聴こえるは美しき音色か醜き和音か

Case5:向井梓 その1

 子どもの頃から私の夢は『世界中の色んな音を聴いてみたい』というものだった。海外の楽器、風景、生活音、日常会話。其処から溢れてくる音を聴いてみたいと思った。

 わたしは音を聴く事が好きだ。色んな音を感じたくて、動画サイトで海外のライブカメラを視聴してみたり、ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response=自律感覚絶頂反応)動画を見て、自分でも海外のお菓子を輸入してチャレンジしてみたりもした。

 でもわたしはそれだけでは満足できなかった。もっと色んな音が、声が聴きたい。その欲求はドンドン強くなっていく。


 ASMRが流行ってから擬似音声が出せるアプリがドンドン登場し、目新しいものを見つけてはダウンロードして満足したら削除するのが日課になっていた。今日もそれらを探し求めてアプリストアを探し回っていたら、変わったアプリを見つける。

 その名も【パーソナルシェア】。

 アプリの説明を見ると、色んなものを共有出来るアプリらしい。すっごくざっくりしている説明だ。普通はSNSの投稿などが共有出来るだけだというのに、“色んなもの”とは一体どんなものなんだろうか。

「もしかして、音とかも共有できたりするのかな?」

 興味本位でパーソナルシェアをスマホへとダウンロードする。パーソナルシェアとシンプルなアイコンが待ち受け画面に表示される。それをタップしてアプリを起動させると、


《【パーソナルシェア】の世界へようこそ! このアプリは様々な事象を共有出来る画期的なアプリです。共有する事象を選んでください》


 またもやシンプルな画面に、何かしら入力する箇所が登場する。どうやら、ここに共有するもの共有させたいものを入力することが出来るみたいだ。入力例なども一切書かれておらず、一体どういった類のものが共有出来るのかが一切わからない。

 まぁ、駄目元で入力してみるかと、わりと広めの記入欄にわたしは文字を入力し始める。


《世界中のありとあらゆる音をわたしの耳で共有したい》


 入力し終わってから、【確認】ボタンをタップすると、


《『世界中のありとあらゆる音をわたしの耳で共有したい』という共有を実行しますか?》


 という表示がされる。下にスクロールしていくと、


《この共有は処理に多くの負荷がかかります。本当に実行しますか?》


 と、メモリがかなりかかるような注意書きさえ表示されたのだ。どんな風に共有されるかは未知数だったけれども、わたしはわたしの耳で世界中の音を共有することができると信じてワクワクしていた。

 わたしは注意書きに了承するチェックを入れてから【OK】ボタンをタップする。すると、暫くのローディングの後に、


《正常に処理が完了しました。それでは、【パーソナルシェア】の世界をお楽しみください》


 と文字が表示された後、アプリがいきなり落ちるかのように終了した。

 スマホに負荷がかかっているのだろうか? 再びパーソナルシェアを起動しようとしても、開くことができなかった。

 アプリを経由して世界中の音を再生してくれるのかと思ったけれども、処理に時間がかかってアプリが起動してくれないのなら本末転倒である。仕方ないとわたしはヘッドフォンをつけて別の音楽アプリを起動させてから世界の民族音楽やクラシック音楽を適度にピックアップしてから再生し、読書に勤しんだ。


 本が中盤のいいところに差し掛かったところで、ピアノの清々しい曲と共に小鳥のさえずりがヘッドフォンから流れ出す。結構わたし好みのいい曲だったので曲名は一体なんだろうと、本に栞を挟んでから閉じ、スマホに目を向ける。すると、


 スマホはなんと曲を一切再生していなかったのだ。


「あれ? おかしいな」

 音楽アプリはピックアップした曲を一通りの再生を終えて、停止していたのだ。

 しかし、ヘッドフォンからはピアノの音がハッキリと聴こえる。ヘッドフォンは無線なのでもしかして誰かの端末から発せられる電波でも感知しているのかもしれないと、ヘッドフォンを取った。

 しかし、まだピアノの音は止まない。

 ここで不思議に思ったのが、ヘッドフォンを装着しても外しても聴こえるピアノの音は一切音量が変わらないことだった。

 何処かのピアノの音が音漏れして聴こえているのであれば、ヘッドフォンをして塞げば微かな音量でしか聞こえないはずだし、ヘッドフォンから聴こえる音であるならば、ヘッドフォンを外せば大音量でもない限り聴こえないはずなのだ。

 それが、音量が一定のまま聴こえるのである。


《世界中のありとあらゆる音をわたしの耳で共有したい》

 わたしはパーソナルシェアで入力した共有項目を思い出す。

 もしかすると、シェアアプリで共有したいと願った聴覚が直接わたしの耳で聴こえるようになっているのかもしれない。

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