ああ、やっぱりフラグが立っていた。

 夕焼けが完全に地平へ沈んでいく。

 王都シルバニオンからシドリック学園に帰る途中。

 急に小竜車が止まった。


「おら! 全員出てこい! 小僧ども!」


 ドスの聞いた大声が車内の中まで響いてきた。


 俺は肩に乗っている妖精化したガオンを目を合わせた。


 やっぱり。あのときから狙われていたか。


 昼になる前の観光途中で、裏路地から覗いていた不審者たち。


「はぁ……」


 シャルティがため息をついた。


「やれやれ、やっぱりフラグが立っていたようだね」

 アラタがメガネのブリッジを抑えて立ち上がった。

「そのようですね。やれやれです」

 シャルティがため息をついた。

「二人とも気がついていたのか?」


「ええまあ」「もちろん気づいていたさ」


 二人とも俺と同じ出来がついていたのか。街中でちらちらと俺たちを隠れながら見ていたやつらを。


「出ようか」


 俺たちはアラタの声に従って外に出ることにした。


 予想通り。松明を持った傭兵たち……強盗団に囲まれていた。


 ざっとした人数は、暗くなってしまったため把握できない。二十人か三十人弱かな?


「全財産、持ち物、竜車も竜も取り上げだ! あとその学生服もだ! 高く売れるからな! てめえらは裸で帰りな!」


「ほほう、命までは取らない。ってことなんだね。ずいぶんと優しい事で」


「じゃあお望みどおり命ももらっていこうか? 女も連れて行け!」


 アラタの挑発めいた言葉も、強盗団の下卑た笑いでかき消された。


「まだ入学して日が浅いとはいえ、僕たちは誇りと伝統のあるシドリック学園の生徒だ。残念だけど一銭たりとも渡す気はないね」


「ほほう、ご立派な学生さんだこりゃ! じゃあ、学園様の外の事を、俺たちが世知辛く教えてやるぜ!」


 暗くてよく分からないが、松明を持った男はそれなりに巨漢で、背中には体格に負けないほどの大剣を背負っていた。


「やれやれですわ。せっかく気持ち良く帰れると思っていたのに……」


 呆れ顔のシャルティがぼやいた。


「見方を変えれば、今日のオチ所、シメとしては良い所じゃないかな?」


 この二人、息が合いすぎだな。ほんともう付き合ってしまえ。


「どうしよう? マモル」

「あー……」


 アスカが怯えて俺の背後に隠れている。


 俺は頭をガリガリとかいて、事の成り行きを見守った。


 ぶっちゃけ、俺が何をするでも無し、アラタとシャルティが進めてくれる。


 まったく楽な友人を持ったものだ。


「言っとくがな! 俺たちは傭兵もやってればモンスターも散々と戦ってきたんだ! たかが召喚獣の一匹二匹、五匹でも負ける道理がねえ!」


 まったく馬鹿らしいとシャルティが嘆息し、アラタと目を合わせる。アラタがこくりと頷いた。


「では、アルフレッド。少し脅かして差し上げなさい」


 竜車の手綱から手を離し、燕尾服を着たアルフレッドさんが竜車から降りる。


「へえ、使用人のニイチャンが、俺たちをたった一人でどうにかできるって分けかい?」


 そんな言葉も意に返さず。アルフレッドさんは目をカッと見開き、全身から閃光を放って擬人化の状態から元の姿に戻った。


 ガアアアアアアアアアアアアア!


 見上げるほどに高く、巨大な白い竜。ホーリードラゴンの姿が現れた。


「な、ドラゴンだと!」


 そりゃまあ、傭兵でもびっくりするだろうなあ。車を引く小さい竜とかじゃなくて、伝説の何か的な、絵本にでも出てきそうな本物のドラゴンだしな。


「出番だよ、僕の小鳥さんたち」


 アラタも片腕を上げて、小獣化していたハーピィたちに命じる。


「ハーピィが三体も……」


 人間の弱点、頭上から存分に攻撃が出来るモンスターとは、あまり戦ったことが無いだろう。それが三体も。さすがに怖気づいてもおかしくない。


 そんでもって――


「私も相手になろう」


 妖精化から元の姿になったガオンが腕を組んで現れた。

 そして強盗団たちは――


「「「何だお前はあああああああああ!」」」


 その場にいる全員でガオンにツッコミを入れた。


 そらそうだろう。こうなるわな。妖精化で小さくなっていて、今までいなかったかのような筋肉ゴリゴリのマッチョのおっさんが、この強盗団にとっては突然現れたと見えてもおかしくはない。


「何だこの急に現れたおっさんは! 召喚獣じゃねえだろ! 今までどこにいた!」


「私は妖精のガオンである」


「こんなゴリマッチョの厳つい妖精がいてたまるか!」


 だよね。これが普通の反応だよな。俺学園で、なんでこんなおっさん引き連れてたんだろう……。


 にょきっ


 ガオンが背中から虹色に輝く妖精の羽根を見せた。

「ほれ、これが私が妖精である証拠だ」


「ええええ、俺たちこんな筋肉だるまの、全裸のおっさんをフェアリーって認めないといけないの……」


 心中お察しします。


 というか、これが一般的な認識。皮肉にも強盗団のほうが、むしろ一般常識の目線を持っていて、その感想のほうが当たりまえなのだろう。


「私のこの筋肉を見ても、素晴らしすぎて認知できないとは。悲しい視野よのう……」


「いや、お前の存在自体を認めたくないんだよ」


「筋肉イコール私。私イコール筋肉ではないか? マモルこそ何を言っている?」


「あーくっそ、自覚してやがる。ぐうの音もでねえ」


「それと一つ訂正してもらおうか。私は全裸ではない!」


 え? そこを頑なに訂正を求めるの?


「ほれ、私はちゃんとパンツを履いている! 全裸ではない!」


「ほぼ百パーセント全裸じゃねえか! 細いパンツだけで、隠す所隠せばいいってもんじゃねえだろ!」


 うんうん、強盗団さんたちの気持ちが分かる。悲しいぐらいに……。


「何を言うか! パンツこそ最強最後の防具である! なぜなら! これが破けてしまったら……なんなこう、アレ的にまずいじゃないか!」


「たしかに絵面として最悪だなオイ!」


 ちょっとメタい発言やめてくれないか?


「だが、ただの筋肉のおっさんってだけだ。そうだよな! それ以外何も無いよな!」


 あ、強盗団さんたちがちょっと強気になろうとしてる。


「ああそうだとも! 筋肉の私は筋肉しか持たぬ!」


「ああそうかい! 行くぞ野郎共!」


 おおおおお! とガオンに向かって剣を振り上げ、三人がかりの同時攻撃を食らわせる。


 ガキィ!


 その正面三方向から放った刃は、ガオンの肌に当たって……そのまま止まった。


 ガオンが両鎖骨を狙った二本の剣を掴んだ。


「畳み掛け方として、まず相手の頭部を狙いつつ、鎖骨も狙うのは、さすが傭兵崩れの連携といった所か。だがこのようなボロボロの金属の塊りでは。この私の骨や筋肉どころか、皮膚すらも断てない」


 バキッ! バキィン!


 ガオンが素手で、使い込まれてくたびれた剣を握り潰した。


 剣を砕かれた二人、ガオンの額に剣を振り下ろした一人が、軽くジャンプするように後退した。


「さあて、それでは始めようか」


 ガオンが腕をぐるぐる回し始めた。


 アラタが腰のホルダーからカード型のスクロールを取り出した。


 シャルティがふふんと鼻を鳴らして、ホーリードラゴンに命じた。


「さあみなさん! やっておしまいなさい!」


 シャルティの声が引き金になって、ホーリードラゴン、ハーピィたち、そしてガオンが暴れだした。


「アイシクルバインド!」


 アラタがスクロールからさっそく氷の魔術を発動し、強盗団の脚を凍らせて封じた。


「アルフレッド! ホーリーブレス!」


 ホーリードラゴンが光熱の白い炎を強盗団たちに放った。


「では私も、ホムーラン! パーンチ!」


 あ、ガオンがちょっと噛んだ。ホームランだろ?


 その通りに、ガオンの大降りのパンチで、強盗団の一人が夜空の彼方へぶっ飛んでいった。


 後はもう、乱痴気騒ぎにしっちゃかめっちゃかだった。


 ドラゴンの炎に巻かれて、あっちこっちに逃げ回る強盗団。

 脚を封じられ、動けない強盗団の一群へ、上空からハーピィたちの鞭が乱舞。

 ガオンの筋肉パンチで、面白いほどに次々と彼方へと吹っ飛んでいく強盗団たち。

 もう、逃げろ! とか撤退だ! とかを言わせぬほどの猛攻。


 ……相手が悪かったな。


 そう思って、心の中で強盗団たちへ合掌する。


 この騒ぎが終わった頃には、しんと静まり返るぐらいに、傭兵崩れの強盗団たちの倒れた姿が累々としていた。


「ま、僕たちはさすがに人殺しまではしないよ」


「そうね、二度とこんな事をしなければ、命までは取りませんわ。むしろいりません」


 完全勝利で誇るアラタとシャルティ。


「うわあ……すごい」


 アスカがこの光景を見て圧倒された顔をしている。


「シドリック学園の召喚獣を舐めないで欲しいわ、まったく」


「ケンカを売った相手が悪かったね」


 そう言って、ホーリードラゴンに擬人化、アルフレッドの姿に戻るようにシャルティが命じた。


「さて、この辺にして帰りましょうか」

「そうだね」


 アラタとシャルティが小竜車へ乗り込む。


「可哀想に……相手が筋肉でなければもっと善戦も出来ただろう。だが、これもまた強盗という因果応報だ。悪いことは出来ぬもの、それが世の理である」


「お前は妖精化しろよ。小竜車に入れないんだから」

「おっと、これは失礼」


 小竜車が、ズタボロになった強盗団を無視するがごとく発進した。


 そうして俺たちの異世界観光は終り、無事に帰路に着いたのだった。

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