第6話 森口の里

森口の里に住みついて十年余、我らの暮らしも落ち着いて来た。

京と大阪を繋ぐ交通の要、頭を使えば飯の種はいくらでもある。なかでも「情報」が金になるなど思いもしなかった。


この里に来た頃、日々の暮らしに疲れ、娘を売ろうとした者がいた。

見かねた主どのが屋敷に引き取り、読み書きや行儀作法を学ばせてから大店に奉公させた。

それを見て暮らしに困った者達が娘を預けたいと言い出した。皆で相談して娘の為の寺子屋を作った。礼儀作法、読み書きや算盤、身を守るための武術等、奉公に出て困らないように教えた。巣立った娘達は気に入られ、奉公先も商家、武家、公家と広がった。

娘達の便りから、人と人の繋がりや金の流れを知る事になる。


初めは他愛のない話から始まった。

奉公先のお嬢様がどこそこの店に嫁に行くことになった。取り持ったのは、どこそこの甲さんで正式な仲人はどこそこの乙さんと言う具合・・・で旦那様が甲さんに鉄砲鍛冶を紹介した。乙さんはどこそこの大名と親しい・・・


他愛ない話も集めて整理すると大きな流れが見えてくる。

この中で裏の取れた話を細川様に伝えた。


天正12年、斉藤利宗様のお口添えで細川様の家臣になった。松井佐渡守様お預かりの形が取られた。利宗様は小牧長久手の戦いで手柄を立て、加藤清正様に召し抱えられた。

ガラシャ様は秀吉様のご意向で大阪屋敷に移された。


我らの網にゲスな話が掛かった。

秀吉様がガラシャ様の腹を借りたいと言われたとか・・・松井様がすぐに動かれた。

一つ、お子を作って頂く、腹に子のいる女人の召し上げは出来ないだろう。 

二つ、妻を黙って取られる男では無いと思い知らせる。

三つ、明智の姫、言いなりになる女では無いと思わせる。

そして、実行された。


庭師を切り捨てた話など・・・松井様は噂で人は死なぬと笑って居られるが・・・

細川様の目となり耳となり、京・大坂の動きを掴む事・・・これが我らの勤めになった。


天正13年(1585年)関白になられた秀吉様は7年後、朝鮮出兵を決められた。

他国への軍役、準備に金がかかり秀次様に黄金200枚(約2億円)用立てて頂いた。

これが細川家を窮地に落とすことになった。

文禄4年(1595年)の豊臣秀次事件である。

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