第33話 伝えたいこと

 ――そして、迎えたコスプレオフ会、当日。



「なぁリサ。どうすんだよ。俺初めてでわかんねぇから」


「え? ウタ入れる場所わかんないの?」


「悪かったな。……で、どこだよ?」


「どこって、もう少し下。そうそれ、その穴」


「こんな小さい穴に入れるのかよ?」


 ああ、当然ベルトの話ですよ。


 二人しかいないスタジオの更衣室で、須藤蘭子のコスプレをしたリサが諒太郎の後ろから手を回し、ベルトをキュッと締めてくれる。体が密着し過ぎではないですか? いろいろ当たってるんですけど。


「よしっ! これで完璧!」


 バシッと背中を叩かれる。


 その勢いで前に二歩ほどよろけた。


「いてぇよ。……って」


 諒太郎は、鏡に映った自分を見て唖然とした。


「リールス大佐が、いる」


 自分じゃないみたいだ。


 大剣女子戦記の登場人物であるリールス大佐が、本当にこの世に存在している。


 なるほど。


 こりゃはまるわけだ。


「当然でしょ? なんてったって私が衣装も作ってメイクもしたんだから」


「アイラインとか、いつ突き刺してくるか怖くて仕方なかったけどな」


「あんなの怖がってたらコスプレやってけないよ」


「そもそもこれが最初で最後だから」


 そうは言ったものの、リサと一緒にいる限り、またなにかしらのコスプレをすることになるだろうなと、諒太郎は思った。


「にしても、リサの両親、よく許してくれたよな」


「え? なにを?」


「だから、リサがコスプレオフ会に参加するの」


「ああ、それね」


 リサは小さく頷いた後、諒太郎の隣に立ち、そっと体をぶつけてきた。


「お父さんもお母さんも、ウタが過去と決別してる瞬間を見てたんだよ。だからいいって言ってくれたの」


「なんだそりゃ」


「ウタの熱意と涙に動かされたんだって」


「俺の?」


「うん。理解もしてくれてないし認めてもいないだろうけど、受け入れてはくれた。コスプレも、案外悪いものじゃないのかもしれないって言ってたから」


 それに……と、リサは一歩前に出る。


「お母さんとお父さんにね、名前の由来を教えてもらったの。自由に羽ばたく鳥のように生きてほしいから、翼って名前にしたんだって」


 リサは飛び跳ねるようにしてくるっとターンし、諒太郎の方を向く。


「それ聞くとさ、聖澤翼って名前も、ちょっとは好きになれたかなーって、今はそう思うの」


 恥ずかしそうにくしゃりとはにかむリサを見て、諒太郎は、自分も両親に名前の由来を聞いてみようかなと思った。


「そっか。よかったな」


「うん」


「ちょっと、準備まだなの?」


 更衣室の外からカナタの声が聞こえてきた。


 どうやら撮影の準備はもう完了しているらしい。


「よし。カナタたちも待ってるし早くいこうぜ」


 諒太郎――ウタが、満面の笑みでリサに向かって手を差し出すと。


「おうおうリールス大佐くん乗り気だねぇ。さいっこうに素敵な笑顔だよ」


 翼――リサが、嬉しそうにその手をぎゅっと握りしめる。


 彼女の手は、間違いなく女の子の手だ。


 柔らかくて細い。


 もうざらざらなんかしていない。


「そういえば私ね、今日の撮影が終わったら、ウタに伝えたい気持ちがあるの」


「奇遇だな。俺もリサに、伝えたいことがある」


 なんとなくリサの伝えたいことがわかった気がしたし、リサに俺が伝えたいことを見破られた気もした。


 二人で少し照れながら笑い合えているのが、その証拠だ。


「そっかぁ。んじゃ、その伝えたいこと、ウタから言ってもらおうかなぁ」


「なんだよそれ。……別にいいけど」


「決まりね。私もその後でちゃんと言うから」


 リサの笑った顔は、本当に可愛い。


「じゃあ、いこっかウタ。大剣女子戦記の中に」


「撮影前ってこんなに興奮するんだな。すっげぇ楽しみだ」


「ウタに楽しいを提供できてよかったよ」


 せーのっ、という声とともに、リサと一緒に足を踏み出す。


 二人でこうしてコスプレをして楽しいを分かち合って、本当の気持ちを伝え合う約束までできた。


 それこそが、過去に砂の鎧を置き去りにした証明なのだと思う。


 でもやっぱ、リサに思いを伝えるのは、告白するのは、緊張するなぁ。



~完~




諒太郎と翼の物語におつき合いいただき、誠にありがとうございました。

本作品はこれにて完結となります。

明日から新しい作品(引きこもり系異世界ラブコメディ)を投稿しますので、ぜひそちらもお読みいただけると幸いです。

https://kakuyomu.jp/works/16816927860462276159


田中ケケ

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砂の鎧をまとう僕らは 田中ケケ @hanabiyama

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