第5話

「渡部、ごめん……」

 先生は長く出したカッターの歯を自身の首に当てると、勢いよく横に引いた。

 みんな、何が起こったのか分からなかった。時間が止まったかのように、その場で固まった。先生だけが、首から赤い液体を吐き出させながら、ふらふらと歩いている。

「き……き、やああああー!!」

 最初に声を上げたのは、志村さんだった。至近距離にいた彼女は、真っ赤に濡れた顔を手で覆って泣き叫ぶ。

 志村さんの声に押されたかのように、先生がバタリと前に倒れた。倒れた拍子に、杉下くんにも真っ赤な液体がかかった。グレーのセーターの胸元が、真っ赤に染まった。

「せ、先生!」

「せんせー!」

「き、救急車! 誰か、救急車呼べ!」

 ようやく時間が動き出す。石井くんを初め、何人かが倒れた先生に駆け寄った。杉下くん達は、目の前で倒れた先生を呆然とした顔で見下ろして動かない。

「ぎゃあああああ!!」

 再び悲鳴が上がった。さっきとは比べ物にならないほどの悲痛な叫び声。

「あつい! あついー!!」

「ゆうー!」

「ゆうちゃん!」

「早く、火を!」

 何が起こったのか分からない。倒れた先生に気をとられているうちに、志村さんが火だるまになっていた。志村さんと仲の良かった女子を中心に、志村さんがまとう火を消しにかかるが、火の勢いは一向に衰えない。

 そして、それが始まりだった。

「ぎゃあああ!!」

 次に悲鳴を上げたのは、杉下くん。

「うわー! あついあついあつい!」

 杉下くんの胸が、真っ赤に燃えていた。杉下くんは必死で胸の火を消そうとしているのに、なぜか火の勢いは衰えない。瞬く間に炎に包まれた杉下くんは、地面を転がりながら必死で火を消そうとする。だけど、炎は勢いを増すばかりで、消える気配がない。

「きゃあー!」

「あつい!」

「誰か火を! 消防車呼べ!」

 あちこちから悲鳴と共に、炎が上がる。

 あまりの事態に呆然としていると、すぐ近くでボンッという小さな破裂音がした。見ると、隣に立つうっちゃんのコートの袖が燃えていた。その火はすごい速さでコートを焼き、やがてうっちゃんの全身を炎で包んだ。

「あついあつい! 助けて!」

「なに、これ……」

 あちこちで上がる小さな爆発と悲鳴。よく見ると、その爆発はさっきもらった手紙から起きていた。

 私は慌てて持っていた手紙を捨てた。手紙は爆発することなく地面に落ちて、そこに書かれた文字を見せつける。


『大好き4年4組。みんな仲良し39人』


 このクラスを好きだなんて思ったこと、一度もなかった。

 ただ、好きにならなくちゃと思ってた。必死に良いクラスだと、思い込もうとした。

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