第59話 どうしましょう1月27日
どうしよう! わたしとしたことがっ! 宿題やるの忘れちゃったぁ。
宿題なんていつも出された瞬間に終わらせるようにしているのに、昨日は野々ちえさんのことを考えていたから、やらなかったんだよね。そのまま寝て起きて学校にきちゃったよぉ。
どんまい。宿題は授業がはじまってからやったって間に合っちゃうんだから。え、漢字の書き取り? 間に合うわけねえ。なんで今どき漢字なんて書かせるのー! タイピング1分間に200文字の九乃カナがなにゆえ手でちまちま漢字書かなくちゃいけないのよぉー! どら焼きにイカの塩辛が入っているくらいおかしくない?
こうなったらパソコンで書いてプリントアウトしてやるー! コピペコピペ!
ぴーーんぽーんぱーーんぽーん♪
「2年3組の究乃カナさん、すぐに職員室へ来てください」
「究乃カナちゃん、なにやったの?」
ホシノユカイちゃんが心配してくれる。ええ子やぁ。職員室に呼び出されることなんてしょっちゅうなんだけどね。
「うーん、わかんないけど、宿題かな」
「提出しなかったの?」
「ううん、ちょっと時代の最先端を行っちゃった感じ?」
「理解のない大人には困ったものね」
「ホント、つぎはわたしたちの時代なのに。いつまでもデカい顔していられると思うなよってね。同窓会で先生に会ったらぶん殴っちゃうかも」
「暴力はダメだよぉ。お年寄りになってるんだし、顔の骨折れちゃったら大変だよ?」
「そっかぁ。じゃあ、つねるくらいにしておこうか」
「そうして」
そんな先まで覚えていられねえ。
やだぁ、国語の京極先生話が長いんだもぉーん。なんで漢字の書き取りの話が祝詞の話になって、古事記の話から日本書紀との関係になって、渡来人の関与とか言って、罰として森博達「日本書紀の謎を解く」(中公新書)を読まされなくちゃいけないのー! 本当に意味わからないんですけどー!
教室に戻るとみんな下校して、夕日の差し込むからっぽの教室はもの悲しさたっぷりだ。ぐすん。
え? 事件の話はどうなったって? ちょっと待って。まだなにも思いついてないの。無駄な話を読まされてうんざりだなんて言われたって、出ないものは出ないの。薬を飲んだってダメ、便秘とちがうんだから。ヤバい薬をやったらすらすらと書けちゃうかも。でも、そんなの読めたものではないでしょ?
野々ちえさんは立ち上がった。胸に左手を当て、右手は前に差し出す。
「生きるべきか、殺すべきか。問題である」
「違いますよね、生きるべきか、死ぬべきかですよね」
わたくしもそんな気がします。
「私は私を殺めてしまった。許されざる罪」
床に崩れ落ち、手をついて体を支える。天へ差し伸べる腕。
もう察したみたいね、坂井令和(れいな)さんもツッコミを入れないし、ほかのみんなも見守るかまえ。
「神よ、神よぉ! 罪深き者に罰をっ!」
罪を認めるのね、野々ちえさん。
今度は立ち上がって、手を軽く開く。
「許す。神は罪深き者をこそ許す」
勝手に許されちゃったよ。というか、神様役までやっちゃダメじゃん。
前にあるものをつかむみたいに手を伸ばして右手のこぶしを握る。胸の前に。
「邪魔なものは排除する!」
ブラック野々ちえさん降臨ですな。右腕を伸ばして今度はぐるんぐるんまわす。
「九乃、死すべし」
いーやー、殺さないで―。もう遅いか。殺されちゃってた。
「くはっ」
手を首にもってゆく。自分の首を絞めているのか、ちがう、苦しんでいるのだ。
「お、おのれ、九乃」
だみ声にかわった。亡霊なの? わたくしの亡霊が野々ちえさんを苦しめているの?
「殺すなら殺せ、さあ! やれっ!!」
顔を突き出し、両手は背後に突っ張る。すごい迫力。わたくしなんて、ごめんなさいと言ってしまいそう。
野々ちえさんの姿勢は首を絞めろと言っているみたい。わたくし全然呪っていないのですけれどね。
でたらめに手足をばたつかせてうしろへ下がり、仰向けに倒れた。
「ぐぉおー。がぁはぁー」
床でもだえ苦しむ野々ちえさん。大丈夫かしら。このまま死んじゃったりしないよね。
身体を起して床に倒れた幻の野々ちえさんの首を絞めにかかる。
「お前が殺したんだっ。苦しめ。苦しめ! もっと! 私の苦しみはこんなものではないぞ!」
髪をばっさばさにして狂乱状態。これってわたくし? わたくしってそんななの?
動きが止まった。床に手をついて立ち上がる。天を仰いで、茫然。神の光が降り注いでいるのかな。
「あの、終わりました?」
「はい」
やり切った感いっぱいの微笑。まぶしい。野々ちえさんがまぶしい。
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