第6話 無色の派閥

「ああ、いいとも」


 実にあっけない。二つ返事だった。

 あれほど僕を悩ませていたのは、一体何だったんだろうと拍子抜けする。


「ほらね? 言ったとおりだったでしょ」

「なんだ、ノエルは私が所属を断ると思っていたのかい?」


 父の苦笑に、僕はかいつまんで理由を説明する。

 それを父は頷きながら耳を傾けて、最後に小さくため息を吐き出した。


「父さんは、ショックだ……。まるで信用がなかったなんて……」

「ふふ。悩める、お年頃、だから」


 落ち込む父の肩に手を乗せて、母が微笑む。

 それに気を取り直したらしい父が、引き出しから数通の書簡を取り出してテーブルに並べおいた。


「ノエル。お前宛だ」

「……?」


 促されて書簡の一つを取る。

 差出人は……『緑の派閥』の長、マーブル教授。


「これは?」

「勧誘の手紙だよ。差出人はマーブルにマスキュラー、クランキー。それにアケティ師。加えてシーデンス。内容はどれもほとんど一緒で『ノエルはどこの派閥を選ぶんだ。うちの塔に預けてみないか』だ」

「……!」


 書簡にサインされているのは、どれも学園都市では誰もが知る、名だたる〝賢人〟達の名前。


「ノエル。お前はお前が思っているほど、落ちこぼれじゃない。私と違ってね」

「どの口が、言うの、かな?」


 母が父の頬をつまんで引っ張る。

 それに苦笑しつつ、父が向き直って僕の手を取る。


「私のこれは、呪いじみた特性によるものだが……お前にそれはない。慢心しろというわけではないが、もっと自分を認めるといい。もしお前が、私の息子でなかったとしても、必ず『無色の派閥』に誘っていた」

「本当に?」

「エファ、ちょっと神殿契約書を持ってきてくれ。今のが嘘じゃないってサインをする」


 父が真顔でそう言うものだから、僕は慌てて止める。


「少なくとも、名だたる〝賢人〟達がお前を生徒に欲しいと思うくらいには、お前は認められている。それに、家族の贔屓目があるとしても、それでもお前は優秀だよ」

「でも、『一つ星スカム』の僕に、どうして……?」


 『一ツ星スカム』は極めて脆弱な存在だ。もっとも才無き者、と言われるほどに。

 身体能力、魔法能力、その他の能力にしても、『一ツ星スカム』は大きく成長しない。

 どれほど鍛えても、『五ツ星レア』の足元にも及ばないのだ。


 『降臨の儀』で下賜される能力も程度が低く、使い物にならないことが多い。

 これらを覆しうるのは『先天能力インヒーレント』と呼ばれる生来の才能であるとされるが、これを持って生まれてくる者は、稀だ。


 父は『一ツ星スカム』だが、魔法の力を『先天能力インヒーレント』として授かっていた。

 天才的なセンスと努力でそれを伸ばした父は、『一ツ星スカム』でありながら英雄ともなったが、あいにく僕にそんなものはない。

 言ってみれば、鍛えても大成しないことが判っているのに、僕を欲しがる理由が思いつかなかった。


「さて、それについては自分で考えてごらん」

「そう、だね。ノエルは、ノエルの得意なことを、やりたいことを、すると、いい」

「ぼくの、やりたいこと……」


 よくよく考えてみれば、二人はもっとがっかりしてもよかったのだ。

 魔法が使えぬ僕に、もっと冷たくすることもできたはずだ。


 なのに、こうして背を押してくれる。

 理解してくれる。必要だと、言ってくれる。


「僕は魔法道具アーティファクトの研究がしたい」

「ノエルは魔技師だものな」

「うん。いいと、思う」


 僕の答えに、両親が笑って頷く。


「よし。では、そんなノエルに最初の課題を与えよう」

「課題?」

「晴れて『無色の塔』の学生になったお前に、最初に与える課題は……これだ」


 一枚の紙を取り出して、机に置く父。

 それは、依頼書のように見えた。


「『青の派閥』の賢人、アケティ師からの協力要請だ。アケティ師は知っているな?」

「うん。何度か調べ物を手伝ってもらった事があるよ」


 『青の派閥』の重鎮、アケティ師は高齢の老賢人だ。

 初等教育学校教師も務める彼は、穏やかで話しやすく、求める者にわかりやすく知恵を授ける学園都市きっての『まともな人』である。


 僕が行き詰ったときにもそっと手伝ってくれて、禁書庫から本を借りてきてくれたりと、いろいろと手伝ってもらった事がある。


「北の森で見つかった遺構の発掘調査に同行してくれ。護衛兼調査補助だ。エファと二人で行っておいで」

「ノエルの初課題ね。頑張りましょ」

「うん。わかった」


 やる気を漲らせる姉に頷いて、僕は少しばかり高揚する気持ちを落ち着かせる。


 北の森というと、野生動物や魔物が多数生息する地域だ。

 課題についても護衛だというし、準備は入念に行わねばならない。

 なにせ、僕は姉と違って剣も魔法もからっきしなので、準備にも手間がかかるのである。


「ノエル、気を張り過ぎだ」


 僕の緊張を察したのか、父が柔和な笑みを浮かべる。

 まさか顔に出ていたなんて……少し恥ずかしい。


「普段通りでいい。エファ、少し手伝ってやってくれ」

「もちろん。今のあたしは先輩でもあるんだから! 頼ってもらわなくっちゃ。さ、行きましょ! ノエル」

「うん」


 意気揚々と書斎を後にする姉の背中から振り返って、僕は父を見る。


「どうした?」

「ありがとう、父さん」

「気にすることはないさ。それに、私としてはもう少し頼ってほしいんだがね」


 目を細めながら、俺を見る父。

 そういえば、昔はよく工房で魔法道具アーティファクト作りを手伝ってもらった。

 最近は、めっきりとその機会も減ってしまったけど。


 よくよく考えれば、僕に魔法道具アーティファクトを与えてくれたのも、父だった。

 魔法が使えないとぐずる僕に「魔法は誰にだって使える」と、〈灯りライト〉の魔法道具アーティファクトをくれたのが、全てのきっかけだったように思う。


「ちょっと考えてる魔法道具アーティファクトがあるんだ。今度、見てもらえないかな? 魔法式の理論構築で行き詰まってて」

「もちろん。課題から帰ってきたら、見せてくれ。楽しみにしている」

「む。母さんも見たい、です」

「じゃあ、みんなで見ようじゃないか。いいだろう? ノエル」


 父の言葉に頷き、僕は軽くなった心で書斎を後にした。

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