第14話 夜食を味わう12月14日
僕は無月ですと言われて九乃カナは、無月ってどの? とつい言いそうになりつつ、待てよ? 無月って誰がいたかなと考え出した。
無月先祖、無月祖父、無月祖母、無月父、無月母、無月叔父、無月叔母、無月伯父、無月伯母、無月兄、無月姉、無月本人、無月弟、無月妹、無月甥、無月姪、無月従妹、無月はとこ、無月また従妹、無月犬、無月猫、無月小鳥。
まだいたかな。無月友人、無月先生、無月他人、無月上司、無月カクヨム仲間、無月ツイッタラー。なかなか国際的。
すごいな無月ファミリー。たぶん財閥。
無月誰かなんてもはや関係ない。無月と言っただけですべてを代表しているようなものだ。
ラーメン屋を出て、また車で走り出した。
「あーあ、お腹いっぱいになったら今度こそ眠くなっちゃった」
「いいですよ、眠ってください」
なんてやさしいんだ、さすが無月財閥、育ちの良さが性格の良さになっている。天使の寝顔で九乃カナは眠りにはいった。
「んがっ」
アホな夢でも見たのか、九乃カナは目を覚ました。峠道を走っているらしく、カーブが続いている。
「ここはどこぉ?」
車は直線の登りに差し掛かって、脇にぽつんとコンビニがあった。寄ってもらった。
車を降りると、体が縦になったせいか、もよおしてきた。トイレ、トイレ。
店内に入ってキレイに磨かれた床をそそと歩く。こんなところにコンビニっておかしいの。ホラーな出来事が起きて、必死に脱出したらコンビニは姿を消していて森の中っていうイメージだ。
じゃーっとトイレを流して、パンコーナーでメロンパン、パックジュースのコーナーでドールのパイナップルジュースを選んだ。ぜいたくに袋に入れてもらった。誰かわたくしの分も節約してくれ。
車が走り出して、パイナップルジュースをちゅーちゅー吸いながら横をみると、首のない人間が運転していたなんてこともなく、あいかわらずパーカー姿の無月さんが運転していた。
外は雨が降り出した。いやあねえ、山の天気って。霧まで出てきて、前方の視界が真っ白に塗りこめられた。こりゃ、峠道だし危険だ。気づいたら下に道路がなくなっていて、ひゅー、どっかーんとなりかねない。
「どうしましょう、といっても停車していても追突されそうですし」
無月さんは身を乗り出して霧の向こうを透視しようと奮闘している。
「ゆっくり進んでください。死ぬときは死ぬんだし。カズキみたいに」
「そうでした。恋人を亡くされたんでしたね」
「まだぜんぜん実感がなくて。カズキの体、消えてなくなっちゃったし」
「あ、どこかに着きましたよ。駐車場があります」
「じゃあ、はいりましょう」
道路から駐車場らしきアプローチの方へ進むことにした。
ゆっくり駐車場の周囲をまわったら、階段がのびているのを発見した。なにか建物にたどり着けそうだ。ナビによると、ってナビついてないや。無月財閥なのにナビついてない車に乗っているんだ。ぜいたくしない、おごらないところが素敵。いや、ナビくらいつけていいと思うけれど。
普段携帯しないスマホを取り出した。逃避するのにスマホくらいはもたないとと思ったけれど、GPSで追跡とか、基地局から位置を特定とかはされたくないから電源を切っていた。電源オン。アンドロイドの表示がぴかーんと現れた。
あいにくGPSは電波を感知してくれないみたい。山だからってことはないだろうから、霧のせいなのだろう。
事前の情報はなにもないけれど、ともかく階段の先に建物があることを期待して車を出た。雨は凶器ってくらい冷たかった。霧雨で、しっとり濡らしてくる。
無月さんのあとを、足元を確かめながら階段をのぼってゆく。
「着きましたよ」
無月さんが止まったから、横にきた。見上げている先をみたら、お城みたいな石造りの建物だった。なんじゃこりゃ。山の中にヨーロッパ中世的なお城。たぶんドイツのノイシュバンシュタイン城をモデルに田舎の大富豪が気まぐれに作らせたのだろう。
濡れて突っ立っていても仕方ない。玄関へ向かい、ノッカーでドアを叩く。ノッカーって。本当にタイムスリップ・アンド・テレポートでもしたみたいだ。
予想どおりというべきか。50がらみの身なりのしっかりした執事がランプをさげて、開いたドアからあらわれた。顔は暗くてよく見えない。
手首はほそくて骨ばっている。手の甲は指の付け根に向かって広がっていて形がよい。指はランプをもっているからよくわからなかった。
「おやおや、今夜は霧が濃いのですなあ」
「はい、車を走らせるのが危険なもので、すこしこちらで休ませてもらえませんか」
「あなたの手は形がよい」
無月さんと執事さんがこちらを見つめてくる。恥ずかしくなっちゃう。
「お部屋ならいくらでもありますから、どうぞお休みください。ご案内します」
執事さんはドアの内へ引き下がった。九乃カナたちはドアをはいり、照明のひとつもともっていない城の中を執事のもつランプだけを頼りに歩き出した。
カーペット敷きの階段をあがって二階の廊下を進む。滑って進んでいるかのようななめらかな歩行の執事が止まった。
「こちらの部屋と、この隣の部屋をお使いください。鍵は内側からしか掛けられませんが、ご不便はないことと存じます」
白手袋をした手が部屋のドアを示した。
「ありがとうございます。お世話になります」
九乃カナは微笑んだ。執事さんへの報酬のつもり。
「明朝は食事の支度ができましたらお呼びにあがります」
「それは助かります」
育ちのよさげな無月さんは頭をさげた。
九乃カナはドアを開け、ノブに手をかけた状態で無月さんを確認した。ちゃんといた。同じようにドアを開けたところだった。
「そういえば、なぜあのときタイミングよく公園にいたのですか」
鉄パイプ・パーカーがあらわれたと思ったら、無月さんがすぐに駆けつけてくれた。
「リアルタイムの読者なので」
「あら、恥ずかしい。おやすみなさい」
「なにかあったら、すぐにドアを叩いてください。いつでもかまわないので」
無月さんにも微笑みを与え、九乃カナは部屋へはいってドアをロックした。
ベッドに化粧台、テーブルにチェア、洋風なお部屋だった。さすがに照明はついていて、壁をさぐったらスイッチが見つかった。お城だけれど、そこは現代的。
カーテンが開いていた。窓へ寄り外に目を向けても、暗黒が溶けているだけだった。カーテンをまとめていたベルトを一方はずして、カーテンを閉めた。
テーブルの席についてメロンパンを食すことにした。コンビニで買ったやつだ。
「メロンパン、ぱっさぱさじゃねえか」
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