第20話 ダイノラプター

 魔法道具アーティファクトを起動して、空に浮かせる。


「なにこれ、ちょっとかわいいかも!」

「浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクト【ゴプロ君1号】だよ」

「ネーミングセンス、どうにかならないわけ?」

「……僕はいいと思うんだけど……?」


 姉のツッコミを多少気にしつつも、僕はモノクルと【ゴプロ君1号】を同期させる。

 これは〈魔法の目ウィザードアイ〉という、視野を遠隔操作する魔法を再現するために作った魔法道具アーティファクトなのだが……実は失敗作だ。


 オリジナルの〈魔法の目ウィザードアイ〉は不可視であるため、どこにでも潜めるが、この『浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクト【ゴプロ君1号】』は小鳥ほどのサイズで透明にもならない。

 どちらかというと、飛行可能な〈望遠の目テレスコープアイ〉といった風情の性能なのだ。


 しかし、こういった状況での地形把握や、踏み込むのが危険な場所へ調査に飛ばすには丁度いい。


「わたくしはどういたしましょうか?」

「まずは僕がざっと地形把握するから、ちょっと待ってて。ごめんね」


 本来、こういった仕事は斥候であるチサの仕事である。

 彼女の領分を侵すのは些か申し訳ないが、地図がないとなればまずは周辺地形をざっくりと把握して、ポイントを絞った調査をした方がいい。

 これは未踏破区域によく踏み込む叔母と母から教わったことである。


 穏やかな風が草原を撫でる中、僕は可能な限りの速度で【ゴプロ君1号】を飛ばす。

 いまのところ、集落の北側が把握できればいいので、そう時間はかからない。


「……ノエル様。それは何でしょう?」

「ん? これ? 【自動地図オートマップ】って魔法道具アーティファクトだよ。父さんが開発したものでね、本当は迷宮ダンジョン用なんだけど、ちょっと改造して外でも使えるようにしてあるんだ」


 本来は使用者が知覚したものを反映する紙状の魔法道具アーティファクトで、〈共鳴探査ロケーション〉という魔法とセットで使用するものなのだが、何も魔法的知覚に頼らずともいいのではないか……という情けない逆張りをした僕によって、ちょっとした改造がされている。


「これは、すごい。魔技師に会うのは初めてだが、こんなことができるのか」


 【自動地図オートマップ】には集落北の情報が次々と描き込まれていく。

 池や小川の位置、丘、森の外縁などが正確にわかる地図がそこに出来上がっていた。


「……!」

「どうしたの?」

走蜥蜴ラプターがいる。色合い的には森走蜥蜴フォレストラプターだけど、草原に出てきてるみたいだ」


 【ゴプロ君1号】には、体色がモスグリーンの走蜥蜴ラプターが映し出されている。

 森走蜥蜴フォレストラプターを実際に見るのは初めてだが、草原走蜥蜴グラスラプターは鮮やかな青色なのですぐに見分けがついた。


「どの方向? 距離は? 数は?」

「二時方向、五百メートルくらい先の小さな水場に五匹。【ゴプロ君1号】には気が付いてない」


 この時点で、いくらかの推測はできる。

 普通、森走蜥蜴フォレストラプターは森という縄張りから出てはこない。

 こうして草原地帯の水飲み場に姿を現したということ自体が、大走竜ダイノラプターなどの群れの統率主がいる可能性を押し上げている。


 加えて、【ゴプロ君1号】に映し出される彼らは、落ち着きがない。

 興奮状態とは言えなくとも、周囲をしきりに気にしているし、仲間に対しても威嚇行動じみた鳴き声も上げている。

 周囲に獲物や敵がいるわけでもないのに、イラつきすぎだ。


「やっぱい挙動が変だね。どうする? 姉さん」

「今日のところは、様子見にしましょう。変に刺激するよりも情報が欲しいわ」

「わかった。そろそろ地形の把握は終わりそうだけど、少し監視しておくね」

「わたくしが遁甲して近づいてみましょうか?」


 チサの申し出に、僕は首を振る。


「いまのところ、まだ僕が追えるから大丈夫。すぐに動けるようにだけ準備をお願い」

「……承りました」


 チサが小さく頭を下げる。


 あれ……もしかして、しくじったかな?

 頼りにしてるって、言ったほうが?

 でも、もし気付かれでもしたら相手は五匹だ。

 いくら何でも一人じゃ危険すぎる。


 何か口に出そうとした瞬間、そいつは映像に映った。

 草原走蜥蜴グラスラプター森走蜥蜴フォレストラプターとは、体色も大きさもまるで違う走蜥蜴ラプター

 赤褐色のそれは森の方からのっしのっしと歩いてきて、水場の森走蜥蜴フォレストラプターを乱暴に押しのけた。


「出た……!」


 僕の言葉に、緊張が走る。

 姉が大剣に手をかけ、チサが身を低くする。

 アウスも弓を腰から引き抜いた。


「同じ場所に、すごく大きな走蜥蜴ラプターがいる。三メートルくらいあるかも。たぶん、大走竜ダイノラプターだ」

「お手柄よ、ノエル。さすがだわ」


 褒められるほどのことは何もしていないが、そんな事を訂正している場合ではない。


「こっちに来る様子はないけど……なんだか、変だ」

「変とは?」


 アウスの言葉に、僕は頷く。


「群れの統率者……って感じじゃないんです。どちらかというと輪が乱れてるというか、大走竜ダイノラプターが来てから森走蜥蜴フォレストラプターが興奮状態に陥ってるように見えます」


 攻撃こそしないが、森走蜥蜴フォレストラプター達は、お互いを威嚇し合ったり飛び跳ねたりして、明らかな興奮状態だ。

 そんな、森走蜥蜴フォレストラプターを睥睨して、大走竜ダイノラプターが吼える。


「──グゥォォオオッ!」


 その遠吠えは僕らの場所にも聞こえてくるくらい大きく、空気を震わせた。


「ノエル、いまのって?」

大走竜ダイノラプターの咆哮だよ! ……ってなにこれ!?」

「今度は何?」

走蜥蜴ラプターが集まって来てる!」


 【ゴプロ君1号】を少し高い位置にして周囲をぐるりと映すと、森の中や草原、川のそばなどから様々な体色の走蜥蜴ラプター達が水場に集まってくるのが確認できた。


「……姉さん、村に戻ろう。あいつら、狩りを始める気かもしれない」

「“大暴走スタンピード”がくるってワケ!?」

「わからないよ! でも、ここにいたら他の走蜥蜴ラプターと遭遇するかもしれない」


 規模的には“大暴走スタンピード”ってほどではない。

 まだ大走竜ダイノラプターと併せて十数匹というところだ。

 だが、嫌な予感がする。


 人の味を覚えた獣というのは、人を襲うもの。

 それは、魔物とて同じなのだ。


 【ゴプロ君1号】を監視に残したまま、僕たちは集落への道を急いだ。

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