その男の名は――

「お前が小野寺マモルと、その召喚獣のガオンだな」

 銀縁メガネで、すらっとした体格の男子。


 誰だコイツ?


「入学式初日で、Aクラスの生徒のドラゴンを倒した。事実か?」


 なんだ? 腕を組んでいきなり上から目線。少しイラっとした。


 よし、めんどくさいから無視しよう。


「異世界の料理は別にして、やっぱり日本食食べようぜ。鮭の定食が良いな」

「そうだね、やっぱお米があると何かほっとするよ」


 すたすたと変な男の脇をすり抜けて通る。


 ズサササ――


「待ちたまえ!」


 素早い足取りで移動し、また目の前に立った。


「米とは何だ? マモルよ」

「米、お米。白米とも言うんだが、食べるとパンよりも力がつくぜ」

「ほほう、それは楽しみだ」


 ズササササ――


「だから待ちたまえと言っているだろう!」


「ガオンだったら、カツ丼がいいんじゃねえかな? ポークズテーキサイズの肉を衣で揚げて、とろとろ卵と一緒に白米の上に乗っているんだ」


「それは美味そうだ! ハハハハハハ!」


「お願いです待ってください」


 何だよまったく、しつこいなあ……。


「何か用か?」


 さすがに二回もスルーされれば低姿勢にもなるか。一応聞いてやる。


 すると、その男子生徒は背筋を伸ばしキリッとして、銀縁メガネのブリッジを指であてながら……やたらカッコつけたポーズで言ってきた。


「小野寺マモル。君に召喚獣バトルを申し込む!」

「断る。じゃーなー」


 一言で切り捨てて去ろうとする。


 と、今度は俺の腕を掴んで引き止めてきた。


 うっとおしいなあ。


「君は僕とのバトルを断ると言うのか!」

「うん、断る」


 断る理由は、まずこっちに何の利益も無いことだ。ぶっちゃけ召還獣バトル、試合をするなんてやる気もないし意味すらも見出せない。


 あと、めんどくさい。超めんどくさい。


 さらにはただでも目立つ最強筋肉が近くにいるのに、これ以上目立つようなマネはしたくない。


「男だったら、バトルに燃えるのが普通だろう!」

「あー……」


 クールぶった物腰の割には、ゲーム脳だったのか。


 召喚獣を手に入れたのだから、戦ってナンボで当然。と……。


 とりあえず、このゲーム脳を論破しておくか。


「あのさ、召喚獣って言っても、ゲームのモンスターじゃないんだ。この世界ではちゃんとした生き物なんだよ。それを無理矢理戦わせてどーすんだ? 勘違いするなよ、俺たちはこの学園で、召喚獣というれっきとした生き物と、パートオナーシップを持って育てたり付き合っていくんだ。そこに戦闘にばかり扱うというのはナンセンスだ」


「マモルもまっとうな事考えてたんだね。私のキュアラちゃんは戦闘向きじゃないからあまり戦いたくないかな」


 さらにアスカも賛同してくれた。さらには自分の召喚獣のピクシーはアスカのロングヘアーにずっと隠れている。


「…………」


 男子生徒が黙ったまま、何も言い返せなくなっていた。

 ざまあみろ。


「そういうわけだ、じゃあな」


 俺はつかまれた腕を振りほどいて、アスカとガオンと一緒に食堂棟へ向かった。


「名前も知らない少年よ、我が主の考えだ。せっかくの申し出だが、召喚獣である以上、私も従わねばならぬ。すまぬな」


 さりげにガオンがフォローして、俺たちはその男子学生を残して食堂棟へ向かう。


「俺の名は!」


 背後から叫び声が聞こえてくる。


「僕の名は荒熊新太(アラタ)だ! 覚えておけ!」


 はいはい、後で忘れますよっと。


「……マモルよ。正直私は別に闘っても構わないのだがな?」


「馬鹿言うなよ。めんどくさい。それにあんな生き物をゲームの駒のように扱うのは反対だ」


「ふむう……マモル、お前はなんと言うか……」

「何だよ? いくら強くても主である俺には、あんまり逆らえないだろ?」

「いやあ、そうではなく。まあいいか……」


 何かを言いたそうな雰囲気のガオンだったが。


「カツ丼、美味いぞ」


「分かった、マモルよ。従おう」


 今後の学生生活を過ごすとしてはあまり目立たず角を作らず。


「平和が一番だ」


 その一言が効いたのか、ガオンはこれ以上追求しては来なかった。



 学食棟というだけに、二階三階と、棟になっている食堂の建物。


 俺たちの世界の料理以外にも、豊富な異世界のメニューたち。それらを一気に出すには、これくらいの規模にもなるだろう。中も生徒でごった返していた。


 俺たちの世界、とりわけ日本食コーナーは二階の端っこにあった。


 俺は鮭定食。白米に味噌汁に焼き鮭おしんこ。アスカも同じものを選んだ。ガオンは楽しみだったのだろう、カツ丼を二つも頼んだ。


 さすがに日本人は少なめなのだろうか、窓際の日当たりの良い所に空きスペースがあった。俺たちはそこに座る。


 と――


「ちょっと失礼」


 俺と向かい合わせで座ろうとしたアスカに、いきなり横槍が入ってきた。


 俺の向かいにのテーブルに、シチューとパンとサラダの乗ったトレーが置かれる。


 そしてむすっとした顔でこちらを睨んで、その女子生徒は座った。


「…………」


 金髪碧眼。そして高飛車な雰囲気。名前はええと……。


「君、シャルシャル……なんだっけ?」


「シャルティ・シャルレットよ!」


 昨日の入学式で試合会場で大暴れしていた、ホーリードラゴンを召喚獣にした女子生徒だった。


「何か用?」

「……別に」


 そう言って、不機嫌な顔でスプーンでシチューを口に入れた。


 俺はざっと推察して口に出した。


「素質がトップばかりのAクラス。入学式初日でSSRのホーリードラゴンを手に入れて調子に乗り、試合場で大暴れ……一気に他の生徒と格が違う所を見せ付けようとしたけど、Eクラスの俺の筋肉魔人のガオンにあっさりやられて大恥をかいてやらかしてしまい、友達作りに失敗して孤立した」


 まぁ、そんな所かな。


 おおむねその通りだったのだろう、銀のスプーンが変形しそうなほどに力を入れて奥歯をかみ締めていた。


「当たり、か……くっだんねえ。文句があるなら適当に聞き流すから、吐いてどうぞ」


 緊張の意図が張り詰める。アスカが音を立てずにそっとシャルティの隣に座った。


「く、悔しいけれども、受け入れるしかありませんわ」


「ほう、意外と素直だな」


「現実を受け止めなければ、前へは進めません」


 どうやら感情に突っ走る馬鹿ではないようだ。


「それが無難だね」

「…………」


 俺をじっと睨むシャルティ。俺は鮭の身と箸でほぐして口に入れた。この塩気が白米へ箸を進ませるんだよなあ。


「どうやったら、そんな強い召喚獣を手に入れたのかしら?」


「さあ? 知らんよ。強いて事実を言うなら、四千九百九十九分の一を偶然にも引き当てた。としか言いようがない」


 ところで、俺の隣に座っているガオンはいつまで手を合わせてぶつぶつ言ってるんだろうか?


「ガオン、速く食べないと冷めるぞ」


「命よ、豚よ、肉よ、良くぞ私の前に現れてくれた。その儚くも尊き命、しっかりと血肉にさせていただく……筋肉の神に誓って、正しく筋肉に変える事をここに約束する」


「……お前、物を食べる時はいつもそうするのか?」


「筋肉家としては、家畜には最大の感謝せねばならぬ」


「ああ、そう……」


 ガオンによそ見をしてみたが。シャルティの視線で無駄な緊張が走る中、黙々と昼食をとる。


 そのせいもあって、食べ終わるまで俺たちは終始無言でいる状態になった。


 食べ終わったシャルティががばりと立ち上がる。


 そして「ふん!」と鼻を鳴らしてからになった食器とトレーを持って去っていった。


「……結局なんだったんだ、アイツ?」


 俺の言葉に、ガオンとアスカはため息をついて首を振った。


「何だよ、二人して」


「マモルは鈍い様子だのう……」


「本当ね……」


 何だよ? 一体なんだったんだよ。


 二人はもう一度こちらの顔を見て、同時にまたため息をついた。


 ……だから何なんだよ?

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