第36話 今日もおしるこ1月4日

 今は灰色の雲が空を覆っているけれど、濃い霧に城が埋もれているなんてことはなく、お城の正面全体が見える。表面が黒ずんでまがまがしい印象だ。

 年季の入った木のドア、磨かれたノッカーを使って人を呼ぶ。執事がドアを開けた。たぶん同一人物だ。前回はランプの明りだったり、照明をつけたときには追いだしたりしてしまってよく顔を見ていなかった。見ていても覚えていなかったと思うけれど。執事に替えはいないだろうから同一人物ってことでよいだろう。フリじゃなくて。

 執事は九乃カナ一行を認識して驚いたようだった。

「こんな美貌の持ち主だと思わなかった?」

「いえ、ハイデ様が亡くなって、どさくさで行方をくらませてしまわれたもので、お戻りになるとは思っていなかったのです」

「そっちね、失礼しちゃう」

「ええ、そっちです」

 重ね重ね失礼な執事。失礼なことをするからシツジってわけではないだろうに。

「今日は現場検証にきたのだ」

 外人風に右手でジェスチャー。よろしいかな?

「警察がきて調べましたから、なにも残っていないと思いますが」

「日本の警察なんてサラリーマン仕事、アテになんかなるもんか」

 悪役が言いそうなセリフになってしまった。ともかく、なかを見させてもらう。ドアに手をかけさらに開ける。執事の横を通ってお城へ侵入した。


 まずは現場である。ハイデの部屋へ。ドアは壊されたままだった。ドアを壊した斧は廊下に飾ってあった。現場へくる前に通りかかって執事が説明した。

「さすがに死体は運び出されているか」

 問題のカーテンがさがっている。うちにあるような2mくらいのカーテンとは違って、高い天井に、窓もフランス窓といったか、ガラスのはまった格子状の窓が床まである。窓の高さは4mといったところ。開けたらテラスがあって中庭に出られる。

 バンザイの格好でカーテンに絡まりぐるぐるとまわる。子供の頃学校の教室で遊んだものだ。カーテンが絞られて手が固定され、もうまわれなくなった。

「無月兄さん、顔の前のカーテンどけてください」

 ぷはあ。カーテンから頭が出た。長さがあまったカーテンは頭の後ろでまとめてうしろに流した。生地が厚くて扱いにくい、余った部分を腕に縛りつけてまとめてしまいたいところだけれど、無理っぽい。美的センスにかける。


 殺してからカーテンに巻きつけるのはむづかしいとわかった。ハイデをナイフで脅しつけながらカーテンでぐるぐる巻きにしたのだろう。カーテンに血がべっとりついているということもない。ぐるぐる巻きにしてから胸を刺した。パンツははいていた、凌辱目的ではない。殺すためにぐるぐるだ。

「鍵は?」

「中からダイヤル状のつまみを回してロックするもので、外から鍵を使ってあけることはできません」

「無理じゃん。無月弟さんが犯人で決まりね」

「そんな、自分はやってません」

 まだシラを切るなら仕方ない。

「カーテンをもどして」

 無月兄さんが首の後ろにまわしたカーテンをもどしてくれた。ぐるぐる逆回転でもどる。おもしれえ。あはははは。

「さて、リアルタイムの読者ならわかっていますよね」

 クローゼットを開けて、服をよける。背板を押すとぱかっと開いた。

「この隠し通路は無月弟さんが使っていた部屋へ通じています」

 九乃カナは頭から突っ込んで隠し通路に出た。すぐに立てるくらい天井が高くなる。通路は1回折り返して階段をあがることで2階の部屋へ出られる。またクローゼットの中だ。

「ほら、ここが無月弟さんが使っていた部屋です」

 クローゼットが開いた。執事が先回りしていた。解説をありがたく聞いていればよいのに。

「ちょっとした冒険で楽しい」

 無月兄さん、のん気だな。弟に嫌疑がかけられているというのに。

 部屋のドアを出て廊下にきた。

「廊下に出たところにメロンパンのカスが落ちていて、この部屋が無月弟さんの部屋だと確定しました。そんなことしなくても、隣の部屋に自分の服やなんかがあったからわかりますけれど」

 九乃カナは体を反転させ背中を見せる。後ろ手を組んで話す。

「でも、服を移動するトリックではないことがわかります。メロンパンのカスなんて、暗い廊下で落ちているのに気づいてわざわざ移動させるなんてことをするとは考えにくい。わたくしの部屋を確定する材料になるなんて思わないだろうし」

 振り返って人差し指を立てる。

「以上により、無月弟さんの部屋であったことは確定です」

「自分がハイデさんを殺す理由がありません」

「そんなこたあ知りませんよ。人がどんな理由でどんなことをするかなんて」

 廊下を女性がやってきて、執事になにごとか話した。

「当家の主人がお会いしたいそうです。ご案内します」


 認知が狂ったみたいな気分。お城の主人は双子で、無月兄さんと無月弟さんも双子。向かい合わせにすわっていて、九乃カナはお誕生日席。ひとつの視界に2ペアも同じ顔があるというのは奇妙なものだ。

 うっすら、お城の主人と言うのは無月兄さんと無月弟さんのことではないかと期待していたけれど、そんな仕掛けではなかったか。となると、本当に無月弟さんがハイデを殺す動機がなくなってしまう。

 いや、無月弟さんは海外留学の経験があって、そこでハイデと出会っていた。偶然迷い込んだお城でクローゼットの奥に隠し通路を見つけ、通路を出たところでかつての恋人ハイデを見つけて驚いてしまった。恋人にしてしまったけれど。

 ハイデもはじめは驚いて声をあげてしまったけれど、無月弟さんだと気づいたのだな。むしろ、ハイデは無月弟さんを追いかけて日本にきたのだ。でも、無月弟さんはハイデが邪魔になって逃げるように帰国したものだから、この際殺してしまえとなった。なんて悲劇なんだ、泣けてくる。

「なんですか、九乃さん。なにかまた危険な妄想をしているんではないでしょうね」

 冷酷な無月弟さんは察しがよかった。

「ハイデがかわいそうで。クララに出会えなかったのですね」

「それはアルプスの少女でしょ。ちがいますよ」

 あれ?

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