第18話 東スレクト村

 二度の野営を経て、僕らはウィルソンの生活拠点である東スレクト村へとやってきた。

 都市部に比べ随分と田舎──牧歌的ではあるが、そこに人の営みがあることにやや感動を覚えてしまう。


 というのも、僕の時代においてこの東スレクト一帯は人の住む地域ではなくなっている。

 なんでも、付近の迷宮ダンジョンの暴走により、茸類が繁茂する野外型迷宮へと変じて周囲一帯に大きな被害が出たらしい。


 ……もしかすると、ウィルソンもその被害に遭うのかもしれない。


 それを伝えることがどのような影響を与えるかわからないので、いまは黙っているしかない。

 それに、時間遡行の研究をしている青の派閥のある賢人によれば、過去に干渉したところで結果は大きく変わらない、というのが現在の定説であるらしい。


 例えば、もしここでウィルソンにそれを知らせて彼と彼の家族を助けたところで、僕らの時代においてウィルソンの現状は大きく変わらない──もし、亡くなっているとしたら何らかの理由で誤差なく亡くなるという訳だ。

 未来の結果に収束されるよう、過去が合わせてくる……というのが、その賢人の言である。


「どうかしたかい?」

「いえ、いいところだと思って。それに木の香りがすごいですね」

「だろう? この辺りは木材加工が盛んでね、最近は香木栽培を始めてる若者もいるよ」


 村を見やれば、建材加工や、家具、馬車などを作っている場所がそこらかしこに見受けられる。


「これで依頼一つ目は完成ね。じゃ、二つ目に取り掛かりましょ」

「そうだね。ウィルソンさん、その集落というのは?」

「ここから半日ほどだけど……もう行くかい?」

「依頼に取り掛かる前に、土地勘を掴むための現地調査をしたいわ」


 仕事モードになった姉がそう告げて僕を見たので、同意の意で頷く。

 僕ら姉弟は冒険者の子でもある。

 父と母たち、そして叔父や叔母から冒険者としての知識を子供のころからみっちりと教え込まれた(僕らがそう望んだという経緯もある)。


 その中で、誰からも重要だと言われたのが、『知識と現実のすり合わせ』そして、『入念な準備』だ。

 この二つは切っても切り離せないもので、『無色の派閥』においての基礎でもある。


 今回の依頼内容は謎の魔物の調査。

 で、あれば……それと遭遇、戦闘の可能性も考慮する必要があるだろう。

 事前情報から、大走竜ダイノラプターかもしれないとあたりはつけたが、それに引っ張られた結果ありきの調査など愚の骨頂だ。

 常に「かもしれない」という視点で以て望まねば、僕たちは容易に不意を打たれることになる。


「わかった。じゃあ、ここで少し待っててくれ。商会に顔を出したら、馬車で送るよ」


 そういってウィルソンが駆けていく。

 僕らはというと、村の入り口──見事な木工細工のアーチがある──で、軽く肩の力を抜いた。

 結局、魔物モンスターにも野党にも遭遇しなかったが、やや気疲れはある。

 僕にとっては初めての冒険仕事だ。


 まだ、終わりではないが。


「ノエル様、お疲れではないですか?」

「少しだけ。チサは?」

「わたくしは大丈夫です。お仕えするために冒険仕事も何度か体験いたしましたので」


 それを聞いて、僕は乾いた笑いを小さく漏らす。

 ちょっぴり、自分が情けなかったからだ。


 小さい頃のチサは甘え上手のべったりで、いつも僕か姉にくっついていた。

 父母と共にイコマに戻るとなった日は、大泣きでその声は学園都市中に響き渡っているのではないかと思ったほど。


 そんな彼女が、僕よりもずっと経験を積んで僕を気遣っている。

 僕のチサに感じる違和感が大きいのは、そういう部分もあるかもしれない。

 きっと、妹分として甘やかしてやろうと思った僕は面食らっていて……ちょっと拗ねているのだろう。


「ノエル様?」

「ううん。大丈夫。チサがしっかり者になってて、びっくりしてるだけ」


 苦笑して、フードの上からチサの頭を撫でる。

 耳の部分がもぞもぞと動いていて、なんだかおもしろい。


「ノ、ノノ……ノエル様。いけません、このような往来で」

「あ、え? ごめん」


 お互いもう子供ではあるまいし、気軽に頭を撫でるのはさすがにまずかったか。


「ちょっと、何いちゃついてるのよ」

「そんなつもりでは……!」

「そうだよ、姉さん!」


 思わずチサとハモってしまって、余計に気まずい。

 何か物申してやろと思ったが、先に姉が口を開いた。


「それより、ノエル……今回の依頼、どう見てる?」

「聞いた限りだと、大走竜ダイノラプターじゃないかとは思う。でも、引っかかるんだよね……」

「引っかかるとは? どういったことでしょうか?」


 姉に答えた僕の言葉に、チサが首をひねる。


「普通、大走竜ダイノラプターがいれば、一帯の群れは落ち着くはずなんだよね。縄張り争いなんかも起きにくくなるし。それが、興奮状態になって行動範囲を拡大させてるってのは──……」


 そこまで説明して、ぎくりとなる。


「まさか……」

「どうしたのよ?」

「これは的外れな推測かもしれないんだけど」


 そう前置きをして、慎重に言葉を口にする。


「“大暴走スタンピード”の前触れかもしれない」

「もしそうなら、大事ね」


 “大暴走スタンピード”というのは、災害用語である。

 迷宮ダンジョンから魔物モンスターが這い出して、周辺を尽く破壊し尽くす現象のことだ。

 活動中の迷宮ダンジョンを抱える国の民ならば、およそ知っているほどの言葉で、大規模であれば都市一つが滅びうる。


「“大暴走スタンピード”が起こるのですか!?」

「まだわからない。でも、僕ら冒険者は最悪の事態も想定しておかないと……」


 ──対応が遅れる。

 それは自分と仲間、そして関わる人々の命を危険に晒すことと同義だ。

 いつだって「最悪の事態になるかもしれない」という危機感を持たなくては冒険者はやっていられない、と父も言っていた。


「思ったよりも、ハードな依頼になりそうね。気合入れていきましょ」


 ウィンクする姉にチサと二人頷く。

 四十年前にそんな被害があったという記録はないが、すべての災害が記録されているわけではない。

 ましてや、エルメリア王国と学園都市ウェルスの交流が盛んになったのは、父が活躍する時代になってからだ。


 何が起こるかわからないという心持で以て、僕は広がる草原に目をやるのだった。

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