第19話 狩人の青年

 ほどなくして、引継ぎを終えてきたというウィルソンの馬車に乗り込んだ僕たちは、再び東スレクトの草原地帯を行く。

 “溢れ出しオーバーフロウ”の可能性については、やはり黙っておくことにした。

 それを調査するために僕らが来たのだ。

 ここで不確定な情報を伝えるわけにはいかない。


「見えてきた。あそこだよ」


 小一時間ほど農道のような道を馬車で行った先、簡素な木の柵で囲まれただけの集落が見えてきた。

 ウィルソン曰く、ここは主に細々とした野菜農家と森に入る狩人が住む集落であるらしい。


「ウィルソン!」


 馬車が泊ると、村の中から青年が一人飛び出して来た。

 格好からして、彼は狩人だろうと思う。

 しかし、姉とチサはさらに別視点で見ていたようだ。


「彼、できるわね」

「はい。まったく体幹ブレがないですね。あのまま反対方向にだって方向転換できますよ、あの人」


 僕にはいまいちわからないが、彼はすごい人らしい。


「君達が、依頼を受けてくれた冒険者か! 俺はアウス。狩人をしている」


 快活で明るい印象の狩人が、笑顔で手を差し出してくる。

 姉が代表してそれに応えた。


「あたしはエファ。一応、このパーティのリーダーをやっているわ。こっちはノエル。あたしの弟で魔技師。で、その隣はチサ。斥候よ」

「ああ、よろしく! 受けてくれて本当に助かったよ。さ、こっちへ。説明をさせてくれ」


 アウスはやや浮かれた様子で僕たちを集落の中へと誘った。

 それに従うまま、ウィルソンと共に集落へと入っていく。

 入ってみると本当に小さい集落で、小規模の畑と十数件の家屋があるのみ。

 どれも質素なもので、なるほど……金はなさそうだ。


「みんな、ウィルソンが冒険者を連れて来てくれたぞ!」


 アウスの言葉に、村の真ん中で火を焚いていた男数人が振り返る。

 革製の上下を身にまとっていることから、彼等も狩人だろう。


「おいおい、ガキばっかじゃないか」

「そう言ってやるな。あんな金でまともな冒険者が来るはずねぇ。目耳になってくれるだけましだ」

「まともに働くのか?」


 初見の印象は最悪なようだ。

 まぁ、気持ちはわからないでもない。

 この規模の集落が魔物に襲われでもしたら、あっという間に滅んでしまうだろう。


 それにしても、この村の防衛を担う彼らは優秀であるみたいだ。

 身体能力のことはわからないが、こうして昼でも火を焚いているのは周囲に煙と臭いを拡散するためであろう。

 森や草原に棲む魔物モンスターというのは、これらを嫌う。

 この集落の位置であれば、火を絶やさないだけで魔物モンスター除けになるのである。


「後を任せてもいいかい?」

「ああ、ありがとうウィルソン。彼らを連れてきてくれて」

「いいんだ。困ったら報せに来てくれ。それじゃあ、皆さん、一旦私はここで」


 手を振るウィルソンに軽く会釈を返して、僕たちはアウスに向き直る。

 他の狩人達はあまり協力的に思えなかったからだ。


「アウスさん、この辺りの地図ってあるかしら」

「すみません、地図はないんです」


 こちらのやりとりに焚火前の男たちが吹き出して笑う。

 どうやら、あまり冒険者の仕事に関しては詳しくないようだ。

 だが、地図があればタスクが一つ減ったのに、残念だとは思う。


「そ。じゃあ早速だけど、現地調査に入るわね。ウィルソンさんからは集落の北方面で見たって聞いたけど、それであってる?」

「はい。あの、いまからですか?」

「そうよ。あたし達はこのまま仕事に入るわ」


 大剣を背負い直して、姉が腕組みをする。


「あなた、当事者だと思うから先に伝えておくけど……もしかすると、状況が悪いかもしれないわ」

「……“大暴走スタンピード”のこと?」


 急に小声になったアウスは、狩人たちの様子をちらっと見る。


「なによ、わかってるじゃない」

「ああ。それで、ウィルソンに無理を頼んだ。森も草原もちょっと、様子がおかしかったから」


 村の外に向かいながら、ひそひそと話す。

 つまり、話はこうだ。


 一ヶ月ほど前から、動物や魔物の挙動が変わった。

 アウスを含む狩人たちは、それを肌で感じていたが一時のものだろうと判断して、生活を続けた。

 季節や温度、魔物の数によって状況が変わることはままある。

 今回も、その類だろうと考えていたのだ。


 しかし、それが狩猟のメインシーズンになっても続いた。

 平野や森から動物は少なくなり、代わりに草原走蜥蜴グラスラプター森走蜥蜴ウッドラプターの数が増えた。


 中には襲われて怪我をする者も出てしまい、危機感が募らせていたところで……ついに犠牲者が出たらしい。


 そしてその時に現れたのが、大走竜ダイノラプターと思しき大きな走蜥蜴ラプターであったとアウスは語った。


「俺は“大暴走スタンピード”の兆候だと思っているが、村の連中は信じない。信じたくないんだろうな」

「それで、調査ってわけ?」

「そう。君達冒険者は記録ログをギルドに提出するだろ? “大暴走スタンピード”の兆候ありと目に留まれば、領軍とギルドが動いてくれるはずだからね」


 このアウスという青年は優男に見えて、なかなか強からしい。

 考え方はどちらかというと、僕たちのような冒険者に近い。


「あなた、面白い人ね」

「妻にも同じことを言われたよ」


 そう苦笑するアウスの顔は、どこか父に似ているような気がした。

 というか、全体的に雰囲気が似ているのだ。


「奥様がいらっしゃるのですね」

「ああ、妻は身重でね……ここのところ、悪阻がひどくて体調もよくない。だから、俺も張り切らなきゃいけないのさ」

「そんな事情が……」


 これは思った以上に、気を遣う依頼になりそうだ。

 手を抜くつもりはなかったが、事情を知った以上、さらに頑張らねばならないだろう。


「事情は分かったわ。じゃ、ここから調査を開始していくわね。ノエル、作戦は?」


 ここで僕か……と思いつつも魔法の鞄マジックバッグに手を突っ込んで金属製の羽が生えた四角い物体を取り出す。


「まずは地形把握から始めよう。この魔法道具アーティファクトでね」

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