8日 ショパンを聴く味噌

叔父が死んだそうだ。


叔父ってのはまあ、おかんの弟。

生涯結婚もせず、好きなことだけやって50年生きた男だった。らしい。

なんでこんな伝聞表現ばっかりになってるかというと、他県に住んでた叔父とは交流がなかったからで。葬式も兄姉だけでさくっと済ませた。らしい。


で、先日。

おかんが形見分けだといってオレの部屋に持って来たものがある。


味噌3kg。


は?

は?

意味わかんね。


形見ならもっとこう、他にあるだろ。

てかなんで味噌? しかも3きろぐらむ? 

オレ独り暮らしなんですけど。どうやって食えと。


「手作りなのよそれ、手作り。あの子の趣味だったのよう味噌造り。食べてやってね供養だと思って」

おかんは一方的にしゃべってオレに押しつけると出て行った。

と思うと再びドアを開け、

「あ、その味噌ね。音楽聴かせてやって音楽。遺言なのよ。ええと、しょぱ……しょっぱ」

「ショパンかよ」

「そうそれ。やっぱり適任だわーあんた音楽好きだから」


ちょ、ちょ、ちょっとまってくださいおかーさん。

音楽好きたってクラシックとか聴きませんけどオレ。

ショパンがしょっぱいあんたと同レベルなんですけど?

おかんが去った後、味噌3kgが入ったホーロー容器を前に、オレは呆然と立ち尽くした。


ええと。

ショパンね。

味噌にショパン。意味わかんね。

手作りとか。こっわ。捨てたろか。

捨てたらバケて出るかな。誰が? 叔父キが? 味噌が?


とりあえずユーチューブ……ショパンなんかあったか?

適当に検索してそれらしいピアノ曲を流しっぱにしてみる。

なんかドラマチックな曲が流れてきた。

あ、これゲームで聴いたことあるやつ。


オレが小学生の頃。叔父キと一緒に遊んだ古いゲーム。結構思い出すもんだな。

あの時の叔父キ、いくつだったんだろう。よく遊んでくれたな。

なんて。ひとつ思い出したら芋づる式にいろいろ思い出した。


おい味噌。叔父キの味噌。聴いてるか。

そういや味噌って麹菌使うんだっけ。菌て生き物かな。菌てぐらいだもんな。


とりとめもないことを考えてると、曲が変わった。

「別れの曲」このくらいならオレも知ってる。アニメでも流れてたし。

別れ、か。

そういやオレ、訃報を聞いてもふーんとしか思わなかったな。

だって最近の叔父キ知らんし。実感ないし。


3kg味噌ケースの蓋を開けてみると、プンといい香りがした。

手作りね。結構うまそう。やるじゃん叔父キ。


夕方、オレはトンテキ用の豚肉を買ってきて、味噌を塗りたくって焼いた。

てきとーに探したレシピで一番うまそうだったからだ。

フライパンの中で焼けた味噌は、豚の脂と混じっていい感じに香ばしくなった。

白飯に乗せて食う。味噌の味がしみる。

「美味いな」と呟くと、不意打ちみたいに涙が湧いてきた。

味噌のせいなのか、流しっぱのショパンのせいなのか、わかんね。


叔父キ、もう一緒にゲームできないね。いろいろ忘れてたけど、ありがと。

でもな。


味噌3kgはさすがに多すぎると思うんだわ。








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