第35話 らしくなってきたか、1月3日

 四川風麻婆豆腐は辛くて、ご飯のおかずには辛すぎた。ご飯の味なんてわかりゃしなかった。ご飯をおいしく食べるには辛すぎてはいけないのだな。

 お腹いっぱいなうえに杏仁豆腐がついていて、中華の定食屋ってなぜこんなにサービスがよいのか。中国人食べすぎじゃない? スープにザーサイの小鉢までついていた。胃は満タンなうえに、のどの奥までくるほど詰め込んでしまった。うぇっぷ。胃酸の味がする。


「読者なんだから知っていますよね、ハイデがエロい格好で殺されていたのを」

「エロい格好だったのは、エロい格好で寝ていたからですよね。弟の趣味ってわけではありません」

「そうですかぁ? いいんですけど」

 カーテンに巻きつけて、あの格好は絶対趣味が出ていると思うのだけれど。

「弟が人を殺すとは思えません。きっと別に犯人がいます」

「それならそれで盛り上がるからよいのですけれど、密室ですよ? 無理だと思うなあ」

 密室トリックを考えないといけないではないか。そんなの無理。無月弟さんが犯人で決定! 謎はすべて解けた。

「弟はすみっコぐらしとか、かわいいものが好きな無害な人間です。エロい美女を殺せるわけがありません。自分にはわかります」

 双子だからね。ふむう。よろしい。

「では、無月弟さん以外に犯行が可能だったか、現場検証を行いましょう」

「お願いします。きっと誰かほかにいるはずです」

「たとえば、霧の中のナイフ黒パーカーとか?」

「あっ」

 あ? ということは?

「ごめんなさい」

 やっぱり犯人は無月兄さんだったんかーい! 今度はテーブルに回鍋肉定食が載っている。

「いや、そんなことだろうと思っていましたよ。顔をあげてください。ぷふっ」

 鼻の頭に回鍋肉のタレがついていた。おしぼりで拭いてあげる。世話の焼ける子だ。

「ということは、黒パーカーはすべて無月兄さんと無月弟さんだったわけだ。もしかして崖から落ちた影もそうですか?」

「それはちがいます」

「ちがうんだ。あれは別人か。登場キャラを減らせるかと思ったのに残念」

 崖から落ちた人をあとで考えないといけないのはやっかいだ。


 定食屋を出た。苦しい、食べすぎた。美しすぎるお腹をさする。ピッコロ大魔王が生まれそう。

「無月弟さんを呼んでください。証言を聞く必要があります」

「そうですね、車でくるように言います」

 やってきた車は見覚えがあった。助手席の窓が開く。運転席の顔も、たぶん見覚えがあった。人の顔はおぼえないから、なんとなくね。

「お久しぶりですね、でもないか。お話は聞きましたよ、無月兄さんからね」

「ごめんなさい」

 ぷー。

 さすがは双子。やることは同じね。無月弟さんは下げた頭でクラクションを鳴らしつづける。いや、気づけよ。うるさい。

「無月兄さんは無実を信じているみたいですよ」

「自分は殺していません」

 どっちでもいいんですけどね、事件が解決すれば。むしろ無月弟さんが犯人の方がトリックとか言わなくて済むから楽でよい。自白をお勧めしたい。

「まずは現場を見に行きましょう」

 無月兄さんに仕切られた。主人公は九乃カナだと言いたい。


 九乃カナは後部座席に乗り込み、デカい態度ですわる。満腹で車に乗ったら、そう、眠くなるというもの。九乃カナはうとうとしてしまった。

 突然、覚醒した。

「ちょっと、ストップ!」

 車は急ブレーキで停止した。

「どうしました」

「デザートをおかわりしません?」

 甘味処の前だった。九乃カナはお汁粉を食べた。また苦しくなった。

「杏仁豆腐をあんなに無理して食べたのに、なぜお汁粉をまた食べるなんて言いだしたんですか」

 助手席の方だから、無月兄さんか。体をひねってこちらを見ている。

「リアルでお汁粉食べたもので」

 これはリアルタイム小説なのだ。リアルタイム小説とはなんぞや。


 ナビがついていない車だと言うのに、道に迷うこともなく山の中の道にはいっていった。迷われたら考えたり書いたりするのがメンドクサイから順調に行かなければならない。

 ウィンカーを出して駐車場へ入ってゆく。おお、お城に着いた。

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