第22話   ルージュ

 ☆

 翌日、会社にわたし宛に箱が送られてきた。



「蒼井さん、お荷物ですけど、何か購入されたのですか?」


「いいえ」



 受付の女の子が箱を持って来た。


 箱は横幅30㎝ほどで高さが20㎝ほどの大きさをしている。


 重さはとても軽い。


 慎重に箱を開ける。


 テープを張られているところをカッターで切っていく。


 蓋を開けたら、大きな箱の中にビニールで留められた小さな箱が入っていた。



「口紅でしょうか?」



 明美がその梱包を見て、口にした。



「わたしよくスマホで買い物するんです。化粧品の梱包って、こんな感じですよ」



 中に入っている明細を見ると、申込者はわたしになっていた。商品は口紅のようだ。

 支払いの請求は、この会社になっている。

 まるでわたしが、横領をしているような・・・・・・。



「わたしは買ってないわ」



 わたしはメールをチェックした。

 記録が残されている。

 わたしが外出している間の時間帯だ。暗証番号を教えたあの時間だ。



「水野さん、わたしが外出をしている時間に申し込みが行われています。暗証番号を教えたのは水野さんだけです」


「私は買ってないわよ。うちの支払い銀行口座だって知らないわ」


「知らないことはないでしょう?この口座は、外部から払い込みをしてもらっている口座よ」


「見せて」



 水野さんは、わたしのPCの画面をしっかり見た。



「そうね、この口座は、お客様が支払いになる口座ね」


「わたしになりすまして、購入したのは誰ですか?」



 わたしは、頭にきていた。

 不在中に勝手に、購入されて支払場所が会社なんて、あり得ない。


 わたしは明細書に載っている電話番号に電話をして商品の返品のお願いをした。

 購入した覚えもないことを説明し、わたしは、そのままテープで箱を梱包して、会社の近くのコンビニで送料はわたし持ちで送り返した。


 誰が勝手に人のPCを使って買い物をしたのが、問題になった。

 わたしは暗証番号を教えたことを責められ、始末書を書かされた。


 購入した時間帯は、わたしは会社にいなかったので、犯人からは外された。

 防犯カメラのチェックを部長たちがしている。


 水野さんを疑ったことで、班の空気が悪くなった。

 わたしを嫌っている者は多いはずだ。


 水野さんがわたしのPCを使った時間は、そんなに長くはないと言っていた。

 新人の二人は、まだ口座を知らないはずだ。知っているなら誰かが教えたとしか考えられない。


 大地君が社長室から降りてきて、わたしを見た。

 会話は交わさないけれど、大地君の言いたいことは大体分かる。



 気にするな。



 きっと彼ならそう言うと思う。

 わたしは始末書を書かされて、かなり機嫌が悪い。せっかく契約を二つも取ってきたのに、怒られて、そもそもどうして書類が入れ替わっていたのかも分からない。

 防犯カメラに写っていればいいけれど・・・・・・。


 大地君が降りてきたことで、大地君の取り巻きが騒ぎ出した。

 うちの班の飯田さんはわたしを押し避けて、前に出てきた。

 飯田さんの背中で、大地君が見えなくなってしまった。


 ため息をついて、わたしはフロアーから出た。トイレに行ったとき、清掃員のおばさんが、わたしを見て、「なんかのメモかしらね?捨ててもいいのか、見てくれますか?」と、声をかけられた。


 わたしはメモを受け取ると、それを見てすぐに清掃員のおばさんを連れて、フロアーに戻った。



「すみません。清掃員のおばさんが、メモを見つけたんです」



 わたしは大地君にも見える位置に、メモを置いた。



「これ、口座番号です」


「どこにあったんですか?」



 大地君が清掃員のおばさんに聞いた。



「女子トイレのエチケットボックスです」



 おばさんは、大変な物を見つけてしまったと興奮気味に答えた。



「これは、大切な物だったんです。ありがとうございます」



 大地君は清掃員のおばさんにお礼を言った。



「それは良かったです」



 清掃員のおばさんは、頭を下げると掃除に戻って行った。


 メモが見つかったことで、新入社員も容疑者になった。


 部長は他の班は、通常業務に戻るようにと言い渡した。


 水野さん率いるわたしの班の5人は、会議室に呼ばれた。


 わたしのPCは、メールの画面が開かれている。時刻の確認だ。


 防犯カメラもその時刻の前から流されている。



「水野さんが使った後、山下さんと遠藤さんが、蒼井さんのデスクにいますね。何をしていたんですか?」



 部長が新人二人に問いただした。



「えっと、水野さんが印刷をしたものを、ページが間違っていないか確認していました」



 まず、明美が答えた。



「私も一緒に確認していました」



 有紀も答えた。



「どうして、自分の席でしなかったのですか?」


「二人でするなら、不在の蒼井さんの席がいいかと思ったんです」


「それに、水野さんに蒼井さんの書類を参考にするといいと言われたので、他の書類も気になったのです」



 有紀が尻尾を出した。



「わたしのPCに触れたのですか?遠藤さん」



 わたしは冷静に質問した。



「えっと、過去の資料を明美と一緒に見させてもらいました」


「見ただけですか?書き換えたりしていませんか?」


「それは、はい。触っていません」


「では、ついでに買い物をしていませんか?」



 今度は大地君が、鋭い眼差しで質問した。



「していません」


「私も一緒です」


「二人とも化粧ポーチを見せてくれるかしら?」



 水野さんが新人二人に言った。



「はい」


 

 二人とも返事をして会議室を走って出て行った。その後を、水野さんとわたし、大地君も追いかけた。


 二人は鞄からポーチを出すと、明美がポーチから何かを出して、ポケットにしまった。二人は何食わぬ顔でポーチを差し出した。水野さんが二人の手からポーチを受け取り、会議室に戻った。


 会議室でポーチは開けられた。


 すべて出されて、テーブルの上に置かれた。


 水野さんはメーカーを確認している。



「山下さん、上着に隠した物も出してくれる?」



 大地君がわたしより先に明美に指摘した。



「出してくれないと、探さなくてはいけなくなるけれど」



 明美はポケットを押さえている。



「山下さん、隠している物を出さないのなら、私がポケットの中の物を出しますよ」



 水野さんが明美に促すと、諦めたように明美はポケット中から口紅を出した。



「見せてくれるわよね?」


「はい」



 その口紅は送られてきた口紅と同じメーカーだった。



「山下さんは、いつもこのメーカーを使っているのね?他にもこのメーカーの物がありました。購入したのは山下さんね?」


「・・・・・・すみません。武史に言われたんです。蒼井さんのPCから買い物するようにと。メモを渡されました」


「メモの筆跡鑑定を出そう」



 大地君がメモ用紙をハンカチに挟んでポケットに入れた。



「買い物をしたのは山下さんだけですか?」


「有紀もよ。どの色にするか一緒に選んだもの」


「私は関係ないわ」


「できあがった書類を入れ替えたのは誰?」



 わたしは、思い切って聞いてみた。



「有紀よ」



 明美が答えた。



「明美言わないで」



 有紀が叫んでいる。



「村上仁志さんに頼まれたんですって?」


「明美!」



 大地君がため息をついた。



「村上は何と言ったんだ?」


「・・・・・・蒼井さんの足を引っ張って失敗させろって」



 有紀は大地君に聞かれて、とうとう白状した。



「山下さんと遠藤さんは謹慎。処罰は社長と相談して決める。愛人の家ではなく自宅に戻っていなさい。愛人が居座っているなら、実家に戻っていなさい」


「はい」



 新人の二人は返事をすると、化粧ポーチに化粧品を入れて、会議室から出て行った。



「若瀬さん、申し訳ありません。部下の管理もできず」



 山内部長は大地君に頭を下げた。



「今回のことは、この間の辞令から続いているのだろう」



 山内部長はまた頭を下げた。



「蒼井さんには、お咎めなしだ。すり替えられた書類を相手先に出さず、きちんと気付いた事は素晴らしいと思う。暗証番号も、今回は緊急事態だった。教えても仕方が無かったと思うけどね」


「ありがとうございます」



 わたしは大地君に頭を下げた。



「河村の処置は、鑑定待ちで処罰を下す」



 そう言うと、大地君は会議室から走って出て行った。

 きっと忙しい中で来てくれたのだろう。



「山内部長もありがとうございます」



 わたしは、部長に頭を下げた。



「今年の新人は育ちが悪い上に悪癖だ。他の班からもクレームが出ている」


「そうですか」



 水野さんが少しウンザリしたように、言葉を零した。



「この班は3人になるだろう。他の班と統合させるように考えよう」


「お願いします」



 わたしと水野さんが頭を下げると、慌てたように飯田さんも頭を下げた。

 新人の二人は、きっとクビになるだろう。

 河村先輩もきっとクビになるだろう。

 河村先輩のところには、弁護士から私が裁判を起こすという書類が届いているはずだ。それで嫌がらせを始めたのだろう。

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