第21話   久しぶりの出勤

 ☆

 いつもより早い電車に乗ったが、やはり混んでいる。大地君がわたしを端に寄せて、潰されないように囲ってくれている。

 駅に到着すると、わたしの手を引いて、電車から降りた。



「毎朝、この混雑にはウンザリする」


「そうね。どこから人が湧いてくるのかしら?」



 電車から降りると、手を放してくれた。

 初めて並んで歩いて行く。



「こんなふうに並んで歩ける日が来るなんて思ってもみなかったよ」


「こんなふうに並んで歩いて大丈夫かしら?大地君の取り巻きに、視線だけで殺されそうな気がするわ」


「まあ、大騒ぎはされるだろうな。でも入籍も済ませたんだ、誰も口は挟めないさ」


「だといいけれど」



 まだ人の少ない会社の中に入っていく。



「社長室に行くから、付いてきて」


「うん」



 わたしは髪をいつもと同じようにお団子にして頭の上で留めている。


 エレベーターで7階のフロアーに降り立つと、まだ受付嬢は来ていなかった。


 受付を素通りして、大地君は扉をノックして、返事を聞く前に開けた。



「おはようございます。松永さん」


「ああ、おはよう、大地。ノックをしたら、返事があるまで待つのが礼儀だぞ」


「うんまあ、そうなんだけどさ。松永さんに紹介したい人がいて」


「おお、嫁か。ほれ、紹介しろ」



 社長は急いで背広の上着を着た。



「花菜ちゃん、入って」


「失礼します」



 わたしは、開けられた扉から、室内に入った。大地君が扉を閉める。



「入籍したから、若瀬花菜ちゃんです。めっちゃ可愛いでしょ?」


「大地が4年前に逃した女の子だな?」


「そう。やっと手に入れたんだ」



 愛おしげに言いながら、社長の前でわたしを背後から抱きしめた。



「河村に騙されていたんだ。あの野郎どうしてやろうか?」


「大地の好きなように処分しても構わんぞ」


「取り敢えず、倉庫管理室に移動させて。で、その間に、兄ちゃんに裁判してもらうから、きっちり仕返ししてやらなきゃ、ついでに村上も処分だな。あの二人は連んでる。結婚していても浮気の常習犯だ」


「そうなの?」


「今年のターゲットは、山下明美さんだ。花菜ちゃんほどじゃないけど、今年は彼女が一番目立っていた。たぶん、河村は彼女のマンションに転がり込んでいるだろう」


「大地、浮気の常習犯じゃ転属移動は無理だぞ。証拠がないからな」



 社長が暴走する大地君を止める。


 確かに証拠がないから確定する事はできないだろう。


 大地君、すごい!


 いったい何者?


 大地君の一言で人事が動く。



「花菜ちゃんは小次郎爺ちゃんの孫なんだ。あまり似てないけど、小次郎爺ちゃんは花菜ちゃんを溺愛している」


「ほう、そういう縁で結ばれたか?」


「俺、小次郎爺ちゃんの家に住んでるから、花菜ちゃんも住むところがなくて、小次郎爺ちゃんの家に来たんだ」


「小次郎爺さんは、元気か?」


「あいにく、怪我をして、今、入院している」


「そうか、後で病院を教えてくれ、見舞いに行ってくる」


「分かった。ラインで送ってもいいのか?」


「それでいいぞ」



 二人は同い年の友人のような口調で、お爺ちゃんの話を始めて、スマホを出して大地君が病院名と病室番号を送った。


 すぐに社長のスマホが鳴った。


 開いて確認している。



「今月末にリハビリ病院に転院するらしい。それまでに行ってやって」


「ああ、わかった」



 やっぱり釣り仲間最強!



「それで大地、村上の愛人は見当が付いているのか?」


「今年の新人で、遠藤有紀だな。会社でもイチャイチャしてる。帰りも一緒に帰っている。村上の家の方向ではない路線に乗っていくから、遠藤の家に行っているんだろうな?ホテルだとお金掛かるから節約じゃないかな?」


「それはいかん」


「そうだろう?新人に手を出す奴は放っておけないぞ」


「村上は出向だ。すぐに辞令を書こう」



 社長はPCに向かうと辞令を作成し始めた。



「どこからそんな情報を仕入れているの?」



 わたしは不思議すぎて、大地君を振り返る。


 間近に顔があって、ドキドキする。



「見かけるのと、女の子たちの噂もあるかな。女の子たちの観察力はなかなか的確に当ててくる」


「なるほど」



 それで嫌がっていても、女子達に囲まれているのね?



「花菜ちゃんを捕まえたから。その情報網は捨てる。俺は花菜ちゃん一筋で行くから」


「大地は一途だ、花菜さん、大地を頼むぞ」


「はい」


「それで結婚式はいつ挙げるんだ?」


「結婚式、お金が掛かるからしないでおこうかと思ってる。花菜ちゃんが記念の写真だけ写したいって言うから写真だけでいいかと思っているんだ」


「それはいかん。年寄りの楽しみを奪ったらいかん。ホテル経営をしていた爺がいただろう?あいつに連絡したらどうだ?」


「いや、でもお金が掛かることには変わらないから。俺の給料薄給だからさ」



 社長が眉間に皺を作り、なにやら考え出した。



「大地に辞令だ。社長補佐に任命する。そろそろこの仕事も覚えてもらわなくては、わしもいつぽっくり逝くか分からん年齢になってきたからな」


「謹んでお受けします。これからは花菜ちゃんを養いたいんだ。家も建てたいし。土地は小次郎爺ちゃんが提供してくれたから、上物だけになったけど。気に入った家を作りたいんだ」



 大地君は夢を語る。



「大地の夢の家の話は何度も聞いた。仲間達と集まって伝を探してやろう」



 始業時間間際まで、社長室で雑談をして、わたしと大地君は営業部のフロアーに入った。



「おはようございます。長くお休みをいただき、ご迷惑をかけました」


「社長命令の出張だったんでしょ?むしろお疲れ様だよ」



 隣の席の水野さんが労ってくれた。


 そういえば、そういう設定だったなと思い出した。


 河村先輩がわたしを見ている。見ていると言うより睨んでいる。



「蒼井、少し話がある」


「でも、もう時間です」



 部長が立ち上がり、朝礼が始まった。



「皆、おはよう」


「おはようございます」



 部署の皆が返事をする。



「まず、連絡事項だ。辞令が出た。若瀬大地、今日付で社長補佐に任命する」



 部長の声が、震えている。



「はい」 



 大地君は部長の前まで行くと、辞令を受け取った。

 皆が拍手をしている。

 大地君の取り巻きは悲鳴を上げている。

 すごい人気だ。

 わたしは拍手をしながら呆然とスーツ姿の大地君に見とれた。

 3着1万円のズボンの裾が破けたスーツ姿でも、すごく格好いい。

 もうこのフロアーで見かけることはなくなるんだと思うと寂しく思う。



「次の辞令、河村武史、倉庫管理室に移動を命じる」



 辺りがシーンと静まりかえった。

 河村先輩がわたしを睨んでいる。わたしはすぐに視線を逸らした。



「河村、辞令を受け取りに来なさい」


 

 河村先輩は、椅子を蹴っ飛ばすように立ち上がると、部長の前に歩いて行って、片手で辞令を受け取ると、席に戻ってきた。


 山下明美が心配そうに見ているけれど、河村は明美を見ていなかった。ただ怒りで、周りが見えていない。



「村上仁志、墨田鉄工所へ出向を命じる」



 村上が目を見開いた。



「なんで?」


「墨田鉄工所は、上得意先だ。人手が足りないらしい。しばらく手伝うようにとの事だ」



 村上は立ち上がると、辞令をやはり片手で受け取り、呆然と席に戻って来た。

 わたしは遠藤有紀を見た、彼女も呆然としている。次第に涙を浮かべてハンカチで目元を拭っている。

 やはり二人は付き合っていたのだと思った。

 大地君すごい観察力だ。



「1班から特に人が減る。引き継ぎを早めにして部署異動をしてください」



 部長は連絡事項を告げると、椅子に座り書類を出し考え込んだ。

 営業部から一気に人が出て行くので、どうしたら上手く回るのか考えているのだろう。



「若瀬君、少し来てくれるか?」

「はい」



 大地君は部長に呼ばれ、書類を持って会議室に移動していた。




 ☆

「花菜、ちょっと来い」



 河村先輩に名指しされ、わたしは咄嗟にボイスレコーダーのスイッチを入れた。



「どこに行かれるのですか?」


「話がある」



 珍しく河村先輩がわたしのデスクに来た。

 もたもたと座っているわたしの腕を掴むと、フロアーを出て、誰もいない休憩室に入っていった。



「おまえ、4週間もなんで休んだんだ?」


「再手術を受けたの。痛みも出血も止まらず、セカンドオピニオンを受けたら即入院になって、手術を受けたわ。命を落とすところだったわ。堕ろすなら正規の方法で堕ろさせてくれたら、こんなに危険な事にはならずにすんだの。それに、わたしは安定期に入るような大きな赤ちゃんがいるなんて説明されていなかったわ。赤ちゃんを産みたかった」


「そのことを誰かに言ったのか?」


「答える義務はないわ」



 わたしは強く握る河合先輩の手から逃げだそうと、もがいた。



「手を放して、痛いわ」


「俺を倉庫管理室に移動させたのは、おまえか?」


「知らないわよ。わたしはただの営業部の一員よ」



 河村先輩は激怒していて、わたしの手を放そうとはしない。



「4年間も面倒見てやって来てやったのに、礼儀知らずだ」


「面倒って何?毎日居酒屋に連れて行って、自分だけお酒飲んで、わたしには取り皿にご飯とおかずをくれること?わたしの為にお料理を頼んでくれたことなんてなかった。別れてやっと目が覚めたの。わたしはただの都合のいい女だったって」


「おまえ、生意気になったな?口答えなどしなかった女だったのに」


「捨てられて良かったわ。洗脳が解けたのよ。いつもわたしのためだって言っていたのに、なにもわたしの為ではなかった。テレビやゲームも河村先輩がしたかったから買わせたんでしょう?一緒にいたときには気づけなかったけど、今のわたしは、呪縛から解かれて正気よ。すべて操られていたと理解できる」



 パチンと頬を叩かれ、わたしは床に転んだ。



「叩かないで」


「花菜ちゃん」



 パッと休憩室と扉が開いた。



「大地君」


「河村、手を上げたのか?」


「叩かれたわ。手にも痣がある」


「もう別れたんだろう。花菜に手を出すな」



 大地君はわたしを起こすと、休憩室から出て行った。



「若瀬がしたのか?今回の人事?」


「人事の決定権は、俺みたいな下っ端にはないよ。心当たりはないのか。自分の胸に手を当てて考えてみたら?」



 大地君はわたしを連れて、医務室に連れて行った。


 わたしはボイスレコーダーのスイッチを止めた。



「大地君、ありがとう」


「山内部長が混乱してて、助けに行くのが遅くなった」


「でも、傷害でも訴えられるわ。写真撮ってくれる?」



 わたしは自分のスマホを解除すると写真を押した。



「頬と手首でいい?」


「膝もたぶん擦りむけているわ。足首も痛い」



 大地君は、順に写真を撮っていく。膝はストッキングが破けて、やはり摩擦で擦りむけていた。足首は腫れていないが、写してもらった。


 医務室で湿布をもらい、足首と腕に張った。膝も消毒して絆創膏を貼った。


 大地君は処置済みの写真も撮ってくれた。



「わたしが移動させたと思っているみたいなの」


「しばらくは目を離せないな」


「社長って、仕事が早いのね」


「俺に関わることは早いよ。いつも競争していたから」



 わたしは微笑んだ。

 きっと大地君は、可愛がられていたのだろう。



 ☆

 人事異動で河村先輩と村上先輩が営業部にいなくなった。


 1班から一度に2人。2班から大地君が抜けて、営業部は少しガランとしてしまった。


 今まで1班と2班を戦わせていた山内部長は1班と2班を統合させた。


 競い合わせるのではなくて、協力し合う体制作りを始めた。


 ベテランの二人の損失は、営業部としては大きく、まだ不慣れな2年組3年組と入ったばかりの新人教育にも力を注いで行くことになった。


 縦割りに組まれたグループで仕事をこなし、難しいようなら、隣のグループに助けを求めるスタイルは、今までより社員が団結していい。


 わたしの班には山下明美と遠藤有紀が入り、やりづらさはあるが、他のグループは上手くいっているようだった。



「山下さん、数字を打ち込んで計算させてくれる?」


「わかりました」


「遠藤さんは、文章を作ってくれる?売り込みの文章だから、蒼井さんの作った文章を参考にして」



 わたしはまだ営業部の皆には、結婚したことを話してはいない。


 社長から部長に話はいっていると思うが、旧姓をまだ使っている。


 わたしの班の班長は、いつもわたしの隣に座っていた水野さんで、わたしより2年年上だ。なので、水野さんが班長になっている。中堅のわたしは、今までの受け持ちの企業へ気軽に足を運べる。教育も売り上げも出さなければならないので、分担も必要になってくる。


 中堅はもう一人2班から来た飯田美登里というわたしと同期の女子だ。わたしの班は、すべて女性になった。ただ飯田さんは、大地君の取り巻きで、今でも大地君を探し狙っている。だから、できるだけ飯田さんとは会話をしない。飯田さんがわたしを避けているので、積極的にわたしが話しかけなければ、いない者と思われて気は楽だが、真実を知った後が怖い。



「外回り出てきます。2件寄って来ますので、そのまま直帰します」


「はい、行ってらっしゃい」



 午後からの外回りは、時間帯によっては直帰できる。


 定時に帰れるときと遅くなることもあるので、このシステムはいいことなのか?悪いことなのか?


 わたしはできるだけ早く帰りたいので、素早く移動する。車も借りられるが、ペーパードライバー歴の方が長いので、電車やバスを使うことの方が多い。


 1件目に到着して、雑談をしながら商談もする。わたしを選んでくれた会社の担当さんは、温和でわたしの説明も分かりやすいといつも褒めてくれる。商談成立させて、サインをもらうと、わたしは丁寧に頭を下げる。


 書類を鞄に入れて、次の会社に向かう。バスの中で、次の商談の書類を見ていたら、書類が違うことに気付いた。


 わたしはバスから降りると、タクシーを拾って、会社に戻る。


 すぐに会社に電話した。



「水野さん。松井物産の書類が違っているの。わたしのデスクにありますか?」


『ちょっと待って』



 水野さんはわたしの机の上や引き出しも開けてみてくれている。



『あっ、もしかして』



 水野さんは、慌てた声を出した。



『遠藤さん、書類を見せてもらえますか?』


『はい』


『ちがうちがう、原本の方』



 ペラペラと紙を捲る音が聞こえる。



『遠藤さんが持っていた。書き込みをしているから、印刷しておくよ。PC触るけどいいかな?』


「はい」


『保存はしてあるね?』


「してあります」


『暗証番号教えてくれる?』



 わたしは本当は教えてはいけない暗証番号を教えた。


 急いで戻ると、書類はできていた。


 もう一度、確認して数字の確認をPCと電卓でして、暗証番号を変えて、PCを落とした。

 先方に少し遅れることを連絡して、タクシーを使い松井物産に到着した。

 ここは河村先輩から結果的に奪う形になった会社だ。

 温和な担当さんと雑談をしながら、新しい商談を進める。以前から勧めていた案件なので、そろそろいい返事も欲しいところだ。



「なかなか美味しい数字を出してきますね」



 わたしは微笑んだ。我が社に損にならないギリギリの金額で、相手側も安いと思える金額は、少し欲を出すと出てこない金額だ。



「ギリギリの金額です。これ以上負けてくれと言われたらお断りしなければなりません」


「河合君の時は値切って、この金額を出してきたが、蒼井さんは最初から出してくれる」


「ただ、この金額は今だから出る金額です。来週同じ金額が出るのかは分かりません」


「分かった、契約しよう」


「ありがとうございます」



 わたしは深く頭を下げた。

 2件契約を取って、時間を確認する。

 思ったより時間が掛かってしまった。

 会社から出ると、大地君にラインを送る。



『今から帰ります。松井物産からなので、遅くなります』


『迎えに行こうか?』


『もう地下鉄に入るよ』


『分かった』



 地下鉄乗り場は電波が届かない。


 帰宅ラッシュの電車の中で、契約書の入ったバックを死守する。


 電車を乗り継いで、我が家に帰ると、もみくちゃにされて、スーツも髪も乱れている。



「ただいま」


「おかえり」


「疲れたよ」


「ボロボロだね」



 わたしの姿を見て、大地君が苦笑を漏らす。



「うん」


「ご飯先に食べる?」


「そうだね、時間が遅いね。荷物、置いてくる」



 時計を見ると20時過ぎている。


 わたしは部屋に戻ると、鞄の中を確認する。


 きちんと2通契約書があることを見て、また鞄の中にしまう。


 汗をかいたのでスーツを洗ってしまおう。


 洗面所でスーツの上着を脱いで、手を洗う。



「お待たせ」


「お洒落なブラウスだね」


「わたし、スーツもブラウスも6着しか持ってないのよ。毎月、給料をもらったら1枚ずつ買って、4年目ね。いろんな組み合わせでたくさんあるように見えるだけよ。みんなが噂しているような贅沢はしていないのよ」


「分かってるよ。花菜ちゃんが質素なのは。ただセンスがいいだけ」



 大地君が笑っている。


 料理が並べられて、今日も美味しそうなご飯だ。


 食べながら、わたしは今日、あったことを話していく。



「今日ね、新人さんが提出書類を持っていって、書き損じの書類と入れ替わっていて、大変だったの。暗証番号教えちゃいけないのに、PCの中の書類を印刷してもらうために、教えなきゃいけなくなって、すごく緊張した。暗証番号変更してきたけど、明日、PCの中確認しないと・・・・・・」



 はぁ・・・・・・とため息が漏れた。



「新人の覚えが今年は悪いな」


「うん、うちの新人、山下明美さんと遠藤有紀さんだから、ちょっと気を遣うな。美人だけどPCも打ち込めなくて、使い方から教えているの。企画を立てる以前の問題ね。本人のためにも部署変更してもらった方がいいような気がする」


「ちょっと見に行こうか?」


「そうしてもらえると助かるわ」



 デザートにプリンが出てきて、思わず笑顔になる。



「今日のご褒美だね」


「何かいいことあった?」


「鞄の中に契約書が2通もあるわ」


「花菜ちゃんって、営業が上手いんだな?」


「人間観察かな?どの辺りで折れるのか。営業で雑談しているときに、その人の性質を見ているの」


「ふーん。すごい才能だな」


「どの辺りの数字なら買ってくれそうか、予想を立てるの。わたしは、その場で値引きは一切しないの。駄目なら、その書類は引っ込めるわ。後で欲しいと言われたときは、少し値段を上げて持って行くの。そこで値引きをして、もとの金額に戻すの」


「なるほど」


「金額は損しないギリギリの金額で、相手も魅力的に思える金額にしているの」


「駆け引きが上手いんだな。一緒に営業に回ってみたかったよ」



 プリンを食べ終えて、お茶を飲む。



「大地君はどんな仕事をしているの?」


「社長の代理。松永さん、俺が行ったら、海外旅行に出かけていったんだ。それで、松永さんの専属秘書が俺について、色々教えてくれている。いろんな人に会うから、やっぱりスーツ、もう少しいい物を買ってくださいって、秘書の真下さんに言われた」


「今度のお休みに、買いに行こうよ」


「そうする。花菜ちゃん、見立てて」


「勿論だよ。大地君、すごく格好いいのに、今のままじゃ勿体ないなって思っていたの」



 大地君の顔が赤く色づく。



「お風呂、入っておいで、遅くなる」


「スーツ洗うけど、大地君のも洗おうか?」


「それなら、持ってくる」



 二人でそれぞれの部屋に戻って、わたしはお風呂の準備をして、大地君はスーツを持ってくる。



「じゃ、よろしく」


「ご馳走様、美味しかったよ」



 大地君がニッと笑った。

 わたしは大地君のスーツも持って、お風呂に入った。

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