なにより銃と違って音を立てないのが良かった。街を探索する際、邪魔な不死者が単独でいれば、この弓で片付けるのが一ノ瀬のやり方だった。


 今回、弓と矢を聖別したことで、その威力がさらに高まっている。不死者を相手にする場合、矢が命中すれば一撃で灰に還せるはずだ。


「みんな、いけるか」


 いつでも矢を放てるよう、左手に弓と矢数本をまとめて握りながら、一ノ瀬。


「問題ない」


「大丈夫だ」


 仲間たちも頷く。聖別した手斧、ハンマーといった片手で扱える打撃力重視の装備が多い。光野リスペクトでバールのようなものを持つ者もいた。一応、光野がありったけの祈りを込めた弾丸とともに、猟銃や拳銃なども用意してある。


「よし。第一目標はここから北のホームセンター、建材を確保して戻るぞ。余裕があれば第二目標のスーパーで、食料その他も補給。道中、不死者に遭遇すれば都度『救済』を試みる……では二宮にのみや、頼む」


「了解……」


 仲間の一人が前に出て、右手からシャランと鎖を垂らす。その先端には水晶。


「アウル・エファアシーン・ジウラ……」


 祈りの言葉とともに、ぼうっとほのかな光が灯った。


 光術の一種。ダウジングの要領で邪神の眷属――すなわち不死者の気配を探知する技だ。


「先導する……」


「俺は二宮をカバーする。三井みつい四方田よもだは左右を警戒、後藤ごとうはしんがりを」


「あいよ」


「おっけーい」


「わかった」


「光野さんは……えーと、遊撃でお願いします」


 一ノ瀬が遠慮気味に告げると、にっこりと微笑んだ光野がタンッと地を蹴った。


 ふわりと白い衣をはためかせ、重力から解き放たれたかのように空へ。そのまま近くの電柱の上に着地し、トッ、トッと電柱伝いに跳んでいく。ああやって上の方から先行偵察しつつ、基本は一ノ瀬たちに自由行動させるつもりなのだろう。


「やっぱスゲーなあの人……」


 仲間の一人がトントンと手斧で肩を叩きながら、呆れたように言った。


 一ノ瀬たちも身体強化を使えるようにはなったが、その動きはあくまで人間の域を出ない。少なくともあんなスーパーヒーローのようなジャンプは無理だ。


「どれだけ祈りを捧げたら、あそこまで強化できるんだろう」


「並列思考で常に祈りを捧げているって話だ。それに光野さんは、そもそも体鍛えまくってるからな。強化の恩恵もデカいんだろ」


「並列思考かぁ、マジで人外じみてやがる。できる気がしねえ」


「逆に考えろよ。あれが世界の最高峰、到達点だ」


 光野の後ろ姿を眩しそうに見送って、一ノ瀬はにやり笑ってみせる。


「俺たちはそんな人に師事してるんだぜ。ちったぁ成果を見せないとな」


「……そうだな。少しずつ、だが確実に、だ!」


「エファアシーン・ジウラもお喜びになる」


「神よ、御照覧あれ……!」


 祈りを捧げ出す一ノ瀬たち。


「……おい。置いてくぞ……」


 先導しようとしていたダウジング男が、不機嫌そうな声を出した。


「おっと、すまん」


 ここからは極力音を立てずに行く。ハンドサインに切り替え、一ノ瀬たちは一丸となって、廃墟と化した街へ踏み込んだ。

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