その4
クンクンと臭いをたどりながら俺は脚を進める。方角によって腐敗臭がきつくてなかなか歩き気持ちにはなれないけれど、検証のためには致し方ない。吐き気と戦いつつ俺は臭いが強い方向へと歩く。
途中どうしても耐え切れず道端でうずくまって吐き気が治まるのを待つ。そんな光景を目撃して親切に介抱してくれた人もいてくれたが、俺は大丈夫ですと断りを入れながら進む。
「うっわー……」
徒歩で隣町へ入ると、いよいよ臭いが強烈になってくる。臭いしかしないはずなのに、どうしてか臭いに目がやられて若干涙目になる。気持ち悪くなって俺の胃も過剰に動き出して、何だか胃がもたれていく。
コンビニ寄って水かスポーツドリンクでも買おうと周囲を見回すと、其処にパン屋が見えた、その数軒先には花屋、近くには洋食レストランの店も見えた。
俺が香ったことがある匂いの元が並んでいる。きっと、俺の嗅覚を乗っ取った“誰か”がこの辺りに住んでいたんだ。空想だと思っていた考えが線で繋がったような感覚だった。
その近くにコンビニを見つけて店内に入る。
『店長、**ちゃんまた無断欠勤ですか?』
『ごめんよぉ。連絡がつかなくてねぇ』
『もう、これ以上替わりに勤務なんて嫌ですからね。予定もあるし』
『本当にごめんよぉ。今度**ちゃんに言って休み代わって貰うから』
店内はなにやら慌しくバタバタしていた。だけども俺はそんなことお構いなしに水のペットボトルを二本取ってレジへと向かう。若干不機嫌な様子のレジ店員を横目に俺はセルフレジで会計をして、店を出た。
水を飲んでとりあえず胃を落ち着かせ、歩き始める。臭いの元はドンドン強くなっている。きっとゴールは目の前のはずだ。
コンビニから10分ほど歩いて臭いが最もきつい地点へと辿り着く。そこは結構年季の入ったアパートだった。
あれくらいの臭いのきつさだから生ゴミ処理場みたいな場所かと思ったら全く見当違いだった。もしかして違うかもしれないと、念のためアパートから更に歩いて遠のいてみるが、臭いもそれに比例して段々臭いの強さが弱まっていくので(俺の鼻がおかしくなってしまったのかもしれないが)、やっぱり臭いの元はこのアパートだ。
臭いの強さにおえっと吐き気と戦いながらアパートのどの部屋が臭いの元なのかを調べる。傍から見れば不審者そのものなのでひっそりこっそりと行う。
その結果、このアパートの中でも一番臭いが強烈な部屋が二階の202ということがわかった。
さて、問題はこの後だ。
どうやって臭いの原因を確かめるかだ。いきなり部屋に忍び込むのは絶対に不可能。大家さんに問い合わせて開けて貰おうとしたとしてもどうやって説明したらいいか分からないし、そもそもこのアパートに大家さんがいるか同かも分からない。
うーん……、ここまで辿り着いたのに答えがわからないままというのは何だか釈然としない。それに、この臭いから何とか解放されたい。
でも、なんだか答えがわかってしまってはいけないような気もする。
暫く吐き気と戦いながら考えた結果、俺は最終手段に打って出る。
警察に通報だ。スマホを取り出して緊急通報をする。
「すいません。道を歩いて居たらとてつもなく腐った臭いがして気分が悪くなってしまったんですけど、原因を調べていただけませんか?」
当初、通報を受けた警察の人は半信半疑で俺の話を聞いていたが、何とか俺の根気強い話を聞いてくれて、数分後に警官が二人ほど来てくれた。
警官がアパートの大家さんに連絡を取ってくれ、やってきた大家が開口一番に、
「そういえば最近アパートの住人からなんか腐った臭いがするから何とかしてくれって相談を受けましてね。そろそろ見に行かないとなと思っていたところなんですよ。ソレにしても鼻がいいって辛いですねー」
と言っていた。その言葉を受けてようやく警察が納得してくれているようだった。
俺は怪しまれてもいけないので、警察が一軒ずつ確かめながら臭いの元を調べていくのについて行った。やがて、俺が最初に見つけ出した202へと辿り着く。警官が新聞投函口から臭いをかぐとすぐに大家さんに鍵を開けるように促す。促されたまま大家が鍵を開け、扉を開けると、
無数の羽虫が外へと飛び出した。
「うわっ」
夥しい数の虫の塊にその場に居た全員が避ける。何か見てはいけないモノがココにある。そんな予感がする。
警官が二人代表して、部屋の中へと入っていく。その様子を俺と大家さんは玄関から恐る恐る見守っていると、やがて、警官の二人が慌てて部屋から飛び出してきた。
「私たちは署へ連絡してくるので、部屋の中は荒らさないようにしてください!」
そう言って何処かへといってしまった。
部屋の中が見たい……、この臭いの原因を確かめたい……、そういう好奇心が勝った俺は、靴を脱いで部屋の中へと入っていく。
大丈夫。部屋の中さえ荒らさなければいい。少し暗い部屋を注意深く進んでいくと、廊下を抜けた先に大きい黒い影が見える。部屋が薄暗くてナニなのかをよく見ることができない。スマホのライト機能を使ってその影を照らす。それは、
腐乱して若干人の形を崩れだした女性の遺体だった。
「ひぃっ……」
頬に虫も這っているそんなショッキングなものを見て、俺はしりもちをついた。
これが、俺がずっと知りたがっていた匂い・臭いの原因だったのだ。
その事実に俺は震えながら玄関口まで戻って、警察の到着を待つのであった。
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