第4話

「先生。いい加減にしてくんない? まさかそんな手紙、信じてないよね? 途中で学校に来なくなった奴のことなんか、信じてないよね?」

「わたしはずっと、4年4組の仲間になりたかった。わたしなりに、がんばってもきました」

 先生は、喚き続ける男子達や恫喝するように詰め寄る杉下くんをちらりとも見ないで、手紙を読み続ける。

「だけどみんなは、わたしを仲間に入れてくれませんでした。わたしは無視されたり、ぶつかられたり、ひどいことを言われて、とても辛かったです」

 きっかけはいつだったんだろう? もしかして、最初からだったのかもしれない。

 体の弱かったまみちゃんは、運動が苦手で、運動会も大縄跳び大会も球技大会も、まともに出させてもらえなかった。休みがちだったせいで、勉強もあまり出来なかった。

『こんな問題も分かんないの?』

『1年生からやり直したら?』

『クラス間違えてるよね? 渡部のクラス、1年4組でしょ?』

『あんたがいると、4年4組の成績が下がるんだよね』

 放課後の勉強会。用事で先生が席を外すと、決まって志村さん達はまみちゃんを囲んで責めた。私は、一度もまみちゃんを助けなかった。私は、必死で勉強していた。私まで、志村さん達に責められないように。


「運動が出来なくても、成績が悪くても、わたしは4年4組です。だけどみんなは、わたしが4年4組にいることを、ゆるしてくれませんでした」

 まみちゃんをみんなで無視するようになったのは、いつからだろう? クラスのみんなに、まみちゃんを無視するように指示したのは、杉下くんだったか志村さんだったか。それももう思い出せない。

 2学期の途中から、まみちゃんは休みがちになって、3学期には学校に来なくなった。

「だからわたしも、みんなをゆるしません。渡部真美子より」

「はあ?」

「なにそれ?」

「言いがかりじゃん」

 みんなの険悪なムードを無視して、先生は手紙を丁寧にたたんで封筒にしまい、それをスーツのポケットに入れた。

「先生。はい、これあげる」

 志村さんが先生に近付いて、小さな紙袋を差し出した。

「女子みんなからのプレゼント」

 みんなからお金を集めて買ったプレゼントをぞんざいに扱われて、ちょっと腹が立つ。

 昔から志村さんは、こういう子だった。巽先生に一番熱を上げていて、1人じゃ恥ずかしいからと周りの子を巻き込んで、バレンタインチョコを贈ろうとした。今回のプレゼントも、きっと志村さんの発案だろう。

「本当は宴会の時に渡すつもりだったけど、そんな気、なくなっちゃったよ。手紙ももらったし、ここで解散しよ」

 志村さんは、百年の恋も冷めたといった感じで言い捨てた。

 この後、居酒屋に移動する予定だったけど、もうそんな雰囲気じゃない。行くとしても、先生を抜いてだろう。

「もう先生と会うことはないと思うから。みんなからの餞別ってことで、あげる」

 志村さんは、紙袋を押し付けるように渡しているのに、先生はそれを受け取ろうとしない。

「知らなかったんだ……」

「何?」

 先生は志村さんを見ようともせず、ぶつぶつと何かを言っている。

「本当に良いクラスだと思ってた……」

「ったく! 10年も前のことで、今更なんなの? さっさと受け取れよ、せんせ!」

 声を荒げる志村さんを前に、先生はおもむろにポケットから何かを取り出した。カチカチと音を立てるそれは、カッターナイフ。

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