第10話 崖に立って12月10日
波が崖に砕ける。九乃カナの耳には轟音に感じられる。神経が研ぎ澄まされている。
しゃがみ込んだ足を踏ん張って前方に飛び込んだ。ミカンの体を越えてゆく。逆さまの世界に影、月光を白く反射するものを手に持っていた。
手をつき、背中で地面を転がる。感じる遠心力が不快だ。勢いを使って中腰で立ちあがった。体を反転、影に対峙する。
「あなたは」
逆光となった影の姿は、やっぱり影だった。
「誰?」
目を凝らしてもわからない。
「お前にはわからないさ」
神経質そうな声だ。
「なぜミカンを狙ったの」
「くっくっく、九乃カナが動揺する姿を眺めて楽しむために決まっている」
ゆっくりと刃物を体の前にかまえ、手首の角度を変える。
自分の足がふるえているのがわかった。
ミカンはお父さんに稽古をつけてもらって格闘技におぼえがあった。なのにこのありさまってことは、できるな。
九乃カナは体を動かすのを嫌って関わらないようにした。
でもね、こういうのは格闘技とか、問題ではないのだよ。武者震いがおさまる。
「怒り狂うの間違いだったみたいね」
素早いモーションで石を投げつける。さっき転がったときに拾っておいた。
間合いを詰めて蹴り、ついでに地面から石を拾いあげる。蹴りの合間に石を投げつける。
九乃カナはこどもの頃(今でも14歳)ガキ大将的存在であった。ガキ大将ではないけれど。ケンカはしょっちゅう、いつも母にしかられていた。向こうが悪いと言っても、相手がボロボロになって泣いていたら、そりゃしかられるというもの。
怒りと冷静、ふたつを同居させないといけない。怒りによって手加減と言うリミッターをはずす。冷静でないと周りが見えなくなってつまらないことで逆転される。
影は手で石を防ぎ、蹴りはよけたり、ナイフで牽制したりする。
優勢に戦いを進め調子に乗っていたかもしれない。蹴りを繰り出したとき軸足が石に乗り石が転がったものだから体勢を崩した。崩れた体勢に体が反射的に反応する。蹴りだした足はさらに力強く蹴りだされ、胸を狙っていたものだからモロに蹴りがキマった。
おっとっと。
大股開きで体勢をもち直して体を立てた九乃カナは見てしまった。
影は両手をグルグルまわして滑稽だったけれど、うしろに倒れてゆき、崖から落ちた。
「ええー!」
落ちないように気をつけながら崖の下をのぞき込む。幸い大きな岩に死体がのっているという惨状を目にすることはなかった。
波のあいだに岩がいくつも頭を出していて、これって助からないんじゃ。いやいや、たぶん大丈夫でしょ。
振り返ると、岬の上にミカンが転がっている。
「ミカン!」
ミカンの手首にある腕時計を見る。12時を過ぎていたけれど、到着したときはたぶん12時前だった。
「うう、さむっ」
「ミカン、生きてるの?」
「生きてなかったらしゃべらないでしょ」
「ゾンビとか」
「いや、それフィクションだから」
ミカンを抱きしめる。今は生きた人間のやわらかさとあたたかさを感じることができた。力が抜けてミカンとともに地面に倒れ込んだ。
「どうしたの、お姉ちゃん」
「安心したら力が抜けたみたい。死んじゃったら取り戻せないんだから、怖かったんだよ」
「ここどこ? なんでこんなところで寝てたの?」
「誰かに襲われて気を失ってたんだね。誰か覚えてないの? ミカン」
「うーん、襲われたかな。そんなおぼえないけど」
「とにかく、救急車と警察」
ミカンはきょろきょろする。
「どうしたの?」
「わたしのバッグは? ケータイ鳴らして」
「ケータイはもちあるかないから」
「つかえねえ」
さっきのは誰だったんだろ。
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